第四十三幕 終極
ガレスによる
敬愛する主君が作ってくれているこの機会を無駄にする訳にはいかない。ヴィオレッタは即座に前線に伝令を送る。そして彼等に声高に叫ばせた。
「マリウス様が援軍として来てくださったぞ! 我が軍の勝利は確実だ! 皆の者、奮い立て!!」
「「「……っ!!」」」
既に敵将と斬り結んでいるソニア達に伝令を直接伝える事はできない。なのでこういう形でマリウスの
「マリウス……来てくれたのかい!? はは……それじゃアタシも、これ以上かっこ悪い所は見せられないねぇ!」
「……!」
ロルフの猛攻の前に一方的に追い詰められて、斬られる寸前だったソニア。だがマリウス参戦の報を聞くと、消えかかっていた闘志が再び燃え上がった。そして刀を構え直して不屈の意思を込めてロルフを睨みつける。
逆にロルフはその視線の強さ、そしてどれだけ追い詰められても絶望せず食らいついてくる意思の強さに若干だが動揺を滲ませる。更にかつて自分を打ち破った無双の天才剣士マリウス復活の報が、その動揺に拍車を掛ける。
「うおおおぉぉぉぉっ!!」
ソニアがそれまでの防戦が嘘のような裂帛の気合と共に斬りかかってくる。ロルフは反射的にそれを受けるが、その動きは先程までよりも精彩を欠いたものとなっていた。
ソニアだけではない。その周りの兵士達もマリウスの参戦に鼓舞され士気を高揚させていた。逆に動揺して士気を減退させるガレス軍を一方的に押し込んでいく。
完全に劣勢となったガレス軍の戦線が遂に決壊する。後方にいた兵士達が命惜しさに潰走し始めたのだ。こうなるとその流れは全体に伝播して止めようがなくなる。次々と兵士が逃げ出していきガレス軍の右翼は完全に崩壊する。
「はっ! 情けない奴等だねぇ! アンタはどうするんだい!? このまま孤軍奮闘でガレスやミハエルの為に命張るのかい!?」
「……っ!」
ソニアの挑発にロルフの動揺は更に大きくなる。彼は自分の任務に忠実な事を誇りとしてきたが、周りの兵士が皆逃げ出して敗色濃厚となった場合も踏み止まって戦えという
彼はそう自分に
「どけっ!」
「うおっとっ!!」
ロルフは大きく剣を薙ぎ払ってソニアを牽制した。彼女が慌てて飛び退ると、その隙に踵を返して兵士達の後を追うように退却していった。
「……ふぃー……。何度死を覚悟したか解らないけど、よく生き残れたモンだよ。マリウス、アンタが来てくれたお陰だよ。本当に……良かった」
潰走していく敵軍を見据えながらソニアはようやくといった感じで一息ついた。そしてかつて彼女が憧れた無双の戦神マリウスの復活に誰よりも喜びと安心を感じ、そっと涙ぐむのであった。
右翼の崩壊は即座に隣接する中軍にも伝播する。ビルギットはこの機を逃すまいと一気に攻勢を仕掛ける。
「ガレスが暴れ始めた時は本気で肝を冷やしたけど……流石はマリウス殿だね。あの化け物を完全に抑え込んでいる。だったら私達もその心意気に応えなくっちゃね!」
彼女はガレスの乱入で一時乱れた戦線を素早く立て直す。そして今度こそ敵軍を殲滅する勢いで押し込み始める。
「ええい! つまらん! つまらん! つまらんぞぉっ! 儂は正面切って斬り合う殺し合いがしたいのじゃ! こんな物は戦いでも何でもない! あの忌々しい小娘め! 儂はもうやめるぞ! 後は勝手にやっておれ!」
一方ビルギットの用兵に翻弄されて思う存分戦う機会を得られないギュスタヴは、大いに不満と鬱屈を募らせていた。そこにマリウス復活の報と右翼の崩壊によって中軍の兵士達も動揺を来たし、増々思い通りにいかなくなる戦況にギュスタヴは
癇癪を起して勝手に退却していく指揮官に慌てた兵士達は、これ幸いと自分達も遁走を始める。
中軍の崩壊によって戦の趨勢は完全にマリウス軍に傾く事となった。
「あぐぅっ!!」
グ=ザンの振るう錫杖の一撃を槍で受けたジュナイナが苦鳴と共に吹き飛ばされる。グ=ザンがそのまま追撃しようとする所に、
「ジュナイナッ!」
リュドミラが矢を放って牽制する。その間に辛うじて体勢を整えるジュナイナ。先程からこの攻防の繰り返しとなっていた。
何度も剛撃を受けて吹き飛ばされているジュナイナは既に身体中土塗れの打ち身だらけで、腕も痺れ切って槍を持っている事すら覚束なくなってきていた。
もう限界だ。次に攻撃を受けたら確実に槍を弾き飛ばされてしまう。ジュナイナの中で焦燥が膨らむ。
攻撃しているグ=ザンの方も、最早ジュナイナが限界である事を見抜いているのだろう。その髭面の厳つい顔が嗤いに歪む。
リュドミラが次々と矢を放つが、何度も受けた事で既に見切られているらしく、文字通り牽制にしかなっていなかった。
このままでは負ける。2人がそれを予感した時……
「マリウス様が援軍として来てくださったぞ! 我が軍の勝利は確実だ! 皆の者、奮い立て!!」
戦場を大声で喧伝して回る伝令兵の声が聞こえた。2人は、そして味方の兵士達は目を瞠った。そういえば中軍や左翼の方が何やら騒がしくなっていたが……
そこからは矢継ぎ早の展開となった。左翼で戦っていた友軍から鬨の声が上がる。同時にガレス軍の右翼が潰走していく姿が見えた。そこから混乱は中軍に波及し、敵軍が波を打つように崩れ去っていく。当然時を置かずその混乱は右翼――敵軍には左翼――にまで及んだ。
「ジュナイナ、これは……」
「ええ……どうやら流れが来たようね……!」
2人は頷き合う。
味方が次々と潰走していく様に動揺した敵部隊は完全に浮足立った。徐々に後方から裏崩れが始まる。こうなるともう歯止めが利かない。ましてや帝国語も不自由な異邦人のグ=ザンでは、効果的に味方を鼓舞する手段も持ちえない。
グ=ザンも周囲の状況は理解しているらしく、一度2人を睨みつけると、それ以上の継戦を諦めて自らも退却に移っていく。
戦の勝敗が完全に決した瞬間であった。
「……!」
そんな周囲の戦況など関係ないとばかりに、マリウスとの超常の一騎打ちを続けるガレス。だが戦の趨勢は否応なしに彼等の闘いにも影響を及ぼす。
周囲から自分に向けて次々と放たれる矢に、ガレスは舌打ちして大剣を大きく薙ぎ払って矢を打ち払う。
味方が次々と崩壊していく事で、軍師のミハエルも戦線の維持を諦め退却に移っていた。それによって敵の斉射がガレスに集中し始めているのだ。
さしものガレスもマリウスと斬り結びながら、四方八方から射かけられる矢にまで対処する余裕はない。マリウスが剣を構えながら問い掛ける。
「さあ、部下は皆逃げたよ? このままだと君は敵軍の中に単身で取り残されてしまうよ?」
「おのれ……役立たず共が……」
ガレスは割れんばかりに歯軋りする。こうなっては最早一騎打ちを継続する事は不可能だ。ガレスは相対するマリウスの顔を見た。
「俺は……お前に『負けた』のか……?」
「僕だけの力じゃない。君は、
「……!!」
ガレスの顔が歪む。しかし彼はすぐに肩を震わせて笑い出した。
「く……くくく……なるほど。確かにそうかも知れんな。俺は
生まれて初めて『敗北』を喫しそれを認めたガレスの表情は、むしろ晴れやかとさえ言える物だった。彼は大剣を引くと、一歩、二歩と後ろに下がった。そしてもう一度マリウスと目を合わせた。
「…………」
それから一切の未練を断ち切るように踵を返すと、後は何も言わずに退却していった。
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