第四十二幕 トランキア大戦(Ⅷ) ~超常決戦

 混乱する戦場の只中で向き合う2人の公爵……即ちスロベニア公のガレスとセルビア公のマリウス。


 双方とも凄まじいまでの剣気をその身から発散させぶつけ合う。マリウスに救われた形のオルタンスは、へたり込んだまま固唾を飲んで見守る事しかできない。


「その隻腕・・でよくぞ再び俺の前に立った。その度胸だけは誉めてやろう。だが果たしてその身体で俺とまともに戦えるのか?」


「ご心配なく。僕が今まで戦場に出なかったのは、まだこの状態に馴染んで・・・・いなかったからさ。でもようやく僕の中で、腕を失う前と同じ水準で戦えるようになったと確信を得られた。だからこうしておっとり刀で駆け付けたって訳」


「ほぅ……」


 ガレスが目を細める。今度はそのガレスの顔を見たマリウスの方が興味深げに問い掛ける。


「君の左目は完全に断ち割ったはずだけど、思ったより元気そう・・・・だ。信じがたい事だけどあの噂・・・は真実だったという事かな? 例の……君の細君となった女性の噂は」


「ふ……そうだな。他ならぬこの俺自身が最も信じられぬ思いだ。だがどうやらあの女の力は本物だったらしい」


 そう語るガレスの表情が一瞬、常の彼からすると考えられないような穏やかな、優し気とさえ言える物となった。マリウスは、おや? という顔になった。


「へぇ……君がそんな顔で女性の事を語るとは思わなかったよ。例の女王様は監禁されて酷い目に遭わされているんじゃないかって噂もあったけど、どうやらそれは杞憂みたいで安心したよ」


「……っ! ……喋り過ぎたな。俺達がこの場で交わすべきは言葉ではなく剣であろう」


 ガレスは一瞬動揺するが、すぐにそれを打ち消して大剣を構えた。その身体から更に強烈な闘気が噴き出す。それを受けてマリウスも小さく嘆息してから左手に握った剣を構えた。



「ふぅ……やっぱりそうなるよね。皆を守る為だ。僕も一切容赦はしないよ?」


「ふ……望む所だ!」


 ガレスは獰猛に嗤うと、大剣を前に突き出すような形で突進してきた。恐ろしい程の強烈な踏み込みで一瞬にしてマリウスの眼前まで到達する。


「しゅっ!」


 だがマリウスは鋭い呼気と共に身体を回転させるようにその突きを躱す。そしてその回転を利用してカウンターで剣を薙ぎ払う。


「……!」

 ガレスは一瞬驚愕したものの、咄嗟に身を屈めるようにしてその薙ぎ払いを回避。そのまま屈みこんだ体勢から伸びあがるようにしてタックルを仕掛けてくる。


 体当たりを喰らうと体格差でマリウスが不利だ。彼は慌てる事無く大きく飛び退って体当たりを避ける。そして自らも低く地を這うような体勢となって、ガレスの足元を狙って斬りつける。


 ガレスは半歩下がるようにしてその斬撃を回避。お返しに大上段に振りかぶっていた大剣を全力で振り下ろしてくる。しかしマリウスは冷静に最小限の動きでその剛撃を躱すと、一切の無駄が無い動作で逆に剣を斬り上げる。


「ぬぅ……!?」


 ガレスは咄嗟に回避するものの、鎧の前垂れの部分が斬り裂かれる。舌打ちしたガレスは大きく剣を薙ぎ払うようにしてマリウスを牽制。マリウスがそれを跳び退って躱すと一旦仕切り直しとなった。




 へたり込んだまま呆然と今の攻防を眺めていたオルタンスは、自分の見ている物が信じられなかった。


「う、嘘……。こんな……こんな事って……」


 鍛え抜かれたはずの彼女の目でも辛うじて追うのがやっとという、恐ろしい速度で斬り結ぶ2人の超剣士。


 ガレスの動きや表情は彼女と相対していた時とは全く違う。遊びや作業などではなく、完全に闘い・・の動きであった。その表情も嬉し気でありながらも真剣そのものだ。


 マリウスの強さはヴィオレッタの色眼鏡などでは断じて無かったのだ。彼女はそれを完膚なきまでに思い知らされていた。



「ふ……くく。なるほど。豪語するだけはあるな。あの時と些かも変わらぬ……いや、或いはあの時以上の剣閃と身のこなし。隻腕は既にお前にとって何ら障害とはなっておらぬようだ」


「ご心配なくって言っただろう? 言っておくけど僕はまだまだ本気じゃないよ? だから君も……変な気遣い・・・・・はやめて、全力で来る事をお勧めするよ」


「な……!?」

 マリウスのその言葉にガレスではなく、傍で聞いていたオルタンスが驚愕する。 


(ほ、本気じゃない? 変な気遣い……? まさか……そんな、あり得ないわ……!)


 既に彼女の目から見ても超常の戦いといって差し支えない次元なのだ。だと言うのにこれでもまだ2人とも全力ではないと言うのか。ハッタリ、もしくはマリウスの勘違いに決まっている。



 だがそんなオルタンスの願望を打ち砕くかのように、ガレスが肩を震わせ口の端を吊り上げた。


「くく、やはり見抜いていたか。お前同様、俺もこれまで遊んでいた訳ではない。俺も既にあの時の俺とは違う。今からそれを見せてやろう!」


 宣言と共にガレスが再び踏み込んできた。今まで以上に速い踏み込み、それだけではない、あの巨大な剣がまるで本当に分裂したかと錯覚する程の、恐ろしい速さの連撃を繰り出してきた。


 だがマリウスの方もそれに負けず劣らずの超人的な身のこなしで、その連撃を全て躱しきる。ガレスの剣撃によって地面が抉れ、土や石が盛大に飛び散る。


 マリウスは素早く剣を動かして、それらの跳ねた小石などをガレスに向けて撃ち込む。それによって僅かでもガレスが怯めばその隙に致命の一撃を仕掛けるつもりだ。


 だがガレスはそんな牽制など無視して、被弾しながら強引に距離を詰めてくる。


「ぬぅぅぅんっ!」


 唸りと共に振り抜かれる大剣。マリウスの首を一撃で両断する勢いで死の刃が迫る。と、ガレスの斬撃が急に軌道を変えて、首ではなく胴体を袈裟斬りにする振り下ろしになった。


 何とあの大剣で更にフェイントを仕掛けてきたのだ。しかしマリウスはそれさえも見切って、上体大きく捻るようにして振り下ろしを回避した。そして間髪入れずカウンターでガレスの心臓を狙って突きを放つ。その速度も先程までより更に上がっている。


 だがガレスはまるで自分の攻撃が躱される事を予め知っていたかのように、驚異的な反応速度でその突きを躱した。


「ふっ!!」


 マリウスはそのまま息も吐かせぬ連続攻撃を仕掛けるが、ガレスもまた人間離れした体術と反応でそれらの攻撃を大剣で受け、躱し、捌き切った。


「ふ……ふははははっ!」


 ガレスは心底楽しそうに哄笑しながら、反撃に転じる。今度は死の暴風がマリウスに襲い掛かるが、マリウスはまるで風に抗う事無く受け流す柳のように暴風をいなしていく。




 他の人間には誰一人介入できない別次元の戦い。共に実力が拮抗している為、互いに確殺の刃を繰り出しながら未だに決定打を与えられていなかった。


 あの放浪軍討伐戦での一騎打ちの際と同じ状況。だがあの時とは決定的に異なる点があった。


 前回と違いマリウスにとって、無理にでも決着を着ける為に捨て身で攻撃を仕掛けなければならない理由も必要もない。あの時とは違って今戦っているのは自分1人ではないのだ。ガレスに直接勝たなくても『戦』には勝てる。


 それが前回の一騎打ちとは決定的に異なる物であった。



(さあ、この怪物は僕が引き付けておく。この戦を勝利に導くのは、これまで頑張って戦ってきた君達だ。頼むよ……皆!)



 マリウスは心の中で頼もしい同志達を信じて、ガレスとの激しいせめぎ合いを続けるのだった……

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