8.『貞子』と『メリー』は他愛もない話がしたい

 午前中の泥沼大喜利大会が終わり、現在午後14時。午前中のテンションを引き継いだ俺たちは、現在も他愛のない話を繰り広げていた。


「でもさ~映画とか、ゲームとか、人間でいたら趣味にお金がかかってしかたないね」


「そんな色んな事に興味がある人なんて早々いねえよ。社会人になるとなんも出来なくなるって人もいるしな」


「ええ……闇深い……人間界も」


「含みのある言い方するな。それじゃあ幽霊界も闇深いってことになるだろ」


「死んだ人間が集まるコミュニティなんて闇深いに決まってるじゃん」


「確かに」


 そもそもな疑問点ではあるが、貞子が幽霊界の幽霊であることは、まだ理解出来る。でもメリー。お前はダメだ。こいつ人形だろ?都市伝説だろ?なんで幽霊と同じ扱いなの?別にそもそも死んでないよね?自我が目覚めたパターンだよね?


 あまりにも不可解な出来事に顔を歪めると、その顔を察してか、メリーが嫌そうな表情を、こちらに向けた。


「またえっちなこと考えてる……」


 どうやら変態の犯罪者にしたいようだった。むかつく。


「考えてねえよ!お前が幽霊の枠なのかどうか。の疑問が残ってるんだよ!」


 ええ、正真正銘の幽霊枠だよ~とかわい子ぶって言ってきたので、こいつは無視することに決めた。


「無視しないで!酷い!酷いよ!なんで!?泣くよ!」


「本当にうるさいな壊れたバービー人形かよ!」


「涼さん涼さん。秀でてますね」


「気に入ってんじゃねえ。引っ張るなそのネタ」


 まあ幽霊なんて色んな種類があるからねえ~。と喋りながら、スマイリーに全体重を預け、ふにゃふにゃと溶けていくメリー。スライムかお前。てかほんとに溶けてね!?そんな予想外な特技を見せるメリーを見て、貞子は少し嫌悪感を出しながら、話を続ける。


「大体普通の人が認識しているもので、人間界を浮遊する『浮遊霊』。一か所に強い思いで留まる『地縛霊』あとは人を守るとされる『守護霊』ですね。後は『動物霊』等も存在します』


 急に始まった幽霊講座。司会は幽霊界のトップと言われても遜色のない貞子でお送りしている。


「この中に属さないものが『都市伝説』と言われる霊になります。特に、メリーなんかは典型的な都市伝説霊ですね」


「普通の霊と何が違うんだ?」


「普通の霊は、認識されないものだけど、僕たち都市伝説霊は、認識されなければ存在出来ないのー。っていうか暑くない!?溶ける!!」


 涼ー!クーラーと暑そうに、彼女は指示する。はいはい。とクーラーをつけるために立ち上がり、クーラーをつけてまた座る。隣で、メリーがああああ涼しいいいいと極楽そうだ。そんなメリーはほっといて、それで?と俺は続ける。


「つまり、都市伝説霊は『噂が存在する限り』永久に存在出来る訳ですね」


「ほー。こっくりさんがあの儀式を行わないと出現できない。みたいな感じ?」


「微かに違いますが、大体その通りです。あの霊は儀式がないとただの狐霊ですから」


 なるほどな~。と机にグダーっと突っ伏す。暑いわ。


「あいつうざかったなあ~低級霊のくせに」


 あまりの暑さにぐでーっと溶け出すと、冷房の風を直に浴びていたメリーが復活し、こっくりさんのことを昔のOLをイメージさせるような態度で愚痴りだす。


「毎回会う度に僕のこと時代遅れの大先輩。って凄いかわい子ぶって言うの!酷いでしょ!?生贄が多くないとなにも出来ないくせに!」


 本当にただの愚痴だった。そして、都市伝説界もなかなか女子は怖いんだなと、そう思った。


「あ、でも、こっくりさんを複数人じゃなくて、一人でやると、未来の自分を呼び出せる!らしいんだよね~それが凄い!」


 急に素直になるじゃん。


「いいじゃないですか。私なんて伽椰子対貞子なんて映画作られてるんですよ。まさかアクション映画に主演で出れるなんて思いもしませんでしたよ」


 あ~あったなあそんなの。とその映画の映像を思い出す。確か、最後は融合体になるんだったかな?確かだけど。

 しかしまあなんというか、いつの間にか居酒屋に集まって愚痴ってる集団になってる気がする。前半有意義だったのに。前半有意義だったのに!


 それからも、彼女たちはご自慢の幽霊トークで華を咲かせていく、自分たちも幽霊なのに怖い話風に話してる時もあった。何が楽しいんだ。

 しばらくして、メリーと貞子がこちらを向いて、楽しそうに笑った。


「毎日暇そうにしている大学生に聞くのもどうかとは思ったんだけど、現世について教えて!」


 喧嘩売るのか質問するのかどっちかにしろ。


「つってもな~話す程の楽しいことなんて、この世の中ないぞ?」


 いやいやいや!と、二人はその言葉を否定する。そのシンクロ率はさることながら、否定度合いが凄い。現世に親でも助けられたんか。


「だって!この部屋ですら!映画にゲームに!パソコンやら携帯やら!感動するものばっかりだよ!?」


「本当に大正時代からタイムスリップしてきた奴みたいなこと言うよな」


「大正?」


「いや何でもない」


 そりゃあ大正時代のことなんてメリーにはわからない。メリーは一度興味なさげに相槌を打つと、少し様子を見て、再度質問を俺にぶつけた。


「例えばさ、今は何が流行ってるの?」


 流行ってるものと言えば、たくさんある。鳥のマークのSNSや、友人とチャットや電話を無料で出来るアプリ。写真や動画を挙げられるアプリ。いや携帯ばっかりだな!と心の中で一人で突っ込む。

 現代っ子からしてみたら、こうなるのか。今年の流行りは。


「タピオカとか?」


 なんとなく、携帯で見れるものは敬遠したくなって、あまり興味のないものを挙げてしまった。


「タピオカ?」


 と、メリーと貞子は首をかしげる。言葉ばで説明しようとすると、どうしても卵が頭にチラついてしまうから、携帯でタピオカの画像を見せる。


「カエルの卵じゃん!」


 人が黙ってたのにわざわざ言うことはない。


「ええ~こんなのが今流行ってるの……飲み物……?」


 メリーから、全人類をドン引きしている様子が見て取れる。全人類の皆様ごめんなさい。

 でもまあ、タピオカは確かにおいしい。触感が俺は好きだ。行列にわざわざ並ぶ必要性は、全く感じられないけれど。


「今は人気なものが人気だからな」


「なに言ってんの涼」


「いったまんまだよ」


 この世の中は、人がいるところに人が集まる。誰か有名なモデルが全く可愛くない人形を可愛いと言えば、それは人々に伝播、『きも可愛い』として一世を風靡することがある。きもいなら可愛くねえじゃん。とずっと思ってきた。

 それとは別に、どれだけつまらない映画でも、たくさんの人が見たと言えば、人は見るのだ。大衆が感動すると言えば、それは誰がみても最高の感動作となる。

 だから、たまに何故だか嫌になる。


「まあいいけどさ~ほかになんか流行ってないの?」


「んー。やっぱインスタ映え。じゃないか?」


 うーん。と、一度頭を悩ませて、俺はそう答えた。昨今では、インスタと呼ばれる、写真投稿サイトが存在する。タグをつけて投稿することで、その写真が拡散され、色々な人から反応をもらえる。というものだ。


「いんすたばえ?ハエなの?」


「違うわ。お洒落な写真を撮ることだよ」


 ほーほー!と、メリーは感心して頷く。今では特に、カメラなんてなくても、携帯で撮れるから、特に若者層で人気が凄い。いいねがたくさんくれば、自己顕示欲も高まるから。ひろや夏葉も使っている。俺も登録だけしてる。


「いいね!いんすた映えしたい!写真撮り行こ!」


「嫌です」


 なんかここ最近、嫌ということが多くなった気がする。メリーや貞子が色んなものに興味を見せるせいで、断ることが多くなっていた。


「インスタ映えしたいー!世の中を綺麗に写したいー!」


 ぶーぶーと文句を言い、駄々をこねるメリーを、俺は視野にいれないことにした。そもそも、綺麗な写真というのは、そんな簡単に撮れるものではない。

 無理なもんは無理だ。と、俺はメリーを一瞥する。そんな俺を、貞子はジッと見定めるように見てくるが、俺の顔になにかついてるのだろうか。


 しばらく、貞子はうーんと頭を悩ませたり、ばっ!と勢い良く顔を上げたりして、俺を見たと思ったらすぐ視線を外すようになった。貞子がばぐった。


「で、ですがいいですね。人の世界はやろうと思えることは何でもやれて」


 三度目に目が合った時、慌てて貞子は俺にそういう。それを言い渋っていたわけではないだろうが、まあ言えないなら言えないで良い。


「やれることは確かに多いかもしれないけど、お金はかかるし、その趣味もある程度出来ないと趣味とは呼べないしなあ」


「趣味なのにできる出来ないが関係してくんの!?趣味なのに!?」


「人間なんてそんなもんだ」


 半ば諦めたように、俺はため息をついた。映画が好きだと言っても、週に10回見る奴からしてみれば、月に2回しか見ない奴を同じ趣味とは呼びたくないのだろう。DVDを持っていなければいけないとか、とにかく、趣味と言うには最低ラインがとてつもなく高いのが、今の日本である。


「好きなことを言ってるだけなのに、周りから認められなきゃいけないの?」


 先ほどまで、駄々をこね、暑さに溶け、にこやかに笑っていたメリーが、ふと、真面目な顔をして、いや、この場合は本当にきょとんとした顔で、俺に問いかける。

 言葉が出ない。その顔と質問にドキッとさせられた俺は、なんていえばよいかわからなかった。

 適用に、そうだよ。と顔を背けながら答え返すと、メリーはふーん変なの。と、スマイリークッションに体重をかける。そんな俺を、貞子はまたジーッとこっちを見る。なんだなんだ、とうとう惚れたか?

 という冗談はおいといて、本当になんだか、貞子の様子がおかしい。


「どうしたの貞子」


「い、いえ。なんでもないです」


 一体どうしたというのだろうか。結果から言えば、彼女から、真意を聞くことはなかった。


 それから、おいしい食べ物や、俺の好きなもの、夏と言えば~みたいなくだらない会話をして、またそれぞれがそれぞれ、時間を過ごす。


 俺もベッドに横たわり、携帯を操作していると、急にその携帯が震えだす。ひろからの電話だった。


「もしもし」


「もしもし涼?明日暇?暇だろ?夏葉も誘ったんだけど、海行こうぜ!」


「海?」


 聞き返したとき、俺はハッと我に返る。時すでに遅くして、彼女たちはキラキラと目を輝かせ、こちらを見ていた。


「……わかった。午後からでいいよな?」


「珍しく乗り気だな。じゃあ12時頃駅集合で!」


 ひろからの電話を切った後、ため息をついて二人の顔を見る。


「明日海に行くけどお前ら……」


「行く!!」

「行きます」


 と、いうわけで、メリーと貞子が来て5日目になるあした。俺たちは海に行くこととなった。

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