第八幕 盗賊退治

 朝になって宿で合流したソニアは、外れを引いた事を悔しがっていた。しかしマリウスが賊から無事にアジトの場所を聞き出す事に成功したのを知ると一転して上機嫌になった。


「賊の死体は隠しておいたけど、臭いなんかで見つかるのは時間の問題だろう。そうなる前に片を付けたいね」


 死体が見つかれば、マリウス達が賊と接触した事がバレてしまう。ここまで来て衛兵などに手柄を横取りされたくない。


「なるほどねぇ……。確かに特別賞与が絡んでるんじゃ、他の奴等に介入されるリスクは犯したくないね」


「そういう事。という訳で短時間仮眠を取って腹ごしらえしたら、早速出掛けるよ。もう期限まで余り日もない事だしね」


「ああ、了解だよ!」



 そして2人はその日の昼には、それぞれの愛馬に跨って街の外へと繰り出していた。馬の足なら何とか日が暮れる前には目的地に着けるはずだ。


 そうして馬を駆る事数時間。夕暮れ前には目的の廃村が見える位置まで辿り着いていた。少し離れた場所にある林の中に丁度よい泉があったので、そこで馬を休憩させておく。


 そこからは徒歩で廃村の様子が観察できるポイントまで移動する。廃村の中に人が行き来する姿が見えた。恐らく件の盗賊達だ。


 マリウスが抜群の視力で注意深く観察した所、10人はいないようだった。盗賊団、という程の規模ではない。これなら問題なさそうだ。


 とは言え正面から闇雲に攻めれば、手下と戦っている内に賊の頭目に逃げられる可能性がある。頭目は確実に始末しておきたい。


「マリウス。ここはアタシに任せてくれ。要は手下どもをあそこから引き離せればいいんだろ?」


「そうだけど、何か考えが?」


 聞くとソニアは歯を見せて笑った。



「こういう時は至ってシンプル…………囮作戦さ!」



****



 簡単な打ち合わせを終えたソニアは敢えて1人で、歩きながら賊のアジトに近付いていく。当然だがすぐに捕捉された。だが、賊達は臨戦態勢、もしくは遁走の準備には入らなかった。


 ソニアはほくそ笑んだ。武器を持った男が近付いてくれば警戒もするだろうが、まさか女が自分達の討伐依頼を受けている傭兵だとは夢にも思わないので無警戒だ。それだけでなく……


 ソニアの姿を認めた賊の手下達の顔に下卑た感情が浮かぶのを彼女は見て取った。自分の容姿が異性の目を惹きやすい事は自覚していた。尤もソニアという人物を知ると、大抵の男は離れていったが。


 しかし今この場で男達の目を惹き付ける分には、そんな事は関係ない。加えて太ももや二の腕がむき出しの露出度の高い衣装がそれに拍車を掛ける。



「へへへ……よぉ、姉ちゃん。こんな所で1人で何やってんだ?」


「イスパーダ人か? まさか、俺達に相手して欲しくてはるばるここまで来たのかよ?」


 賊の1人が、ソニアのむき出しの太ももに視線を這わせながらニヤつく。賊のアジトに堂々と近付いてくるというだけで本来は仲間がいるのか等警戒もののはずだが、この連中はソニアが女だというだけで、何故かそれらの可能性を頭から除外している。


 女には冷静な判断力すら備わっていないとでも思っているのか。ソニアは内心反吐が出る思いだった。


 だがもう少し我慢だ。なるべく多くの賊を引きつけなければならない。


「おい、見ろよ? この女、一丁前に刀なんか挿してやがるぜ」


「へへ、その刀で何するつもりなんだい、お嬢ちゃん?」


「怪我する前に、そいつをこっちに寄越しな?」


 男達がソニアの前に集まって、取り囲むような感じになる。ソニアのような美女には滅多にお目に掛かれないという事もあって、見張り役だった賊まで物見高く仕事を放棄して寄ってきた。


(……これで8人。頭目以外全員だね)


 頃合いと見たソニアは青龍牙刀を抜いた。ただしいつもの女傑然とした態度ではなく、予想外に賊の数が多くて焦っている馬鹿な女の風を装う。


「くそ! こいつら! 寄るなっ!!」


 刀を振リ回して牽制する。その動きもわざと素人の女が精一杯虚勢を張っている感じを出す。すると必然……


「おおっと! 危ねぇなぁ、ふへへ!」

「お嬢さん、俺とダンスを踊ろうぜぇ?」


 賊達がソニアの必死(に見せかけた)の抵抗を嘲笑って囃し立てる。集まった賊の注意と興味を完全に惹けた事を確信したソニアは、


「畜生! どけぇ!」


 刀を滅茶苦茶に振り回しながら、廃村から遠ざかる方向に走り出す。


「へへへ、待てよ、お嬢ちゃん! 俺らと遊ぼうぜぇ!?」


 自分からノコノコ迷い込んできた馬鹿で極上の獲物を賊が逃がすはずもない。下卑た笑い声を上げながら、その場にいた全員がソニアを追って駆け出す。


(よし、上手く引きつけた! 後は頼むよ、マリウス……!)


 これで賊の頭目は丸裸も同然だ。直接強襲してやれば逃げる暇もないだろう。後は事が済むまでこの連中を釘付けにしておくだけだ。


 ソニアの大立ち回りが始まった……



****



(……どうやらソニアが上手くやってくれたみたいだね。そろそろいいかな?)


 岩陰に身を潜めてソニアの立ち回りを見守っていたマリウスは、彼女が賊の手下達の注意を引きつけている間に、夕闇に紛れるようにして素早く廃村に忍び寄る。すると……


「おい、お前ら! 何の騒ぎだ!?」


 廃村の中心部、最も大きな廃屋から、大柄で髭面の男がヌッと顔を覗かせる。あれが賊の頭目で間違いないようだ。


 何か表で騒ぎがあった事だけを認識しているらしく、手には大きな蛮刀を引っ提げていた。



「やあ、あなたがここら一帯を荒らしていた賊の頭目だね? こんな少人数で大した物だよ」


「……! 貴様、傭兵か?」


 あっけらかんと声を掛けるマリウスだが、頭目は流石の用心深さで、油断せずにすぐ状況を把握したようだった。


「ああ、ピュトロワの商工会の依頼さ。何で素直に教えるかって? 君を逃がすつもりがないからさ……!」


「……!!」


 マリウスが電光石火の勢いで距離を詰めて剣を繰り出す。ソニアの事もあるので悠長にお喋りしているつもりはない。


 恐ろしい勢いのマリウスの一撃を、しかし頭目は目を驚愕に見開きながらも、辛うじて刀で受け止めた。


「かぁっ!」


 頭目が反撃に刀を薙ぎ払ってくるのを、素早くバックステップして躱す。頭目は追い打ちに大上段に刀を振りかぶって迫る。それを正面から受けるような愚は犯さない。


 振り下ろされる刀を半身を反らすようにして、最小限の動作で躱す。そして頭目の体勢が崩れた瞬間を狙って剣を閃かせる。頭目は慌てて刀で受けようとしたが腰の入っていない体勢では、マリウスの鋭い剣を受けきれず刀を弾き飛ばされた!


「ひっ!? お、おい、待て! 戦利品は全部お前にやる! だから――」


 頭目が命乞いの言葉を言い終える前に、マリウスの剣がその首を刎ねていた。


「……魅力的な誘いだけど、この先の事を考えると余り悪名を上げたくないんだよね」


 そう呟いて、剣の血糊を払った。


「さて、頭目は片付けた。後は手下だけだけど……まあ、あの程度の連中に彼女が遅れを取るとは思わないけど、念の為加勢に行っておくか」


 マリウスは素早くきびすを返してソニアの元へと駆け付けた。




「ソニア!」


 マリウスが駆けつけるとソニアは大立ち回りの最中で、既に3人程の賊が斬り裂かれて倒れ伏していた。


 演技を止めて本性を出したソニアに、賊達は遅ればせながら女が無力な獲物ではないと悟ったようで、武器を手に本気になってソニアと斬り結んでいた。


「ははっ! 遅かったじゃないか、マリウス! お蔭でもう3人ほどやっちまったよ!」


「これでも可能な限り急いだんだけどね……!」


 歯を見せて笑いながら楽しそうに戦うソニアの姿に苦笑しながら、マリウスも一気に方を付けるべく突入する。


 一気に傾いた戦況に手下の賊達は一溜まりもなく、全員が斬り倒されるのに数分と掛からなかった……


 

****



 その後廃村を改めたマリウス達は、頭目が塒にしていた廃屋で「戦利品」の山を発見する事になる。


「な、なあ。旅人から奪われた物もあるんだろ? ちょっとくらいネコババしてもバレないんじゃないかい?」


「ふむ……」

 ソニアの提案にマリウスは考える仕草となる。確かに商工会が正確な被害額の全容や目録まで把握しているとは思えない。


 これからの旅だけでなく、その後・・・の事も考えると、資金はいくらあっても邪魔にはならない。この末法の世の中、綺麗事ばかりではやっていけない。


「そうだね……。商工会から大体の被害額は聞いてるし、そこから足が出た分から少し差っ引くだけなら大丈夫かな?」


「はは! そうこなくっちゃ! 話が分かるねぇ!」


 2人は持ち運び及び換金しやすい貴金属類から、差し障りがない程度・・・・・・・・・に失敬し、馬を留めてある泉の側の見つかりにくい場所に隠した。ピュトロワを出たら、コルマンドへの旅の途上に立ち寄って回収するのだ。


 こうして2人の賊討伐依頼は無事に完了した。街に戻った2人は商工会のスタニックに東にある廃村が根城だった事、そして賊を殲滅して資産を取り戻した事、それらは頭目の塒だった廃屋にまとめてある事を報告した。


 スタニックは半信半疑ながらすぐに太守に連絡し、兵士を派遣してもらった。そしてマリウス達の報告が事実であった事を確信すると、今までの非礼を詫びて、約束通り1万5千ジューロの報酬を支払ってくれた。


 この金にネコババした貴金属類も合わせれば、当面資金面での心配はない。2人はホクホク顔でピュトロワの街を後にしたのであった……

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