妹と、お友達です!

「ただいま〜」

「凛助、お帰り」

「うん」


家に帰ると、早速我が妹、春風麗咲(はるかぜれいさ)が出迎えてくれた。

麗咲は、今年でまだ十一歳、小学校五年生だが、家のことを色々やってくれていて、本当に頭が上がらない。


「お風呂湧いてる。ご飯はもう少し」

「じゃあ、先にお風呂入ろうかな」

「それがいい。麗咲も一緒に入る?」

「いや、それは勘弁しておこう」


さすがに、妹とはいえ、小学校五年生にもなる女の子と、裸を見せ合うのは気が引ける。

しかし、麗咲はそう思っていないらしく、少し頬を膨らませて、抗議の意を示した。


「凛助、最近全然、一緒にお風呂入ってくれない。なんで?」

「なんでって……、それは……」

「……麗咲のこと、嫌いになった?」


麗咲が、不安そうな表情になってしまったので、僕はとっさに、麗咲の頭を、優しく撫でた。

麗咲はこれがお気に入りらしい。すぐに、表情が和らいでいく。


「そんなわけないでしょ。僕にとって、麗咲は一番大事な女の子なんだから」

「……本当?」

「うん」

「わかった。頑張る」

「うん?」


何を頑張るかはわからないが、とりあえず、機嫌が良くなってくれたらしいので、良しとしよう。

僕は風呂場へ向かう。


ドアを開けた瞬間……、明らかな違和感があった。

脱衣所に畳んで置かれた、女性向けの衣服。

どう見ても麗咲のものではない。


「ふんふんふふ〜ん」


そして、風呂場から聴こえてくる、女性の鼻歌。

……その声の主を、僕はよく知っている。


「お〜い。澄雪さん」

「は、はぁ?春風?」


止まった鼻歌の代わりに、怒ったような返事が返ってきた。

澄雪涼(すみゆきりょう)さん。同級生。

様々な事情があって、よく僕の家に遊びに来る彼女だが……、さすがに慣れすぎてないか?


「なんであんたがここにいんの?」

「そりゃあ、僕の家だからだよ」

「そうじゃない。あたし、風呂入るって、麗咲にちゃんと伝えたよ?」

「……そっか」


麗咲は、小学校五年生。

まだ、性に対しての抵抗とか、そういうのが未発達なんだと思う。

シンプルに、お風呂は一緒に入った方が楽しいとか思ってるし、そこに配慮はないわけで。


「いつまでそこにいんの?早く出てってよ」

「はいはい……」


もう、どっちの家かわからないな。これ。

僕は早速、教育のために、キッチンで料理を作っている、麗咲の元へ向かう。


「……なにこれ」


しかし、抗議の言葉は、キッチンに突入した途端、奥へ引っ込んだ。


「あれ。凛助、お風呂は?」

「ちょっと待って、麗咲。それよりも、そっちが先だよ」

「それ?」

「うん。それ」


僕は、シンクの上に用意されている、特大のホールケーキを指差す。

今日は、いま家の中にいる、僕を含めた三人のうち、誰の誕生日でもない。

当然、父さんと母さん、じいちゃんとばあちゃんの誕生日でもないわけで。


「すごいでしょ。作った」


えっへんと、胸を張る麗咲。

頑張るって、これのことか……。一般的なサイズよりも、一回りくらいでかい。作るの、大変だっただろうな。


「いやうん。すごいよ」

「褒めて?もっと褒めて?」

「よくできました。偉い偉い」


僕はとりあえず、言われるがまま、褒め称えた。

おまけに拍手も送ってみる。

麗咲は満足そうに微笑んだ。

……いやいや。そうじゃなくて。


「麗咲。晩御飯は、まさか、これなの?」

「そう。凛助、好きでしょ?」

「うん……。好きだよ」

「照れる」

「いや、ケーキの話だよね?」

「麗咲のことは好きじゃない?」

「あーもう」


泣きそうな顔をする麗咲の元に駆け寄り、慌てて頭を撫でてやる。

完全に計算して行われた、兄に対してのからかいなのだが、僕はそれを甘んじて受け入れた。


「はぁ〜。いい風呂だった」


脱衣所のドアが開き、バスタオルで髪の毛を拭きながら、澄雪さんが姿を現した。

普段は茶色の髪の毛を、サイドに寄せている澄雪さんだが、風呂上がりなので、普通に下ろした状態だった。


「……あんた、またロリコンやってんの?」

「違うよ」


ゴミを見るような目で、澄雪さんが睨みつけてきたので、僕は麗咲から離れた。

麗咲が名残惜しそうな顔をする。

そんな麗咲に、澄雪さんが向かってきた。


「ねぇ麗咲……。あたし、危うくあいつに裸を見られるところだったんだけど」

「そうなの?」

「そりゃ、そうでしょ?」

「でも、涼はり……むぐっ」


何かを言いかけた麗咲の口を、慌てて澄雪さんが抑えた。苦しそうに、麗咲がジタバタする。


「麗咲。世の中にはね、言っていいことと悪いことがあるよ」


麗咲は、うんうんと、何度も頷いた。ようやく、澄雪さんの手が離れる。


「はぁ……。涼は鬼畜」

「あんたが変なこと言おうとするからじゃん」

「あの、澄雪さん。麗咲は繊細な女の子だから、あんまいじめないでくれない?」

「あんたもなに真面目に怒ってんの……。そんな強くやってないよ」

「凛助〜。助けて〜」


麗咲が、僕に抱きついてきた。

それを見て、澄雪さんがため息をつく。


「ほんと、あんたら仲良いよね〜。羨ましいわ」

「涼も兄妹になる?」

「あのねぇ」

「涼は、麗咲の妹だよ」

「なんでそっちなわけ……」


澄雪さんは、呆れた様子で、キッチンから出て行こうとした。

しかし、その途中で、ようやくケーキの存在に気がついたらしい。


「……なに。誰か誕生日なの?」

「ううん。違う。これは晩御飯」

「えっ、なんで?」

「凛助の好物だから」


澄雪さんが、こちらに疑惑の視線を向けてきたので、僕は首を横に振る。もちろん、僕の指示で作らせたわけじゃない。


「あの、麗咲。僕は確かに、ケーキ大好きだよ?でもね、晩御飯に、モリモリ食べるかっていうと、そうじゃないんだ」

「……麗咲、また失敗しちゃった?」


また。

その部分は、麗咲にとって、サラッと流れるように出てきた二文字かもしれないが、確実に、僕の心にダメージを与えた。

それを誤魔化すようにして、僕は、抱きついている麗咲の頭を、優しく撫でる。


「違う違う。これは僕の失敗だ。晩御飯にケーキは食べない。そういうことを言わなかった、僕の責任だよ」

「……ううん。麗咲、いつも凛助に迷惑かけてる」

「そんなことないって。ご飯を作ってくれるだけでもありがたいのに、掃除も洗濯も手伝ってくれてるだろ?」

「でも、でも……」

「うわ、美味しいこのケーキ」


気まずい空気を、明るめに放たれた、澄雪さんのセリフが、晴らしてくれた。

普段、あまり、ものを素直に褒めることのない、澄雪さんの、お褒めの言葉は、どうやら麗咲にとって、効果的だったらしい。

麗咲は、目を輝かせている。


「な、なに?」


その視線に気がついた澄雪さんが、言葉で答える。


「麗咲、嬉しい」

「……そっか。うん。美味しいよこれ。ほら、あんたも」

「あっ、うん」


澄雪さんが、フォークを取ってくれたので、それを受け取り、一口いただく。


「……うん、美味い」


程よい甘さ加減。

フルーツの酸味が、それを引き立てる。

まるで、お店で買ったかのような……、いや、それ以上のできかもしれない。


「じゃあ、早速向こうで座って食べようか」

「うん!」

「澄雪さん。ちょっと手伝ってくれる?」

「わかった」


僕たちは、二人で、ケーキを食卓まで運んだ。

それを見ていた麗咲が、嬉しそうに笑っている。


「凛助と涼。夫婦みたい」

「は、はぁ?あたしとこいつが?ないない。好みじゃないから」

「そんな否定しなくても……」


すごい勢いで手を振って拒否する澄雪さんに、僕はちょっと悲しくなってしまった。


「結婚すると、ケーキを食べるんでしょ?」

「よく知ってるね」

「初めての、きょーどーさぎょー?って、友達が言ってた」

「ずいぶん進んだ友達だね」

「今、凛助が、涼とやったのも、きょーどーさぎょー?」

「言葉としてはあってるけど、話の流れ的に、よろしくないかな」


澄雪さんが、顔を赤くして、黙り込んでいる。この話題はやめたほうがいいだろう。


その後は、晩御飯というには少し甘すぎるケーキを、僕たち三人で、なんとか完食した。

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