第四幕 天弓士
賊の情報はすぐに集まった。なにせ村1つ壊滅させてしまうような凶悪で規模の大きい賊だ。山賊団といっていい規模かも知れない。色々な情報を統合した結果、2~300人ほどの規模ではないかと推測された。
ソニアはギエルで動員できる兵の内、500を率いて山賊討伐に乗り出す事を決めた。副将としてジュナイナ、そして今回臨時の客将としてリュドミラが参加する事を兵士に通達した。
しかしいくらマリウス軍が女性の将ばかりとはいえ、いきなりやってきた風来坊の異民族女性の指揮下に入れと言われて納得するような兵士はそうはいない。
そこで討伐任務に先駆けてリュドミラの実力を見せる為のデモンストレーションが行われる事となった。
兵士達だけでなく、ソニアも10年ぶりに再会した彼女がどれくらい腕を上げているのか興味があったし、ジュナイナはジュナイナで
ギエルの街の練兵場。ソニアとジュナイナを始め、大勢の兵士達が見守る中でリュドミラは、自分よりも大柄な2人の兵士と武器を構えて向き合っていた。
彼女が持っているのは細めの鉈のような形状をした独特の刀で、ノーマッドの低地人達が好んで使用する武器であった。
「準備はいいかい? それじゃ始めな!」
ソニアの合図で2人の兵士が剣を振りかぶって斬りかかる。お互いに刃は潰していない。リュドミラがそれでいいと言ったのである。むしろ兵士達に怪我はさせないと約束してきた程だ。
リュドミラは兵士達の斬撃の軌道を正確に読み取って、最小限の動きでいなすようにして相手の剣を受ける。単純な膂力では男性である兵士達に敵わないので、正面から受けるような愚は犯さない。
彼女は回避と受けに専念して、兵士達の攻撃をいなす事に集中する。相手は2人掛かりだが、受けに徹すれば充分対処可能だ。それだけの技量がリュドミラにある事が解った。
同様の攻防が何度か繰り返され、打ち疲れたのか兵士の1人が体勢を崩す。その隙を逃さず初めて前進して攻勢に出るリュドミラ。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に刀を一閃。体勢が崩れていた兵士は踏ん張りが効かずに、剣に加えられた衝撃に抗えずにその手から剣が弾け飛んだ。
自棄になったもう1人の兵士が上段から剣を振り下ろしてくるのを冷静に避けると、その喉元に素早く刀を突きつけた。
「そこまで! 勝負あり!」
ソニアの合図で試合終了となった。刀を降ろすリュドミラ。
「……いや、大したモンだよ、リュドミラ! やっぱり随分腕を上げたみたいだねぇ!」
ソニアは満足げに拍手してリュドミラの肩を叩く。だが彼女は静かにかぶりを振った。
「……ありがとう、ソニア。でも、
そう言って挑戦的な視線をジュナイナに向ける。その視線を受けたジュナイナは肩を竦める。
「別に……意外と大したことないなと思っただけよ。私やソニアなら今の半分以下の時間で終わらせられたわ。弱くはないみたいだけど……それだけね」
「お、おい、ジュナイナ……」
ソニアが慌てたように制止しようとするが、ジュナイナは意見を引っ込める気はなかった。何故ならそれが正直な感想だったからだ。
リュドミラに憚って気遣うような様子のソニアも、恐らく内心では同じ感想を抱いたはずだ。ただ
だが言われたリュドミラの方は、何故か涼しい顔のままだ。
「そうねぇ……。まあ
「……!」
ジュナイナの眉がピクッと上がる。ソニアは何かを思い出したように手を叩く。
「あ……そう言えば、10年前でも弓は百発百中だったよな?」
リュドミラは頷いた。自信に満ちた表情だ。
「ええ、今ならもっとあなたを驚かせてあげられると思うわよ?」
そして急遽場が整えられた。弓を構えたリュドミラの前、少し離れた所では兵士が剣を
何をするつもりなのか兵士達やジュナイナは勿論、ソニアすら解らなかった。
「いつでもいいわよ」
リュドミラに促されてソニアが兵士に合図を送る。兵士は頷いて剣を……天高く放り投げた!
リュドミラが素早く第一射を放つ。矢は正確に回転する剣の
そこに瞬時に次矢を番えたリュドミラの第二射。一体いつ次の矢を番えたのか、見ていた者達すら解らない程の早業。だが驚くのはまだ早かった。
なんと第二射は高速で回転する剣の先端に再び命中した。逆回りに回転しながら更に空中を跳ね回る直剣。第三射。第四射。第五射。恐ろしい早業で連続して放たれる矢は全て空中を跳ね回る剣の先端に命中し、その度に剣は不規則にその軌道を変えて回転を続ける。
更に第六射目を放つと、剣は回転しながら猛烈な勢いで落下を始め……
――ザンッ!!
「……っ!!」
動揺したジュナイナが思わず一歩後ずさる。彼女も、ソニアも、そして兵士達も……誰もが唖然として言葉も無かった。奇妙な沈黙がその場を支配した。
「は、はは……す、凄い……いや、凄いなんて言葉じゃ表現しきれないよ! リュドミラ! あ、あんた、いつの間にこんな……」
高速で回転し空中を跳ね回る剣の先端に正確に矢を命中させるだけでも人間業とは言えないが、彼女は矢を当てる角度によって剣の軌道すらコントロールし、最終的に挑発するようにジュナイナの目の前に剣を突き立てたのだ。
フェイルノート流破弓術の免許皆伝であるアーデルハイドすら、こんな芸当は不可能だろう。
「いつの間に? 勿論この10年の間によ。リトアニア族でも弓の扱いで私の右に出る者はいないわ」
ソニアの賛辞にリュドミラは肩を竦めて、しかし自信たっぷりに微笑んだ。
「因みに馬に乗っての騎射でも、エストニア族、ラトビア族を加えた3部族間の大会でも何度も優勝したわ」
「……!」
ジュナイナが目を見開く。馬を走らせながらの騎射はそれだけでかなり高度な技術である。少なくともジュナイナには騎射自体不可能だった。
「どうかしら? 私は客将として合格?」
「……好きにしなさい。でも兵の指揮に関してはどうかしらね!」
ジュナイナは渋々といった感じで認めた。ある意味最も難色を示していた彼女が同意したなら決まったも同然だ。
「ははは! 決まりだな! 宜しく頼むよ、リュドミラ!」
ソニアが上機嫌で彼女の背中を叩く。兵士達も今の神業を見ては彼女の客将扱いに不満があろうはずもなかった。練兵場は大きな歓声に包まれるのだった。
*****
客将となったリュドミラを加えて意気軒昂の討伐軍500は、南方のスロベニア郡との郡境にある山岳地帯に到達していた。セルビア郡とスロベニア郡を南北に隔てるヴラン山脈は、分け入る程に険しくなり人馬が通れるような地形ではなくなる。
だが山脈の麓であれば比較的開けた場所も存在しており、大きな岩山が点在する山賊にとっては都合の良い地形でもあった。
ソニア達は集めた情報から件の賊軍がこのヴラン山脈の麓を根城にしていると判断し、徹底的な捜索を行った。その甲斐あって1週間と経たない内に山賊団の居場所を特定できていた。
討伐軍が向かうと山賊は逃げずに待ち構えていた。数は300程度。数の上ではこちらが有利だ。
「ふぅん……あれが例の山賊? 賊にしては数が多いわね。それに500を相手に逃げずに向かってくるのも意外ね」
山岳地帯で賊軍と対峙した討伐軍。臆する様子の無い山賊軍を見てリュドミラが鼻を鳴らす。それを聞いてジュナイナが口の端を吊り上げる。
「臆したんなら今からでも逃げていいのよ?」
「はっ! 冗談! むしろ戦い甲斐がありそうだと思ってた所よ!」
即座に返すリュドミラ。その表情を見る限り強がりという訳でもなさそうだ。ジュナイナは不快気に顔をしかめる。ソニアはそのやり取りを見て不安になった。これから実際に山賊団と戦おうという時に、連携に不安があるというのは問題だ。
「な、なあ、お前ら。解ってるとは思うけど……」
ソニアが声を掛けると2人は一斉に振り向いた。
「解ってるわ、ソニア。いざ戦いになったらちゃんと連携するから安心して?」
「ええ、総大将はあなたよ。統制を乱すような真似はしないわ」
頷き合う2人を見て、ソニアは若干気圧された。
「そ、そうか。解ってるならいいんだ」
(な、なんかこいつら、妙な所で息が合ってないか!? ホントは仲が良いんじゃ……)
2人に見えない所で、ついそんな事を考えてしまうソニアであった。
そして遂に戦端が開いた。というより山賊が雄叫びを上げながら突撃してきたので、強制的に開かれたのであるが。
「数が少ない割には強気な奴等だね。お前ら、気合入れな! 目一杯歓迎してやるよ!」
ソニアの号令の下迎撃態勢を整えた討伐軍は、全軍でそれを迎え撃った。
まずリュドミラ率いる弓隊の斉射。山賊の前衛がバタバタと倒れる。リュドミラの弓は勿論百発百中で、狙われた山賊は例外なく眉間を射抜かれた。
だがそれでも賊軍は仲間の死体を踏み越えてお構いなしに突撃してくる。
「怯むな! 数はこっちが上よ! 迎え撃て!」
ジュナイナの鼓舞で討伐軍の前衛も槍を構えて迎撃態勢を取る。そして両軍が正面からぶつかり合った。
山賊たちの勢いはかなりの物であったが、こんな勢いがいつまでも持続するはずがない。案の定最初の突撃を受け止められた賊軍は、次第に数の差に圧倒され始めて逃げ腰となった。
「はっ! 今更後悔したって手遅れだよ! 自分達の悪行を悔いながら死んじまいなっ!!」
自身も前線で刀を振るいながら、敵が及び腰になったのを見て取ったソニアが口の端を吊り上げる。こうなれば後は掃討戦みたいなものだ。ソニアは算を乱して逃げる賊軍の背中を勇んで追撃していく。
だが後方から斉射による援護射撃を行っているリュドミラは、山賊達の動きが一見算を乱しているように見えて、その実巧みに分散と集合を繰り返しながら特定の地点に向かって逃げている事に気付いた。
(逃げている……? 違う! 誘い込まれている!?)
それを悟ったリュドミラが慌てて前線に伝令を送ろうとするが、時すでに遅し。
ソニア率いる先鋒が逃げる山賊を追って、左右が切り立った崖に挟まれた谷間に差し掛かった時、それは起きた。
――地響きが鳴り響いたかと思うと、左右の崖から落石の雨が降り注いだ!
「な――――!?」
ソニアがギョッとして崖を見上げる。兵士達の阿鼻叫喚。次々と降り注ぐ岩の雨は不運な討伐軍の兵士達を押し潰しながら谷間の道を完全に塞いでしまう。
「落石の罠!? な、何て事! ソニア……!!」
先陣のソニアを追って進軍していたジュナイナは事態を悟って青ざめる。落石によって完全に分断された。ソニアがこの岩の向こうに僅かな兵と共に取り残されてしまった。
「くそ、遅かった……!」
振り返ると後陣からリュドミラが駆けつけてきた所だった。敵の動きを悟って慌ててソニアを制止しようと駆け付けたのだが間に合わなかった。
「早くこの瓦礫をどかすのよ! 向こうにソニアが……!」
兵士達に指示して何とか瓦礫を撤去しようと急ぐジュナイナ達だが、そこに荒々しい雄叫びと共に姿を現した山賊達が襲い掛かってきた。最初に逃げていった連中が戻って来るには早すぎる。
「な……ま、まさか、伏兵!?」
「う、嘘でしょ!? どうなってるのよ!? こいつらホントにただの山賊!?」
動揺しながらも弓を構えて山賊を射倒すリュドミラ。だが文字通り焼け石に水だ。突然の奇襲に混乱する討伐軍に山賊達が容赦なく雪崩れ込んだ! 忽ち乱戦となる。
敗走を装って巧みに相手を引き付ける采配。そしてソニアとジュナイナ達を分断する罠。動揺した所に伏兵による奇襲。
烏合の衆であるはずの賊軍には到底不可能な戦術。間違いなくこの連中を纏め上げている統率者がいる。それも相当の戦術家だ。ジュナイナの中で嫌な予感が急速に膨れ上がっていく。
(ソニア……必ず助けに行くわ! だからお願い! それまで無事でいて頂戴!)
ジュナイナは親友の無事を祈りながら、必死で襲い来る賊軍相手に槍を振るい続けていた……
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