第七幕 闇夜の追跡


「え、ええ……確かにその討伐依頼はウチが出した物ですが……本当にあなた方がお受けになると?」


 商工会の事務所で対応に出たスタニックという男は、そう言って若干疑わしそうに2人を見た。


 この反応は予想できていたので特に腹も立たない。一見優男風なマリウスと女性であるソニアの2人連れだ。むしろこの反応が普通だろう。


「ええ、そうです。こう見えても腕には自信がありまして。彼女も同様です。きっとご期待に添える物と思いますよ?」


「はぁ…………。まあ、いいでしょう。受けてくださるのならどなたでも歓迎です」


 スタニックが頷いた。彼にしてみれば失敗すればまた募集を出すだけの事。成功報酬なので、マリウス達が失敗して死んだとしても、彼は痛くも痒くもないのだ。


 ダメでもともと、という感情がありありと浮かんでおり、マリウスは苦笑せざるを得ない。



「では依頼の詳細をお話します。どうもこの街の近郊に質の悪い盗賊の一団が潜伏しているようで、旅人や警備の薄い行商人が被害に遭う事が続いていました。しかし他の街の例に漏れず、この街でも太守は周辺都市を警戒するばかりで、この強盗団は殆ど野放しになっていました。それで増長したのか、奴等夜間に衛兵の目を盗んで街の中にまで忍び込んで金目の物を強奪していく始末です」


 スタニックは頭を振った。


「……そしてつい先日、強盗に遭った商店主が抵抗したらしく、無残に殺される事件が起きました。それで太守に直談判して、ようやくこの依頼を出す事だけは認可を貰ったというのが顛末です」



「はぁ……全く、世も末だね」


 ソニアが嘆息した。しかし世も末だからこそチャンスも転がっているのだ。


「なるほど……。事情は理解しました。それではその連中を討伐すれば成功という訳ですね? 特別賞与というのは?」


「……太守は賊の正確な根城の場所さえ分かれば兵を出すと言っています。なので構成員を捕まえて吐かせるなり、気付かれずに後を付けて突き止めるなりすれば、5000ジューロの報酬は支払います」


「では特別賞与というのは……」


「太守の兵を動員すれば大掛かりになって、賊には逃げられてしまうでしょう。根城を潰してこれ以上の被害の拡大を抑えるという意味では成功ですが、それでは賊は野放しのままですし、奪われた物も戻ってはきません」


 ここまで言われれば、マリウスにも先が読めた。


「なるほど。つまり上手く賊を殲滅して奪われた財産まで取り戻す事が出来たら、特別賞与という訳ですね?」


「ええ。その暁には基本の5000ジューロとは別に、1万ジューロをお支払い致します」


「……ッ!」

 その金額にソニアが目を剥いた。合わせて1万5千ジューロ。今持ってる資金と合わせれば2万ジューロを超える。切り詰めれば当面は金の心配をしなくて良くなる。


「マ、マリウス……!」


 ソニアの目の色に苦笑して頷く。


「ああ、分かってるよ、ソニア。……スタニックさん。その条件で我々がお引き受け致します」


「……大変結構。因みにですが、次の張り紙・・・・・を出すまでの期限は7日間とさせて頂きます。それを過ぎても達成の報告がなければ、失敗と見做させて頂きます。我々も被害を受けている以上余り悠長にもしていられませんので」


「なるほど、まあ当然でしょうね。こちらは構いませんよ。1週間という事で承りました」


 マリウス達の見た目を考えれば、むしろ1週間という期間を設けてくれるだけでも良心的だ。マリウスはスタニックと握手をして、ソニアと共に事務所を後にした。




「俄然やる気が湧いてきたねぇ! でも、実際どうするんだい? 奴等のアジトの当てでもあるのかい?」


 ソニアの疑問にマリウスはかぶりを振る。


「いや、生憎。なのでここはセオリー通りに行こう」


「セオリー?」


「太守が具体的な対策を講じていないお陰・・で件の盗賊たちはかなり大胆になってきているようだ。一両日中に必ずまた侵入して強盗を働くはずだ。最近は街道を通る旅人もめっきり減ったし、連中にとっては押し込み強盗の方が実入りが良いだろうからね」


「ははぁ、なるほど。網を張って、来た奴を捕まえて吐かせるって訳だね?」


「そういう事。ただ街は広いし連中が押し入りそうな候補もいくつかある。そして僕等は2人しかいない。つまり――」


 ソニアは皆まで言わせずに頷いた。


「――手分けして奴等が襲いそうな場所に張り込もうって訳だろ? 任せときなって!」


「……相手は抵抗した人を容赦なく殺してる武装強盗だ。もし遭遇したら絶対に油断しないようにね?」


 マリウスの警告に、しかしソニアは胸を張って笑った。


「大丈夫だって! 盗賊の1人や2人、アタシの青龍牙刀の錆にしてやるよっ!」


「……いや、錆にするのは、アジトの場所を吐かせてからにしてね?」


 本当に大丈夫かなと、若干不安になるマリウスであった……



****


 

 スタニックにも確認した所、盗賊が次に狙いそうな施設や建物をある程度絞り込む事が出来た。夜になってから、カバーできる範囲を広げる為にマリウスとソニアは互いに離れた場所に張り込んだ。


 太守や高官の邸宅は自前で私兵を雇って警備させている所が多いので、まず狙われる事はないだろう。マリウスは大きな青果店を見張れる位置に張り込んだ。酒場など夜まで人通りが絶えない場所から離れた所にあり、押し込むには格好のターゲットだ。


 ソニアは街の反対側にある住宅街を張り込んでいる。どっちに現れてもおかしくはないが……


(……今日は空振りかな?)


 待てど暮らせど賊が現れる気配はない。結局朝になってしまい、宿でソニアに確認した所彼女の方も空振りだったようだ。


「ま、そう都合よくその日の内に現れるはずもないね」


 2人は日の高い内は宿で泥のように眠り、日が落ちてから再び張り込みに向かうという、昼夜逆転の生活を一時送る事になった。



 そうして辛抱強く張り込みを続け、4日目となった日の夜の事……



「……!」

 マリウスが密かに見張っている青果店の裏口で影のようなものが動いた。だが闇に慣らしたマリウスの目は、それが黒装束に身を包んだ男だとハッキリと視認できた。


(遂に来たね……。こっちが当たり・・・だったか)


 マリウスは剣を抜くと、静かに忍び寄っていく。自分が隠密動作に集中している黒装束は、背後から自分より遥かに高い忍び足の技術で全く足音を立てずに迫るマリウスに気付かなかった。


「……やあ、精が出るね。ご苦労様」

「……!?」


 裏口の鍵をこじ開けようとしていた黒装束は、いきなり背後から聞こえた声。そして首筋に突き付けられた剣の輝きに硬直した。


「君、この辺りを荒らしまわってる盗賊の一味でしょ? 色々話を聞かせて欲しいんだけどなぁ」


「……ちっ!」

 黒装束は舌打ちすると、振り返る事無くいきなり身体を側方に横転させた。そうしてマリウスの剣から逃れると、脇目も振らずに一目散に逃走を選択した。



 暗い路地裏をひたすらに走る。あちこちを曲がってようやく撒いたかと後ろを振り返ると……


「いきなり逃げ出すなんて酷いな。ちょっと話を聞かせて貰いたいだけなのに」

「……ッ!?」


 すぐ目の前に平然としたマリウスの顔があり、黒装束はギョッとした飛び退った。全速力で走ったというのに、ピッタリと後を付いて息も切らせていない。いや、それ以前にそんな至近距離に追走されている事に全く気付かなかった。その事実に黒装束は戦慄した。


「……!」

 物も言わずに、腰に佩いた刀を抜き放つ。


「やれやれ……やっぱりそうなるか」


 マリウスは溜息を吐いた。黒装束は盗賊の中でもかなりの手練れなのだろう。だからこそ街の中に忍び込んで強盗するなどという仕事を担当しているのだ。


 そういう手合いはただ脅しただけでは口を割らない。


「――しゅっ!!」


 黒装束が鋭い呼気と共に斬撃を放ってきた。素人とは違い余計な前口上などない。マリウスはその斬撃を素早く躱しながら、ようやくまともな闘い・・になりそうな相手に、若干の嬉しさも感じてしまっていた。


 黒装束の斬撃が四方八方から迫る。しかしマリウスはその全てを、躱すかまたは剣で受けきった。路地裏に刃物同士が打ち合う金属音が響く。


「ぬぅ……!」

「もう終わりかい? じゃあこっちの番だね……!」


 マリウスの剣が閃く。その剣閃の鋭さは黒装束を遥かに超え、あっという間に防戦一方になった黒装束は、下から打ち上げるようなマリウスの一撃に、遂に刀を弾き飛ばされた!


 黒装束の手からすっぽ抜けた刀がクルクルと縦に回転しながら跳ね上がり、そして地面に落下した。その時にはマリウスの剣先が再び黒装束の首元に突き付けられていた。


「さ、どうする? アジトの場所を喋る気になったかな?」


「……降参だ。知っている事は話す」


 両手を上げて降参のポーズを取った黒装束は、マリウスの質問に存外素直に答えた。



 盗賊たちは街から東に歩いて一日ほどの距離にある、過去に疫病で打ち捨てられた廃村跡を根城にしているらしい。今までの戦利品は、既に換金してしまった物もあるが、現金や貴金属の類いはまだ手付かずで貯め込まれているとの事。


(……宝石類なんかは嵩張らないし全国共通で換金できるから手元に残しておくのは頷ける話だね)


 どうやら黒装束は嘘は言っていないようだった。何故こんなに正直に話すのか……。心当たりのあるマリウスは敢えて乗ってやる事にした。


「……ふぅ、それだけ聞けば十分だ。別にこの街に義理は無いし、好んで殺生したい訳でもなし。これからそのアジトを潰すけど、もう盗賊には戻らないと約束するならこの場は見逃してあげるけど?」


「……あんたに狙われたならあいつらもお終いだな。逃がしてくれるならありがたい」


 黒装束はそう言って頷いたので、マリウスは剣を収めて踵を返した。そしてそのまま2、3歩進んだ所で……


「……ふっ!!」

 鋭い呼気と鞘走りの音。マリウスが振り向きざまに、黒装束の喉を切り裂いていた!



 黒装束は隠し持っていた短刀・・・・・・・・・を手に、それを今にもマリウスに突き立てんとする姿勢のまま、驚愕に目を見開きながら首から血を噴き出し仰向けに倒れ込んだ。


「……一度はチャンスを与えてやったのに、馬鹿な奴だね全く」


 死体となった黒装束を見下ろすマリウスの視線は、夜を妖しく照らす月よりもなお冷たかった……

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