三人娘冒険譚

第四幕 姦しい休日

 ディムロスの街。恐ろしい辻斬り騒ぎも終息し、街は元の平穏を取り戻していた。勢力全体の発展や、街の拡張計画、そしてイゴール軍との戦の準備による特需によって、街の好景気は終わる事無く盛り上がりを見せ続けていた。


 そんなディムロスの日中の大通り。活気にあふれた大通りは人でごった返していた。買い物やその他様々な事由で通りを行き交う人々。そしてそんな人々に財布の紐を緩めようと、店先で声を張り上げる商売人達。


 ディムロスの発展ぶりを象徴するかのような情景の中、通りの一角で賑わう人込みにあって尚人目を惹くような光景が展開されていた。



「あら!? この髪飾り、すごく素敵じゃない? きっとあなたに似合うと思うわ、ミリアム・・・・さん!」


 そう言ってはしゃいだ声で装身具店の店先に並ぶ髪飾りの一つを指差すのは、自身こそどんな煌びやかな装身具にも負けない、人目を惹く艶やかな美少女であった。


 そしてその髪飾りを勧められた少女もまた、短めに切りそろえられた髪型が凛々しさを醸し出すものの、顔の造作そのものは非常に整った可憐な少女――ミリアムであった。


 ミリアムはやや頬を赤らめながらかぶりを振った。


「い、いや、私にはこういう可愛いのは似合わないよ。こういうのは、それこそリリアーヌ・・・・・のような綺麗な子にこそ似合うよ」


 ミリアムがやんわり辞退すると、艶やかな美少女――リリアーヌは不満そうにその頬を可愛く膨らませた。


「もう、ミリアムさんったら! またそんな事言って! ミリアムさんは自分で思ってるよりとっても素敵よ? もっと自分を飾ってもいいと思うの」


「で、でも私は、その……これでも軍人だし……」


「あら、あなたのお義姉様のアーデルハイド様だって、綺麗な朱色のかんざしで髪を纏めて戦に赴いていらっしゃるわ。ビルギット様も後ろ髪を束ねる髪留めに、銀糸で編んだ赤鳳の飾りを施していらっしゃったわ」


「え、ええ!? そ、そうだったっけ!? 全然気づかなかった……」


 近しい家族の事なのに、自分では全く気付かなかった事にミリアムは軽い衝撃を受けた。そして同時にそんな細かい部分にも目敏く気付くリリアーヌの『お洒落審美眼』に感心してしまう。


(いや、それとも……世間の『普通の女の子』って皆そういう感じなのかな……)


 今は勿論だがモルドバにいた時から、余りそういった女の子が好きそうなお洒落や服飾に興味を持てなかった。全く関心がない訳ではなかったが、どうせ自分には縁遠い物だと思い込んで、意図的に遠ざけていた。



「軍人である前に女の子なんだから、ちょっとしたお洒落に気を遣うのは全然おかしな事じゃないわ。ミリアムさんも思い切って殻を脱ぎ捨ててみるべきよ」


「い、いや、でも……私なんて全然……。私が髪飾りなんて付けてたらきっと皆から笑われるよ」


 熱心にお洒落を勧めてくるリリアーヌに、ミリアムはたじたじとなってそんな風に自虐する。謙遜している訳ではなく、本気でそう思っていた。そしてそれをリリアーヌは察知した。


「……っ!」

 彼女の大きくてまつ毛の長い目が見開かれた。それから身体全体がワナワナと震え出す。


「リ、リリアーヌ……?」


「うふふふ……そう、自覚がないのね? これは『矯正』のし甲斐がありそうだわ」


 リリアーヌの細い身体から何とも言えない気迫のような物が立ち昇るのを感じて、ミリアムは思わず後ずさりしかけた。


 と、そんな彼女の後ろに忍び寄ってくる影が……


「私がいない間に面白そうな話してるわね!?」

「わっ!? サ、サラ……!?」


 動揺していたミリアムはサラの気配に気付かず、いきなり背中から抱き着かれて驚く。別の買い物をしていて一時的に離れていたもう一人の友人であるサラだ。リリアーヌのような人目を惹かずにはいられない派手さはないものの、元気で可愛らしい町娘といった風情のサラは一緒にいて肩肘張らない気楽さがあった。



 リリアーヌとサラは元々同郷であり友人同士であった。先日君主のマリウス主催で開かれた内々の祝賀会にアーデルハイドに連れられて参加したミリアムは、そこで同じようにエロイーズに連れられてやってきた2人と交流する機会を得た。


 元々同性で同年代である事から、お互いに何となく気にはなっていたのだ。だが方やミリアムは武官であり戦などで忙しく、方やリリアーヌ達は文官でやはりそれぞれの仕事や勉強で忙しく、尚且つミリアムはハルファル、リリアーヌ達はディムロスと拠点も異なっており、これまで交流する機会に恵まれなかった。


 果たして祝賀会で正式に出会った3人は、すぐに意気投合して友人同士となった。そして今ではこうして互いの休みが合った時は一緒に街に出掛けたりするくらいの仲になっていた。



「聞いて、サラ! ミリアムさんったらこんなに可愛いのに全然自覚がないのよ? お洒落をしたら笑われるんですって!」


「……何ですってぇ?」


 リリアーヌの言葉ですぐに状況を察したサラの目が据わる。ミリアムがたじろぐ。


「サ、サラ……?」


「そういう勿体ない・・・・意識は念入りに『矯正』してあげないとねぇ?」


 サラの身体からもリリアーヌと同じような謎の気迫が立ち昇る。ミリアムは完全に気圧されて恐怖に目を見開く。


「ふ、2人共!? 顔が怖いよ!?」


「うふふふ……ミリアムさん? 折角まとまった休みが取れたんだもの。今日はとことんまで付き合ってもらうわね?」 


 リリアーヌがにこやかに笑みを浮かべて近付いてくる。全ての男を蕩かすような極上の笑みだが、何故かミリアムには獲物を狙う肉食獣の姿が重なった。思わず後ずさりしそうになった所を、逃がさないとばかりにサラの腕が絡まる。


「ふふ、今日は楽しい日になりそう! よーし! それじゃ早速私の行きつけのお店まで行くわよ!? 最近開いたばっかりなんだけど、すごく趣味がいいお店なの!」


「わあっ! ちょ、ちょっと、サラ!? 引っ張らないでぇっ!」


 武人として鍛えているはずのミリアムが全く抵抗できないほどの力と迫力で、嬉々として彼女を引き摺って行く2人の少女。その姦しい姿は、大通りの人込みに紛れてすぐに見えなくなってしまった。



 平和で日常的な光景。しかしその微笑ましい情景を、悪意に歪んだ目がじっと見据えていた事に彼女達は誰も気付かなかった……

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