第三幕 黎明の女傑(Ⅲ) ~南北邂逅

「ソニア!? 一体どこに行ってたの!? 散々捜したのよ!?」


 ソニアが屯所に着くと、そこには見知った顔が待っていた。ジュナイナだ。心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「ああ、ジュナイナ。悪かったね。ちょっと……頭を冷やしてたんだよ」


「ソニア……? 何だか……雰囲気が変わったわね。いえ、この場合戻った・・・と言うべきかしら」


 ジュナイナはソニアの様子の変化に即座に気付いた。ソニアは苦笑した。やはり大分心配を掛けてしまっていたらしい。


「ああ、もう迷いはないよ! 心配掛けちまって悪かったね」


「……っ。ふふ……何があったか知らないけど、ようやくいつものあなたに戻ったわね。……お帰りなさい、ソニア」


「ジュナイナ……」


 若干涙ぐんで嬉しそうに笑うジュナイナの姿に、ソニアはここまで彼女に憂慮させてしまっていたのかと罪悪感を抱いた。同時に自分は1人ではなく多くの人に支えられているのだと改めて自覚した。


 と、その時……



「……ふん。『お帰りなさい』、ねぇ。随分ソニアの事を理解してる風じゃない? ちゃんちゃら可笑しいわね」



「……っ!?」

 突然割り込んできた敵意剥き出しの女性の声に、ジュナイナは驚いて振り向く。そこにはノーマッドの遊牧民の衣装に身を包んだ銀髪紅眼の低地人女性の姿があった。


「……ソニア、こちらは?」


 ジュナイナがスッと目を細め、静かな口調でソニアに問い掛ける。何故か気圧されるような物を感じて若干及び腰になったソニア。


「え……あ、ああ。こいつはリュドミラ・タラセンコ。見ての通りノーマッドから来た低地人で私の古い友人なんだ。リュドミラ、こっちはアマゾナスから来た湿地人でジュナイナ・ニャラ。私の古い友人だ。その…………い、以上だ」


 お互いに名乗り合う気配もなく睨み合っているので、仕方なく間に入って他己紹介する。妙な居心地の悪さを感じて落ち着かない心持ちになる。



 あらゆる面で対極的な2人であった。リュドミラは透き通るような銀髪に白い肌。衣装も肌の露出が一切ない厚手の民族衣装だ。対してジュナイナは黒い髪に黒い肌。衣装も限界まで肌を露出した毛皮鎧姿だ。


 とは言えこの展開は予想外だった。というか何故2人が初対面でこんな空気になっているのか、ソニアには理解できなかった。2人共元来社交的な性格で、人見知りをするような人間ではないはずなのに。いくら対極的な人種とは言っても、そんな事で態度を変えるような女達でもない。



 ソニアの他己紹介を聞いたジュナイナの目が増々鋭くなる。心なしか周囲の空気が冷えたように感じた。


「へぇ……ソニア? 他にも『古い友人』がいるなんて話、初耳だけど? 確か私達【無二の友】だったわよねぇ?」


「……っ! あ……そ、それは、その……」


 無二の友……。文字通り二人といない親友・・・・・・・・の事である。


 かつてサランドナで2人で女侠客として活動し、ジュナイナがアマゾナスに帰る時になってソニアの方からそう宣言したのだった。


 勿論リュドミラの事を忘れた訳ではなかったが、その時は気持ちが高揚していたし、それぞれ中原の反対側にいるジュナイナとリュドミラが会う事など絶対にあり得ないと思っていたので、特に深く考える事もなく盃を交わしたのであった。それを今になって思い出した。


 思わず冷や汗を掻くソニアだが、今度はリュドミラの方からも追い打ちが掛かった。


「無二の友ぉ!? ……ソニア。私の記憶が確かなら、私とあなたは【莫逆の友】のはずよねぇ?」


「……っ!! あ、ああ……うん、その……」


 ソニアの冷や汗の量が増える。莫逆の友とは『決して否定することない間柄』を意味する物で、親友以上・・・・の存在に対してだけ使う表現だ。決して軽々しく用いる呼び名ではない。


 やはり10年前にリュドミラがサランドナを発つ際に、ソニアの方からそう宣言したのであった。この時は勿論まだジュナイナに出会う前であったので特に問題は無かった、はずだったのだが。


「莫逆の友!? こんな北の根無し草の低地人なんかに!?」


 ジュナイナが愕然として2人を見比べる。リュドミラも負けていない。


「あら? 南の野蛮な湿地人と無二の友なんていう方が余程あり得ないわよ。あんた達って未だに人肉とか食べてるんでしょ?」


「……! ふぅん……言ってくれるじゃない……」


 ジュナイナの身体から静かに闘気が立ち昇る。アマゾナスは奥地の密林地帯に行けば確かにそういう野蛮な連中も存在している。だがジュナイナ達外縁部の部族には、あんな言葉も碌に通じないような動物じみた連中とは違うという自負がある。


 しかし中原の殆どの人間は単に『アマゾナス』として、そうした首狩り族や食人族と一括りにする傾向が強い。それはジュナイナ達湿地人からしてみれば最大級の侮辱でもあるのだ。


 ジュナイナの闘気に反応してリュドミラも臨戦態勢に入り掛ける。このままでは最悪血を見る事になりかねない。ソニアは慌てて2人の間に割り込んだ。


「お、おい、待て! 今はこんな事してる場合じゃないだろ!? これから賊を退治しに行こうって時に……」


「賊ですって? 何の話?」


 訝し気な様子になるジュナイナ。ソニアは話題を変える絶好の機会と見て、村での一部始終を急いで説明していた。





「ふぅん、なるほど。そういう事だったのね……」


 話を聞き終えたジュナイナは流石に深刻そうな表情になるとすぐに顔を上げた。


「なら勿論私も協力させてもらうわ。少なくともそこの草原で家畜を放牧するしか能のない腰抜けより余程役に立つわよ?」


「あらぁ? 湿地で野蛮な狩りしか出来ない原始人が何か吠えてるわね。ソニアは私と行くって決めてるのよ。ねぇ、ソニア?」


 2人から妙に威圧感のある視線を同時に向けられたソニアはタジタジとなる。


「い、一緒! 皆で一緒に行けばいい! うん、そうしよう!」


 この状況でどちらかを選ぶなどという恐ろしい真似は彼女には出来なかった。こう言うしか選択肢がなかった。



「一緒に、ねぇ。私は別に構わないわよ? ねえ、どうせだったら勝負しない? 賊をより多く討伐した方がソニアの一番の親友・・って事で」


「お、おい、リュドミラ……」


 リュドミラは困った様子のソニアを無視してジュナイナを挑発する。一目見て、そして彼女のソニアに対する態度を見て本能的に理解してしまった。このジュナイナも自分の同類・・だという事を。


 ならば気持ちの強さで絶対に負ける訳には行かない。睨み付けるようなリュドミラの視線を果たしてジュナイナは不敵に笑って受け止めた。 


「へぇ、面白いじゃない。解った、受けて立つわ。実力だけじゃない、ソニアとの連携も比較にならないって事を教えてあげるわ」


「ジュナイナッ!?」


 ソニアが信じられないといった風にジュナイナを見やる。だが彼女もまたリュドミラが自分と同類・・だと見抜いていた。それで初対面にも関わらず自然と牽制し合ってしまったのだ。


「よし、それじゃ早速勝負開始ね! 情報を集める所から勝負は始まってるのよ!」


 ジュナイナは踵を返して屯所の中へと駆け込んでいく。


「あっ! 待ちなさい! 抜け駆けは卑怯よ!」


 リュドミラも慌ててそれを追って駆け出す。


「お、おーい! ……ったく! 一体なんでこんな事に!?」


 2人の背中を見つめながら、思わぬ成り行きに頭を抱えるソニア。とはいえ元々は身から出た錆とも言えるのだが、彼女には一体何があそこまで2人を駆り立てているのか全く理解できていなかった。


 しかし誰に愚痴を言う事も出来ずに疲れた様子でかぶりを振りながら、自らもトボトボと屯所に向かって歩き出した……


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