第四十七幕 凱旋 そして天下へ

 ディムロスの街。ガレス軍との激闘を終えたマリウスは再びこの街へと帰還していた。現在のマリウス軍の首都たるこの街に帰ってきた事で、マリウスは真の戦の終わりを実感していた。


「遂に……やり遂げたね。僕達はガレスに勝った。そしてセルビアとスロベニアの二郡を領有したんだ。本当にここまで来れたんだね」


 宮城のバルコニー。ディムロスの街を一望できる場所から街を見渡しながら、マリウスは感慨深げに呟いた。そんな彼の後ろには、やはり同じように街を見渡す4人の人物がいた。


 いずれ劣らぬ美貌と才能を持つ4人の女性……即ち、ソニア、エロイーズ、アーデルハイド、そしてヴィオレッタの4人だ。最初期からマリウスを支え、共にこのディムロスで旗揚げした4人でもある。


 数日後に催される予定の戦勝パレード及び、二郡を領有した事による勢力内調整を含む評定の為に、全員ディムロスへと呼び集められていたのだ。



 マリウスの呟きにソニアが真っ先に同意して頷いた。


「ああ、本当にね。アイツらに勝ったってのが未だに信じられないくらいだよ」


 するとアーデルハイドが腕を組みながら重々しく頷いた。


「うむ、全くだな。ガレスの死体が見つからなかった事から、奴は未だに生きているのではという噂もあるくらいだしな」


「よ、よせやい! 怖い事言うなって!」


 ソニアが本気で慄いたように身体を震わせる。ガレスが焼身自殺したと言われるミハエルの宝物庫跡は損傷が激しく、またマリウスは敢えて死体を掘り起こすような真似を禁じて、そのままその場所をガレスとミハエルを祀る霊廟として再建する事を決めた。


 今頃はスロベニアの統括官としてムシナの太守に返り咲いたアナベルが工事に着手してくれているはずだ。ムシナの玉座にはガレス愛用の大剣が突き立って残されており、それも新築した霊廟に奉納する事が決まっていた。


 だがこの『ガレスの死体を直接見た者が誰もいない』という状況が、先程アーデルハイドが言ったような噂を助長させる原因となっていた。しかし……


「……ガレスは死んだよ。僕はそれを確信している。だから彼が僕達の前に現れる事は二度とない。それだけは断言できるよ」


 マリウスがそんなソニアの様子に苦笑しつつも、はっきりと断言した。言葉では説明しづらいが、それでもマリウスにはガレスが死んだ事だけは何となく解った。これは理屈ではなかった。



「そう、ね……」


「ヴィオレッタ?」


 やや物憂げな調子となるヴィオレッタを訝しむ。彼女はゆっくりとかぶりを振った。


「……あの男は初めて会った時、『敵を求めている』と言っていた。多分彼は孤独だったんじゃないかしら」


「おい……おい、ヴィオレッタ? アンタ、まさかあの男に同情でもしてんのかい!? 奴は戦闘狂の怪物だよ? どうしたってあれ以外の結末なんてなかったさ!」


 ソニアが鼻息を荒くするとヴィオレッタは解っているという風に頷いた。


「ええ、勿論それはそうよ。だからこそ実際にこうなった訳だし。それに関しては一切思うところは無いわ。ただ……ふと思ってしまうのよ。もし彼がもっと早くマリウスと出会っていれば、こんな事にはならなかったんじゃないかってね。2人は互いを認め合う『友』にだってなれたんじゃないか……ついそんな事を考えてしまうのよ」


「友、か……。確かにそうかもね」


 マリウスもそれは認めた。孤独を感じていたのは彼も同じであった。2人の環境は近かったのだ。ガレスとは死闘を繰り広げたが、お互いに何となく相通ずる物は感じていた。もし出会い方が違っていれば、さぞ良い好敵手となっていただろう事は想像に難くない。


 ヴィオレッタは再び頭を振った。


「……でも全ては過ぎた事ね。たらればに意味はない。詮無いことを言ったわ。忘れて頂戴」


「ガレス軍は滅びましたが、当然イゴール軍は未だ健在であり、まだトランキア州の制覇すら成し遂げていない状況です。イゴール軍やその他の諸侯……。全てに打ち勝って天下を統一する事こそが、死んでいった者達への何よりの手向けとなるでしょう」


 それまで黙っていたエロイーズが発言する。冷静で合理的な彼女らしい言い方だ。マリウスは再び苦笑しつつ頷いた。


「ああ、そうだね。でもその前に……折角こうして皆が集まってくれた機会だ。皆には改めて、ここまで来れた事のお礼を言っておきたかったんだ」




 そう前置きしてからマリウスはまずソニアに向き直った。


「ソニア。思えば君は文字通り最初からいつも僕の側にいて、共に戦ってきてくれたね。君の存在にはどれだけ勇気づけられてきたか知れないよ」


 マリウスから名指しで真摯な目を向けられたソニアは目に見えて動揺する。


「な、何だい、急に改まって……。その、私なんか全然……。いつもアンタや皆に迷惑を掛けてばっかで……」


「君が壁にぶつかって悩んでいた事は知っていたよ。でも他人があれこれ言って解決する問題でもなかったし、様子を見ていたんだ。そうしたら君は見事に自分で解決して成長する事ができた。君は自分で思っているよりもずっと強いよ。僕にはない強さを持っている。だから……これからも君のその力を僕に貸して欲しいんだ」


「……!」

 ソニアが目を見開いた。マリウスが自分をそんな風に見てくれている事を初めて知ったのだ。


「マリウス……勿論だよ! 力を貸すって出会った時言ったろ? アンタと一緒した方が楽しめそうだって言った時、アンタはそれは保証するって言ったんだ。そして実際その通りになった。アタシも約束通りこの先もずっとアンタに力を貸すよ!」


「……! ふふ、そうだったね。あのサランドナの酒場での喧嘩……懐かしいね」


 2人が初めて出会った時の記憶だ。マリウスの旗揚げはあそこから始まったと言っても過言ではない。


「……っ。ああ、本当にね。何だか……懐かしすぎて泣けてきちまったよ……」


 感慨の深さはソニアも同じであるようだ。ソニアが目頭を押さえる。あれから実に様々な出来事があった。それを思うと長い道のりであった。その感慨で泣けてしまったのだろう。


「ほ、ほら! アタシはもういいから次に行ってくれよ!」


 潤んだ目を見られたくないらしく、顔を隠すようにして手を振るソニア。マリウスは微苦笑しつつ次の人物に向き直った。



「ふふ、それじゃお言葉に甘えて……。エロイーズ。コルマンドで初めて出会った時、ただの浪人に過ぎなかった僕等を信じて同志となってくれた事、今でも感謝している。本当にありがとう」


 マリウスはエロイーズに向かって頭を下げる。それは彼の本心であった。あそこでエロイーズが仲間になってくれなければ、ある意味で今のマリウス軍は無かったと断言できる。


「……マリウス様に可能性を感じ自分の未来を賭けてみようと思った判断、間違っていませんでした。今はあの時の自分が誇らしい気分ですわ」


 エロイーズはたおやかに微笑んだ。そして笑みを収めるとじっと真剣な瞳でマリウスと目を合わせた。


「……私には他の皆様のように戦でお役に立つ能力はありません。戦では常に国に残って皆様の無事を祈る以外に能のない役立たずです。マリウス様……それを踏まえて改めてお聞き致しますが、私は本当に皆様の……マリウス様のお役に立つ事が出来ていたのでしょうか?」


 一切の誤魔化しや世辞を許さない妥協なき目で見つめられたマリウスだが、しかし彼は特に動揺する事はなかった。何故なら世辞も誤魔化しも言うつもりがないからだ。


「君が納得するまで何度だって言うよ。国の発展、そして今回の戦においても君の果たしてくれた役割は極めて大きいよ。君がセルビア郡をここまで発展させてくれなければ、そもそもまともにガレス軍と戦う事さえ覚束なかったはずだ。戦で直接戦う能力なんて関係ない。そもそも君を勧誘したのは戦で共に戦ってもらう為じゃない。君は間違いなく……僕にとってなくてはならない人だ」


「……!」

 明らかに本心で言っているマリウスの様子に、逆にエロイーズが動揺してしまう。しかし持ち前の冷静さを発揮してすぐに気を取り直すと、やはりたおやかに微笑んで一礼した。


「うふふ……マリウス様のお心、確かに見せて頂きましたわ。であるならば、これ以上私から言うことはありません。私は今後も私なりのやり方でマリウス様を支える事を誓いますわ」


「ありがとう、エロイーズ。これからも宜しくね?」


「お任せ下さい、マリウス様。…………ふふ、それではアーデルハイド様がソワソワしていらっしゃいますので、お譲り致しますね」



 マリウスが加入順・・・に声を掛けているらしい事が解って、次は自分の番かと落ち着かない様子になっていたアーデルハイドが、それをエロイーズに揶揄されて顔を赤らめる。


「エ、エロイーズ殿! 別に私はソワソワしてなど――」


「アーデルハイド」


「――は、はいぃっ!」


 マリウスから名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばしてしまうアーデルハイド。滑稽な姿であったが、マリウスの目はあくまで真剣だ。


「アーデルハイド。僕達が初めて出会った時の事を覚えてるかい? 君はまだドラメレクへの復讐に取り憑かれていたね」


「……っ! 忘れるはずがない。あの時の私は余りにも愚かだった! 何も見えていなかった!」


 アーデルハイドは拳を握りしめる。思い出したくない過去ではあるが、自戒の為にも忘れるわけにはいかなかった。マリウスが頷く。


「そう……でも君はそれを自省して変わる事ができた。それだけじゃない。他にも君は様々な事件や出会いを経てどんどん成長していった。そんな君の姿は僕にとってもいい刺激になった。自分も現状に甘んじていてはいけないってね。そういう意味では僕にとって君は良い好敵手でもあったんだ」


「こ、好敵手!? 私などが、そんな……」


 恐縮する様子のアーデルハイドに手を振る。


「あくまで精神的にはって意味さ。勿論君は将軍としても大活躍してくれた。先日のダンチラ砦での防衛戦も含めてね。だからこれからも僕と一緒に戦って欲しいんだ。お互いに成長しあって行こう」


「……私などに過分な評価、痛み入る。私の意志はあなたにドラメレクから救ってもらった時から何も変わってはいない。今後も我が力、マリウス殿の為に役立てる事を誓おう」


 2人は武人らしく固い握手を交わす。そしてアーデルハイドは最後の一人……ヴィオレッタの方に視線を向けた。


「さあ、ヴィオレッタ殿。お待たせした」



「あらぁ? わ、私は別に今更特に話す事なんて……」


 若干上擦った声でそっぽを向くヴィオレッタ。しかしマリウスは構わずに続けた。


「ヴィオレッタ。ガレス軍との戦いでは、君はまさに八面六臂の活躍だった。君がいなければこれほど鮮やかに奴等に勝つ事は到底できなかっただろう。それだけでなく僕の留守中・・・、マリウス軍を統括してくれた。この戦いの真の功労者は間違いなく君だよ」


「……軍師として当然の務めを果たしたまでよ。特別に感謝されるような事ではないわ」


 素直ではない態度を取るヴィオレッタ。だがマリウスはここで少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「それだけじゃない。一見怜悧でありながら、その実誰よりも熱い心を持っている君を心から尊敬している」


「……っ!? な、何よ、いきなり?」


 不意打ちを喰らったヴィオレッタは容易く動揺して、その顔を真っ赤に火照らせてしまう。そこに更にマリウスの追い打ちが掛かる。


「そうやって褒められるとすぐに照れて動揺する所もすごく可愛いし、実は物凄く負けず嫌いな所も常々可愛くて素敵だと……」


「……っ! わ、解った! 解ったから! お礼を受け入れるからもうやめて頂戴!」


 耐えきれなくなったヴィオレッタが降参して懇願した。マリウスは攻撃・・を止めてにっこり微笑んだ。


「ふふ、これからはちゃんと素直になってね?」


「う……わ、解ったわよ、もう」


「でも感謝してるのは本気も本気だからね? 僕はどうしても脇が甘い所があるし、これからも君の補佐が必要だ。今まで通り僕を支えて共に戦ってくれるかい?」


「……言われるまでもないわ。ここまで来たら一蓮托生よ。どこまでも共に付いていくわ」




「ありがとう、ヴィオレッタ。ありがとう、皆。改めてこれからも宜しく頼むよ」


 4人に向けて改めて礼を言うマリウスに、エロイーズが頷きながら発言した。


「うふふ、勿論ですわ。でも、感謝しているのは私達も同じなのですよ?」


「え?」

 マリウスが目を瞬かせると、真っ先にアーデルハイドが同調した。


「うむ。あなたはただ燻っているだけだった我等に壮大な夢と生き甲斐を与えてくれた」


「……!」


「そうね。それに女だからという理由だけで差別しなかった。お陰で私達は思う存分自分の能力を発揮させて仕事に打ち込む事ができた」


 ヴィオレッタも同意する。今の帝国に於いて女である自分達がその能力を如何なく発揮させてもらえる事がどれほどの幸運であったか。


「本当にそうだね。勿論辛くて苦しい事もあったけど、それ以上に楽しくやりがいのある仕事ばっかりだったさ! 全部アンタに付いて来たお陰だよ!」


 ソニアもまた腕を組みながらウンウンと頷いている。



「み、皆……」


 苦楽を共にしてきた同志達からの感謝を受けて、マリウスは不覚にも胸に来るものがあった。


 彼女達を勧誘したのは、言ってみれば自分の都合であった。勿論同意を得た上での勧誘だった訳だが、それでもこちらから一方的に彼女達を巻き込んだという見方も出来るのだ。


 だがそうではなかった。彼女達は彼女達で、自らの今の立場に満足してそれを与えてくれたマリウスに感謝しているというのだ。


 自分のやってきた事がただの独り善がりではなく、彼女達にとっても感謝される事だったと知り、マリウスは柄にもなく感動してしまっていた。


「……! な、何だい……マリウス。もしかして、泣いてるのかい? は、はは……こ、こりゃ珍しいモンが見れたね、は、は」


「ソ、ソニア殿……そういうあなたこそ、目が潤んでいるぞ……?」


「う、うっさいね! アンタだって同じだろ!」


 ソニアとアーデルハイドのやり取りを眺めながらヴィオレッタが小さく息を吐く。


「ふぅ……そうね。まあ、たまにはこういうのも悪くないかもね」


「ええ……明日からはまた忙しい毎日ですが、今日だけは全て忘れて祝いましょう。いえ、祝うべきです」


 エロイーズも同意するように頷く。彼女の目尻にも若干光る物があった。




「……よぉーし! 気分も乗ってきた事だし、今日はこのまま祝杯を上げに行こう! 他の皆も誘ってさ! 皆が同じ街に集まってる機会なんてそうそうないしね!」


 涙を拭いたマリウスは明るい表情で促す。数日後の戦勝パレードの為に今このディムロスには珍しく、スロベニアの統括官となったアナベル以外の全員が滞在していた。確かに希少な機会ではある。


 真っ先に喜色を上げたのは勿論ソニアだ。


「お、いいねぇ! じゃあアタシはジュナイナとリュドミラに声を掛けてくるよ。あいつらすっ飛んで来るよ!」


 アーデルハイドも賛意を示す。


「……義母上は大変な酒豪であられるから皆覚悟しておくようにな。ミリアムはまだ早い気もするが……絶対来たがるだろうな」


「あら? いいではありませんか。私もリリアーヌとサラを呼んできますわ。年も近いし、この機会に仲良くなれるかも知れませんよ?」


「……! そうだな。実はミリアムも彼女達の事が気になっていたようでな。よし、ではアイツも呼んでみるとしよう」


 エロイーズがころころと笑って勧めるので、アーデルハイドも安心してミリアムも呼ぶ事を決めた。


「なら私はキーアとファティマと……オルタンスね。……何だか皆、1人で静かに飲んでいそうな女達ばかりだけど」


 ヴィオレッタの言葉を聞いたマリウスがその情景を想像してしまい軽く吹き出す。


「ぷ……あははは! 確かにそうだね! でも今日はめでたい日だし、きっと皆来てくれるさ」


「そう、ね。じゃあ私も声を掛けてみるわ」


 ヴィオレッタは嘆息しながらも請け負った。聞いていたソニアが若干呆れたような表情になる。


「……しっかしまあ見事に女ばっかり揃えたもんだね。アタシらはともかく、他の皆は殆ど偶然みたいなモンなんだろ?」


 確かに偶然ではあるが、女性を重用するマリウスの元に才女が集うのはまた必然でもあった。


「本当にね。しかも皆美女、美少女ばかり……。マリウスとしてはその辺どう思っているのかしら?」


 何となく夫の浮気を疑う妻のような雰囲気でヴィオレッタが問い掛ける。他の3人にも軽い緊張が走る。しかしマリウスはあっけらかんとした物である。


「僕は強くて美しい女性が大好きなんだから、勿論万々歳さ! きっとご先祖様が頑張ってる僕に対してご褒美をくれたんだよ」


「……はぁ。あなたに聞いた私が馬鹿だったわ……ふふ」


 毒気を抜かれたヴィオレッタも思わず笑みを零す。ソニア達も釣られて笑い出す。マリウスに限ってはそうした背徳とは無縁であろう。彼は本当に他に好きな人が出来たなら、迷わずヴィオレッタ達に堂々とそれを宣言している事だろう。



「さあ、そうと決まったら善は急げだ! 早速今から行こうじゃないか! ほらほら! 皆も早く!」


「あ、ちょっと!?」


 楽しみで気が急いていたらしいマリウスは踵を返すと、バルコニーから宮城の中に駆け込んでいってしまった。そのまま街へ繰り出してしまいそうな勢いだ。ソニアが止める間もなかった。それを見たエロイーズが微苦笑する。


「あらあら……うふふ、ああいう所は本当に無邪気な子供のようですわね」


「うむ、本当にな。それでいて無双の豪傑であり、偉大な君主としての顔も併せ持つ……」


「……そういう落差もまた女には堪らなく魅力的に映っちゃうのよねぇ。悔しいけど」


 アーデルハイドやヴィオレッタも加わり、三者三様に愁いを帯びた様子で溜息を吐いていた。


「アンタ達、何ごちゃごちゃ言ってんだい!? アタシ達もさっさと皆を呼びに行くよ!」


 会話に加わらなかったソニアが、マリウスに負けじとバルコニーから城の中へ駆け戻っていった。それを見送って3人は顔を見合わせて苦笑した。


「あらあら、皆さんせっかちですわね。……では私もリリアーヌ達に声を掛けてきますわ。また後程」


「うむ、私も行こう。では、ヴィオレッタ殿。また後程」


「ええ、また後で」


 エロイーズとアーデルハイドもバルコニーを後にしていく。




「…………」


 ただ1人その場に残ったヴィオレッタは、そろそろ夕暮れに差し掛かろうかという朱色の空を見上げた。


「本当に強敵だった。でも、これで終わったのね……」


 軍師としてマリウス軍全体を統括してガレス軍と戦い、ミハエルと綱渡りのような戦略合戦を繰り広げてきた彼女にとって、その感慨は一入のものがあった。


「ガレス、ミハエル……。あなた達は確かに決して相容れない不倶戴天の敵ではあったけど……同時にあなた達の存在が私達をここまで強くしてくれた」


 ソニアやアーデルハイド達が成長し、オルタンスやビルギットら有力な将が加わったのも全てはガレス軍の脅威があったればこそだ。


「あなた達の事は教訓の意味でも決して忘れないわ。私達は必ずトランキア州を統一して天下に乗り出してみせる。それがあなた達に勝った私達に出来る唯一の手向けよ。だから……せめて安らかに眠りなさい」


 それだけを静かに告げたヴィオレッタは踵を返し、後は振り返る事無く城の中へと姿を消していった……





 セルビアとスロベニアの二郡を領有し、押しも押されぬ大君主となったマリウス。彼は地理的な条件から、他州の諸侯の対応にも追われるイゴール軍との戦を有利に進め、やがてトランキア州を統一する〈王〉となっていく。


 彼等、彼女等が天下統一を果たす事が出来るのか……。それはまだ誰にも解らない。


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