前哨戦

第二十八幕 凶獣の弱点!?

 ディムロスの宮城。会議室。今この部屋には久方ぶりにマリウスとその同志4人が集っていた。ヴィオレッタとエロイーズはそれぞれの仕事で忙しく、他の街の太守に任命されているソニアとアーデルハイドに至っては、ディムロスに来る事自体が久しぶりであった。


 かつてこのディムロスで旗揚げした5人が再び一堂に会したのである。といっても勿論思い出話や茶飲み話をする為に集まったのではない。



「ミハエルの奴にしてやられたわ。ここ最近の奴等の妨害工作・・・・・は、全てシャンバラとの同盟を締結する為の布石だったのよ」


 会議・・を主導する軍師のヴィオレッタが、5人が立集する大きな卓に手を打ち付けながら発言する。


 シャンバラとガレス軍との同盟という重大発表を受けて、マリウスとヴィオレッタから緊急で招集が掛かり、ソニアとアーデルハイドも信頼できる仲間達に街を預けてディムロスへと駆け付けたのであった。



 君主のマリウスと旗揚げ前から付き従う4人の同志……。彼等が現在のマリウス軍の最高意思決定機関であった。



「神秘の島国シャンバラ……。どんな商会の独占契約の申し出にも首を縦に振らなかったあの閉鎖的な国が……。一体どのような方法を用いて同盟など締結したのでしょう?」


 エロイーズの疑問にヴィオレッタはかぶりを振った。


「ミハエルやボルハが絡んでいるなら、どうせ碌でもないやり方に違いないわ。今ここで重要なのは、これで奴等は物資の心配をしなくて良くなったという事よ」


「そうです、ね。シャンバラの貴重な資源や交易品も独占するとなれば、他国との交易による外貨獲得も思いのままでしょうし……」


 エロイーズは憂いを帯びた表情で溜息を吐いた。


「ミハエルはスロベニア郡の立地的な弱点を克服させたという訳だね。全く、敵ながら見事な手腕と言わざるを得ないな」


 マリウスも隻腕で顎を掻きながら苦笑する。スロベニア郡は立地的には糞詰まりでセルビア郡をマリウス達が押さえている以上、物流という面でどうしても脆弱である。最悪、マリウス軍がスロベニアに通じる街道を全て押さえて行商人などの流通を制限してしまえば、ガレス軍は自給自足のみに頼らざるを得なくなる。


 スロベニア郡は天然の要害である代わりにお世辞にも豊かな土地とは言えないので、物流を制限してしまえばそれだけで相当の打撃を与える事が出来ていたはずだ。


 勿論フリーの行商人達の恨みを買って悪名が広がる可能性があるので、それはあくまで最終手段ではあったが、最終手段があるのと無いのとでは大違いである。


 スロベニア郡は独自にシャンバラとの交易ルートを開拓する事でこの脆弱さを克服してしまったのである。これは由々しき問題であった。


 奴等はセリオラン海からアマゾナスを経由して直接スロベニア郡に物資を流通させているので、その流れを妨害する事も難しい。



「……以上の状況から確実に言える事は、これ以上時間を掛ければ奴等は更に国力を増して完全に手が付けられなくなるという事よ」


「じゃあ……いよいよやるのかい?」


 ヴィオレッタの説明を聞いたソニアがやや緊張気味に問う。豪胆な彼女をして緊張を強いられる事柄……。ヴィオレッタが頷いた。



「ええ……いよいよガレス軍と雌雄を決する時が来たわ。もうこれ以上奴等を野放しには出来ない」



「……!」

 断言する軍師の姿に皆が一様に息をのむ。遂に来るべき時が来た。それが全員に共通する思いだった。マリウスはエロイーズに視線を向ける。彼女は最初から短期決戦に反対してきた。


「……私ももう反対は致しませんわ。いずれ避けられない事態と理解しております故。確かにシャンバラとの同盟は脅威となり得ます。しかしセルビア郡も充分国力を蓄えました。天の意、地の意、そして人の意……。3つ全てが揃っている今なら決戦を挑むに最適の時期でありましょう」


「エロイーズ……ありがとう」


 マリウスは素直に礼を述べる。決戦への賛成だけではない。セルビア郡の国力を安定させるに当たって彼女が果たしてきた役割は計り知れない程に大きい。直接戦で戦う能力は無くとも、彼女は立派に軍に貢献してくれたのだ。


 マリウスからの礼に、エロイーズはただ柔らかく微笑んで応じた。


「奴等と雌雄を決するのは無論本望だが……具体的にはどのように戦うのだ? ヴィオレッタ殿に今更言うまでもなかろうが、ガレス軍は手強い。兵力自体はほぼ互角だが、正面からぶつかり合うのは正直分が悪いと言わざるを得んぞ?」


 アーデルハイドが武人らしく作戦の概要を求める。ガレス軍は君主のガレスを筆頭に一騎当千の強者揃いだ。ドラメレクのように用兵能力に長けた武将もいる。こちらもオルタンスやビルギットら有力な将が何人か加わったものの、それでも正面衝突となれば戦力的な不利は否めない。


「確かに単純な戦力だけ・・で比較すれば私達が不利でしょうね。でも私から言わせればガレス軍には致命的な弱点があるわ」


「な……!?」

 ソニアとアーデルハイドは思わず目を剥いた。聳え立つ強敵と認識しているガレス軍に致命的な弱点などと聞いては平静でいられない。因みにマリウスは特に驚いていない。彼も既にガレス軍の構造的な弱点を見抜いていた。


「まずその一騎当千の強者達がガレス軍に参加している理由は何?」


 ヴィオレッタに水を向けられたソニアが若干慌てる。


「な、何ってそりゃ……」


「言い換えるならガレスやミハエルに対して心酔したり、本心から忠誠を誓って参加しているのかしら?」 


 言いよどむソニアにヴィオレッタが補足する。するとソニアより先にアーデルハイドがハッとした顔になる。


「そうか……奴等はいずれも能力だけは高いが、半面我も強いならず者の集まり……! ガレス軍に参加した理由も、単純に金や或いは我等への復讐を仄めかされて、という者が殆どのはずだ!」


 その答えにヴィオレッタは頷く。


「そういう事。自分達が有利なうちはいいでしょう。でも何か不測の事態が起きてその有利が崩れたら? 例えばソニア。もしジュナイナやリュドミラが敵に押されて苦戦していたら、あなたならどうする?」


「そんな事聞かれるまでもないよ。何があってもあいつらを助けるに決まってるさ」


「ええ、そうよね。じゃあ想像してみて? もしギュスタヴが敵に囲まれて危機に陥っていたとして、あのガレスがそれを積極的に助けようとするかしら?」


「……っ!」

 具体例を提示されてソニアにもようやく理解できたらしい。その目が大きく見開かれる。


「君主にも、その部下達にも、互いに信頼関係なんて皆無だ。だから部隊同士の連携なんかも甚だ怪しいものだよね。ガレスやミハエルから理不尽な……例えば自分だけが割を食うような命令を受けた時に、彼等がどこまで忠実に従ってくれるかな? それが奴等の弱点の一つ・・だ」


 ヴィオレッタの説明を引き継いだマリウスが楽しそうな口調で指を一本立てる。


「一つ? では他にも……?」


「ああ。まあ一つ目と少し被るけど、じゃあ今度はアーデルハイド。もしここで敗れれば僕達の軍は瓦解して滅ぼされる。そんな瀬戸際になった時に、自軍に倍する数の敵が攻め寄せてきた。君ならどうする?」


「無論考えるまでも無い。援軍を信じて……いや、例え援軍が無かろうと決死の覚悟で戦い抜くのみだ」


 迷いなく即答するアーデルハイド。マリウスは満足そうに頷く。


「そう……そして僕達は実際今までにもそうした状況を幾度となく乗り越えてきた。でも奴等はどうだろう? 同じ状況になった時、自国や仲間の為に不利な状況でも踏みとどまって戦おうという者が果たしているかな?」


「……!」


「奴等が大事なのは自分の命だけだ。そしてそれは将だけでなく兵も同様。君達はつい先日、それを裏付けるような体験をしたばかりだよね?」


「あ……」「……っ!」


 言われて気付いたようにソニアとアーデルハイドが目を瞠った。



 特に不利な状況では無かったにも関わらず、僅かに手傷を負っただけで退却してしまったドラメレク。


 兵糧が焼かれたと見るやあっさりと継戦を放棄して退却したロルフ。ミリアムからも輜重部隊の敵兵はゲオルグへの義理や忠誠は皆無で、火勢が強まるとすぐに鎮火を諦めて我先にと逃げ出したと聞いている。


 またあのギュスタヴも、オルタンスが予想外に手強いと見るや、あれだけ拘っていた娘への粛清をあっさり切り上げて逃げ帰って行った。


 タナトゥスも同様だ。今後の事を考えるなら逃げる前にエロイーズを殺しておくべきだったのに、臆病なジェファスの命令に従って何の未練もなく撤収してしまった。国に対する忠誠心や帰属意識は皆無だという事が解る。



「あれだけ高い武力を持ちながら、どの勢力にも仕官できずに浪人や山賊に身をやつしていたのには相応の理由があるって事だね」


「…………」


 ソニアとアーデルハイドは、2人共いつしか憑き物が落ちたかのように緊張が解けているのに気付いた。 


 特に2人はガレス軍の猛者達に手痛い目に遭わされてきた経緯があるので、一種の苦手意識というか必要以上に連中を強敵だと意識し過ぎてしまっているきらいがあった。


 だが奴等も決して万能ではないのだとマリウスやヴィオレッタが教えてくれた。いや、万能どころか一皮剥けば問題点の塊だ。


「……2人共良い顔になったね。奴等は決して不必要に怖れるような敵じゃないんだ。勿論油断できる相手じゃない事は確かだけど、僕達がこれまで培ってきたものを如何なく発揮できれば、充分に勝算はある相手だ。どうかその事を忘れないで欲しい」


 マリウス達も勿論ソニア達の意識には気付いていた。だから彼女達を賦活する為に、ガレス軍の問題点を列挙したのだ。


「マリウス殿、ヴィオレッタ殿……。済まぬ、要らぬ心配を掛けてしまった。だがお陰で目が覚めた」


「ああ……みっともない所を見せちまったね。でももう大丈夫だ! 奴等に以前の借りを返してやるよ!」


 意気込む2人の様子にマリウスも目を細めた。


「ああ、頼りにしているよ。さて、それじゃヴィオレッタ。具体的な作戦会議に入ろうか?」


 余計な憂いを払拭した彼等は軍師たるヴィオレッタの主導の元、来たるべきガレス軍との決戦に備えての作戦会議に入る。その日は夜遅くまで会議室の灯りが消される事は無かった……

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