第九幕 用兵対決

 待ち構える山賊達に向かって行軍を開始した途端、地響きと共に落石が襲い掛かってきた。両側の高所から投じられた落石は若干勾配が付いている事もあって勢いを増して、次々とビルギット軍に迫ってくる。


「……! 早速のお出迎えだね! 縦列態勢! 先頭は大楯を構えて!」


 ビルギットも慌てる事無く素早く対応する。地形的な条件から必ず何らかの罠が仕掛けられていると最初から睨んでいたのだ。


 麾下の部隊もまたビルギットの指示に従って素早く散会。小隊ごとに分かれて、縦に長い陣形を作って効率的に落石を避けていく。そこに山賊団から追撃の斉射が射かけられる。しかも油を染み込ませた火矢である。先頭の大楯兵の盾に火矢が突き立ち、燃え上がる物が出始める。


「ちぃ……! 流石に簡単には近づけさせてくれないね! でも……」


 ひたすら斉射や落石に耐えるビルギット。このままでは近付く事さえ出来ずに損耗ばかりが増していく。だがそんな状況にも関わらずビルギットの口の端が吊り上がる。


 その時山賊団が布陣する場所に通じる両側の間道から、武装した兵士達が雪崩れ込んできた。彼等は雄叫びを上げながら山賊団に斬りかかる。ビルギットが予め切り離して迂回させていた別動隊である。


 数は精々50人程度だが、山賊達の斉射を止めさせ一時的な混乱を引き起こすには充分だ。その間にビルギットが率いる本隊が一気に攻め上る。そういう作戦だ。だが……


「……!」

 両翼から襲い掛かる別動隊の進路上で急に地面が陥没した。先頭にいた何人かが足を取られて陥没した穴に落ちていく。それによって勢いを挫かれた別動隊に、山賊団はまるで待ち構えていたかのように矢を射かけていく。


「くそ、陥穽の罠か! 見抜かれてたみたいだね! でも多少は攻勢が弱まった。こうなったら一気に突き進むよ!」


 勢いを挫かれた別動隊だが、それでも果敢に態勢を立て直して突撃を再開する。数は減ったものの、それでも多少は本隊に掛かる攻勢を弱める効果はあった。敵の罠に歯噛みしたビルギットだが、その隙を逃す事無く突撃の号令を掛ける。


 すると山賊団は斉射を止めて、素早く身を翻して撤退を始めた。



「あ、ビルギット殿! あいつら、逃げていきますよ!?」

「マズいね。余り奥に逃げ込まれると厄介だ。その前に奴等を捕捉するよ!」


 この辺りの地形は彼女も完全には把握していない。奥に行けば行くほどドラメレクにとって有利なフィールドになるだろう。同数程度の私兵集団が相手なら舐めて掛かってくるだろうと予想していたが、中々どうして慎重らしい。


「どうやら相手を舐めていたのはこっちも同じだったみたいだね……」


 ビルギットは舌打ちしながらも山賊達を見失わないようにひたすら追撃を掛ける。しかしやや山道が狭くなってきた所まで進軍してくると、突如木々や岩山の陰からこちらを包囲するように多数の山賊が出現した。伏兵のようだ。


「ち……やっぱり伏兵か! ここで戦うのは不利だ! 一旦下がるよ!」


 何らかの罠があるだろうと警戒しながら追っていたので、いざ伏兵が現れた際にも慌てる事無く、分断されないように一塊になって開けた場所まで撤退していく。山賊達は次々と襲い掛かってくるが、ビルギットの統率の下味方の部隊は算を乱す事無く反撃しながら後退する。


 だが山道に入る前の開けた場所まで撤退してきたビルギット達を出迎えたのは……



「な……い、いつの間に……?」


 ファティマが唖然としたように、待ち構えていた山賊の本隊・・・・・を見やる。自分達は奴等を追って山道に入っていったはずなのに、伏兵に阻まれて撤退して来たら、追っていたはずの山賊団が待ち構えているのである。混乱してしまうのも無理からぬ事であった。


「やられたね……。私達が知らないルートで先回りされたみたいだ」


「……!」

 ビルギットの神妙な呟きにファティマは目を瞠った。自分達が撤退してきた山道からは伏兵の山賊達が追撃で迫ってきている。前後から挟撃された形だ。


「防壁の陣! 前後に展開して敵を迎え撃つよ!」


 ビルギットはそれでも焦る事無く力強い声で号令する。私兵達が素早くその指示に従って陣を整える。ほぼ同時にドラメレクの本隊も、遂に決着をつけるべく突撃を敢行してきた。


 両軍が激しくぶつかり合う。怒号や剣戟の音が山間に響き渡る。ビルギットは防壁の陣を敷いて迎え撃つが、挟撃されているという事もあって徐々にすり抜ける敵が出始めて、戦場は混沌とした様相を呈し始めた。



「直接戦ったのは初めてだけど……かつてニーナが翻弄されただけはあるよ。武力だけじゃなく用兵能力でも確実にあの娘を上回ってるね……!」


 混乱する戦場の様相にビルギットは歯噛みする。彼女の予定ではこんな混戦になるはずではなかった。相手がただの山賊団なら間違いなくこんな苦戦などせずに、自分の用兵だけで殲滅できていたはずだ。


 烏合の衆である山賊を正規兵顔負けの練度で統率する……。優秀なが率いれば、兵とは恐るべき魔物へと変わる。


 自らも用兵を得意とし、兵の力を自在に操る術に長けているだけに、ビルギットはその事実を誰よりも実感していた。ドラメレクは確実に彼女の愛弟子でもあるアーデルハイドの上位互換とも言える能力の持ち主だ。



「おらぁっ! てめぇが大将だな!?」

「……っ!?」


 そこに混戦を抜けてきた敵の山賊が大将首を狙って、刀を振り上げながら襲い掛かってきた。ビルギットは慌てて剣を構えて応戦する。


「死ねやっ!」

「く……!」


 濁声と共に振るわれる刀を剣で受ける。山賊は狂ったように追撃の刃を振り上げようとして……


「ビルギット殿!」


 ビルギットの危機を察したファティマが、後ろからその山賊を曲刀のような武器で斬り付ける。山賊が大きく怯んだ所に、ビルギットの反撃の剣がその山賊の喉に突き刺さった。


「ふぅ……助かったよ、ファティマ!」


 崩れ落ちる山賊を尻目にファティマに礼を言う。ファティマも乱戦を抜けてきたらしく、武器や傷だらけの鎧には返り血が撥ねていた。


「ビルギット殿! 敵には挟撃の勢いがあります! このままでは……。ここは離脱を優先して態勢を立て直しましょう!」


 だがそれにビルギットが答えるより早く2人の前にやってくる者があった。



「――無駄だ。この辺りの地形は全て把握済みだ。貴様らに逃げ場はない」

「……っ!?」


 武骨な鎧に特徴的な髭面。そしてその片目には大きな傷跡。手には巨大な蛮刀が握られている。


「ド、ドラメレク……!!」


 ファティマが動揺から声が上擦る。遂にこの山賊団の首領、卓越した用兵能力でビルギット達を追い詰める戦巧者、『賊王』ドラメレクが2人の前に直接姿を現したのであった!

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