白磁の才媛
第六幕 仕事探し
マリウスの次なる目的地は、中原の南部に位置するフランカ州だ。中原でも庶民から名族に至るまで幅広く愛飲されている様々な
一見牧歌的で平穏そうに見える州だが、各地で力を蓄える諸侯達もこのフランカ州の肥沃な大地を狙っているとされ、情報通達の間では戦乱が最も激しくなるのはこの州ではないかと噂されている物騒な地方でもあった。
西のイスパーダ州を抜けてこのフランカ州に入ったマリウス達は、とりあえず最寄りであるピュトロワの街で一旦休息を取る事となった。
本来の目的地はコルマンドという街で、もう少し南東に下った位置にあるのだが、その前にこのピュトロワに立ち寄った理由は、勿論休息の為でもあるのだが、何よりまずソニアの馬を購入しておきたいというのがあった。
これからまだ同志も増える事を考えると、それは必須でもあった。
「へぇ……ここがフランカ州かい。イスパーダ州みたくジメついてなくて何ていうか……穏やかで過ごしやすい陽気だねぇ」
旅人宿で部屋を取ってブラムドを預けたマリウス達は、街の大通りを歩いていた。ソニアが降り注ぐ日差しに気持ち良さそうに伸びをしながら呟く。
確かに気候は暑くもなく寒くもなく過ごしやすい気候であった。風もそれ程強くなく、農業が盛んなのも頷ける。
それだけでなくこのフランカ州は昔からこの気候故に帝国の皇族や高官達の保養所として発展してきた側面もあり、狩りや競馬などの遊興の為に高く売れる馬を作ろうと、品種改良を重ねてきたという歴史があり、優秀な馬の産地としても名高かった。
名馬の産地としては北方のスカンディナ州も有名で、かつては南北で名馬の性能を競い合っていた事もある。
つまりこの州は質の良い馬を買うには都合の良い州でもあった。勿論いい馬ほどいい値が付くものではあるが……
(ま、とりあえず相場を見てみないと始まらないな……)
城門の外にある馬屋を覗いてみると、丁度よい具合の白い毛並みの芦毛がいた。ソニアの意見も聞いてみると、彼女も気に入ったようだった。
肝心の値段は……約5000ジューロ。マリウス達の所持金は現在ソニアの総財産を合わせても1万2千ジューロ程……。この芦毛を買えば1万ジューロを切ってしまう事になる。
だが世情不安で馬車などの運行も盛んではないこのご時世、馬はスムーズな旅の必需品だし、ここは思い切って奮発しておく。
こうして晴れて自分の愛馬となった芦毛に、ソニアはシルヴィスと名付け、早速とばかりに街の外の平野で乗り具合を確かめていた。
ソニアは父親から馬術を教わっていたらしく、乗りこなしに関しては問題無さそうだった。平原で白い毛並みの馬を駆るソニアの姿はまるで名画のような絵になる光景で、マリウスは眼福と共に、ここで思い切って馬を買っておいて良かったと心から思った。
しかしそれはそれとして、いよいよ経済的な意味で少々心許なくなってきた。フランカ州は比較的物価も高めで、宿一泊で5ジューロほどする。食事も1食2人分で1ジューロを超える事も珍しくない。
これでは今は良くても、早晩所持金が大変な事になってしまう。金がなければ旅を続ける事もできない。
(……ここらで一度稼いでおくべきかな?)
と言っても勿論誰でも出来るような安全な日雇いの仕事ではない。そういう仕事は単価も低く、生活費と差し引きゼロで、いつまで経っても金が貯まらない。
マリウスもソニアも折角腕に覚えがあるのだ。それを活かさない手はない。
不安定で乱れた世の中には危険な仕事も多く転がっている。そういった仕事は人を選ぶ分、実入りが良い事が多い。勿論相応の危険はあるが、手っ取り早く稼ぐには都合がいい。いわゆるハイリスク・ハイリターンというヤツだ。
「ははっ! 危険な仕事だって? 上等じゃないのさ! むしろアタシらにはピッタリだろ!」
……念の為ソニアの意見も聞いてみると、何ら異存はない様子だった。
という訳で、2人は街の広場まで来ていた。
基本的にどの街にも必ず大広場があり、そこで様々な告知が行われたり催し物が開かれたりする。小さめの街では商店や酒場の集う市場と広場が兼用となっている所もある。
因みにこのピュトロワはフランカ州では辺境という事もあり、後者であった。
そしてこれも各街共通だが、広場には必ず『掲示板』が設置されており、都督や太守からの通知の他、民間で仕事や依頼における募集広告板の役割を兼ねていた。
貼り出されているのは大半が商店や工房、農場などでの日雇いの仕事であったが、中にはそれらに該当しない
貼り紙にはどれも、その街の太守の認可を得て張り出している事を示す、太守の押印が為されており、それを剥がして直接依頼主の所へ行き、面談という流れが普通だ。
「お? これなんかどうだい?」
ソニアが指し示した張り紙。個人ではなく、この街の商工会の依頼のようだ。町の近郊に潜伏している武装強盗団の討滅が依頼で、報酬は5000ジューロ。尚特別賞与ありとなっていて、詳しくは直接面談にて、との事だ。
本来なら軍や衛兵の仕事だが、戦乱の気運が高まるに連れて小競り合いや他都市への牽制で忙しく、各街の太守はこういった事案に兵力を割こうとしなくなる。すると増々犯罪者達が付け上がって大胆になる、という悪循環だ。
こういう依頼が民間向けの掲示板に貼り出されている事自体、今の中原の世の末っぷりを物語っていた。
尤もマリウス達のように自らの腕で稼ごうという者には、むしろ好都合な世の中でもあったが。
「……うん、良さそうだね。僕達向きだ。じゃあこれにしようか」
「よしきた! じゃあ早速――」
ソニアが嬉しそうに張り紙を剥がそうとすると……
「――おい、てめぇら! その依頼は俺らが目を付けてたんだ! 横取りはさせねぇぜ!?」
だみ声が広場に響いた。見やると5人ほどの厳つい男達がこちらを睥睨していた。
「……張り紙がここにある以上、依頼は最初に剥がした者に受ける権利があると思ったけど?」
マリウスの指摘に先頭にいる大男が鼻を鳴らす。
「先に目を付けたのは俺らだ。依頼のために腕っぷしに自身がある奴等を集めてたんだよ! 解ったらどけ!」
リーダーと思しきその男は2メートル近い巨漢であり、他の4人もそれなりに体格の良い荒くれ者といった風情であった。なるほど確かに
「やめといた方がいいと思うよ? 君らじゃ良くて相打ちだ。報酬は高いけど命と引き換えにするほどの物じゃないでしょ」
「ああ?」
男は一瞬何を言われたのか分からなかったようにキョトンとした。そして次の瞬間仲間達を振り返って大笑いした。
「おいおい、聞いたかよ! 俺らじゃ相打ちだそうだぜ? こりゃおったまげた!」
仲間達も笑い声を上げる。男が再びマリウスを見据えてきた。
「へぇ……で、そういうお前さんはどうなんだ? んな女みてぇな顔と生っ白いなりで俺らより強いとでも言う気かよ? しかも女連れときたもんだ! お前らこそ物見遊山気分なんだったら、怪我する前にさっさと帰って仲良く乳繰り合ってろよ!」
リーダーの台詞に仲間達が一斉に哄笑する。それを聞いたソニアが激昂する。
「……あんだってぇ? 女だからってナメんじゃ――」
男達に詰め寄ろうとしたソニアを、マリウスは手で制する。
「ふぅ……仕方ないね。こんな往来で手荒い真似はしたくなかったけど、彼女を侮辱されては黙ってられないな。じゃあ今この場で、どっちがこの依頼を受けるに相応しいか決めようか」
そう言って前に出る。結局これが一番手っ取り早い。報酬を山分けする気はないので、男達が素直に引かないなら、どの道こうするしかない。
「ほうほう? そりゃ俺達とやり合うって事か? 意味が解ってて言ってんのか、兄ちゃんよ?」
「勿論だよ。ソニア、悪いけど下がってて。この程度の連中、僕一人で充分だからね」
ソニアは不満げな顔をしたが、こんな連中に彼女を触れさせたくない。ソニアを下がらせると、男達はようやくマリウスが本気だと悟った。周りに集まってきていた野次馬も、喧嘩の気配を察して距離を取る。
「……てめぇ、いい度胸だ。俺達を舐めるとどうなるか――」
「――ふっ!!」
ベラベラ喋っている男達の機先を制する。素人は大抵隙だらけな上に余計な口上が多いので先手を取りやすい。
一瞬で間合いを詰めて、リーダー格の男に鳩尾に肘打ちを叩き込む。
「ごがっ!?」
男が身体を前のめりに折り曲げる。そこにマリウスが下向きになった顔面目掛けて膝蹴りをお見舞いする。
鼻が潰れる感触と共に、男が盛大に鼻血を吹いてもんどり打って倒れ込む。
「て、てめぇ!」「ふざけやがって!」
色めき立った仲間の男達が一斉に殴りかかってくるが、連携も何もあったものではない。
(こんなんでよく徒党を組んで討伐依頼なんて受けようと思ったな)
内心で呆れるマリウスである。
殴りかかってきた男の拳を躱して、カウンターで首筋に手刀を喰らわせる。両手を広げて掴みかかってきた男は、足払いで体勢を崩しその勢いを利用して投げ飛ばす。
左右から挟み撃ちしてきた男2人は、マリウスがちょっと身体を避けると盛大に同士討ちした。そこに自分の身体を回転させるように、それぞれこめかみと脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ぎぇ!?」「ぐぇ!!」
男達は無様な悲鳴を上げて崩れ落ちる。これで終わりだ。
「さ、これで文句はないね? じゃあこの依頼は僕らの物って事で……。お待たせ、ソニア」
優男然としたマリウスが大男5人をアッサリ倒してしまった光景に、野次馬達が歓声を上げる。判官びいき的な感情か。
マリウスの喧嘩を見ていたソニアが何故かちょっと顔を赤くしていた。
「マリウス。あんたが闘ってる所初めて見たけど……見かけによらず強いんだな、アンタ。アタシ……強い男は好きだよ」
「ふふ、どう致しまして。それじゃ行こうか。張り紙を頼むよ」
「あ、ああ……!」
ソニアが例の依頼の張り紙を剥がす。そして広場の騒ぎを背にして、マリウス達は早速依頼主の元へと向かうのだった……
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