第二十六幕 西からの来訪者
ムシナの宮城、謁見の間。玉座に座るガレスの見下ろす先に2人の人物が立礼していた。
1人は線の細い40絡みと思われる男。そしてもう1人は縦も横も大きい、まるで雄牛のような印象の巨漢であった。どちらも中原では見慣れない意匠の白っぽい装束を身に纏っており、見慣れない髪型をしていた。
また髪や服装だけでなくその顔付きも、堀が浅めの一目で異邦人だと解る顔立ちをしていた。
渡海人。文字通り海を隔てたシャンバラからやってきた人種の事を中原ではそのように呼称している。
「オオ、貴方ガ、ガレス殿デスナ? オ会イデキテ光栄ニゴザイマス。私ハ【シン=エイ=イン】、我等ガ『
痩せぎすの男――シン=エイが、かなり訛りの強い片言の帝国語で挨拶してきた。片言とはいえ、独自の言語文化を持つシャンバラにおいて、意思疎通に不便ない程度に帝国語を話せるというのはそれだけでかなり稀有な存在と言える。礼儀作法も一応帝国風の物を模している。
因みに事前にミハエルから受けた
「ソシテコチラハ【グ=ザン=ウ】。『近衛』ニシテ我ガ国デ最高ノ武人デゴザイマス」
シン=エイがもう1人の巨漢の方を指し示す。巨漢――グ=ザンは、シン=エイほど帝国語を喋れないようで黙ったままうっそりと立礼だけした。一応こちらの言葉自体は解るらしい。
『近衛』とは王の直属の護衛官で、帝国でいう親衛隊に相当する武官の役職らしい。
「ほぅ……」
ガレスが少し興味を持った目でグ=ザンを見据えた。体格や体重だけなら確実にガレスよりも上だろう。渡海人はどちらかというとシン=エイのように小柄な者が多いらしいので、グ=ザンは渡海人としては飛び抜けた屈強さのはずだ。
鍛え抜かれた武人の目でグ=ザンの力量を推し量る。結果、自分なら負ける事はまずないだろうという結論に至った。恐らくギュスタヴも同様だ。
だがロルフやタナトゥス辺りとならいい勝負をしそうだ。それはつまり達人級と互角に戦える強さの持ち主という事で、大きな戦もない島国であるシャンバラにこれ程の武人がいたとは意外であった。
「ふむ……俺がスロベニア公のガレス・ヴァル・デュライトだ。遠路はるばるよく来たな。それで……お前達はこの俺に何をもたらしてくれるのだ?」
玉座の上から渡海人達を睥睨しながらガレスが無造作に問う。2人はガレスから発せられる無言の圧力に服したように
「……ハ。我ガ拘根国ノ現
「……何、だと?」
ガレスは自分の耳を疑った。
「今、婚姻と聞こえたが……帝国では男と女が夫婦の契りを交わす事を婚姻と呼ぶのだが、シャンバラでは異なる意味合いで使う物なのか?」
そうとしか思えなかった。というより目の前のシン=エイの
だがシン=エイは至って真面目な表情でかぶりを振った。
「イエ、間違イデハゴザイマセン。我ガ拘根国デハ、身内ノ繋ガリガ何ヨリモ重視サレル物。ガレス殿ト女王ガ婚姻スレバ、スロベニア国ト拘根国トノ『同盟』ガ正式ニ成リ立チマス。実ハ既ニ女王モコノ城ニオ出デニナッテオラレマス。後ハガレス殿ノ御心次第デゴザイマス」
「女王も来ているだと……?」
ガレスは再度隻眼を剥いた。どうやらミハエルは思っていたよりも更に話を突き詰めていたらしい。だが……
「……そのような話、よくそちらの女王が承知したものだな? シャンバラでは君主の婚姻という物はそんなに容易く決まる話なのか? 第一この城に来ているというのなら、何故その女王本人がここに居ない?」
至極当然の疑問をぶつける。だがシン=エイはそれを予想していたように神妙な顔をしたまま頷いた。
「……我等ガ女王ハ神職ノ最高位デアル、神秘ノ巫女女王デモアラセラレマス。本来限ラレタ人間ノ前ニシカ姿ヲ現サヌ物デス。後ノ理由ハ……マア、ミハエル殿ニオ聞キキ頂ケレバト」
「ミハエルに?」
「ハイ。今頃ハ女王ト共ニ、彼ノ執務室デ貴方ヲ待ッテイルハズデス」
「……ち。ミハエルの手の上で踊らされているようで気に食わんが……いいだろう。シャンバラの【女王】とやらに会ってみようではないか」
恐らくミハエルの頭の中では既に絵図が描かれており、自分はそれに沿って動いているだけなのだろう。だが別にそれ自体は構わなかった。自分は歯ごたえのある敵との戦いさえあれば他には何もいらないのだから。
シャンバラとの同盟がマリウス軍を撃ち破りその後も好きなだけ中原で暴れられる結果に繋がるのであれば、前向きに検討するのも吝かではない。
それに正直【神秘の島国】シャンバラの女王とやらにも若干の興味はあった。シャンバラと取引している商人達の中でも、女王が国を治めている事は知っていても女王と直接会った事があるという者は誰もいないはずだ。いればもっと大体的に喧伝している。
帝国人はおろか、シャンバラの国民の前にすら滅多に姿を現す事はないという神秘の巫女女王……。また女王の操る神通力は紛れもない本物だと、帝国人の商人達すら証言しているという。全く興味を掻き立てられない人間など誰も居ないだろう。それはガレスとて例外ではなかった。その女王が何故かガレスとの婚姻を承知しているという理由も含めてだ。
(くく……さて、鬼が出るか蛇が出るか……。いずれにせよ美味そうであれば喰らってやるまでだがな)
誰も見た事の無い女王の姿を想像しながら、ガレスは不敵で凶悪な笑みを浮かべるのであった。
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