6.『貞子』と『メリー』は知りたい
夏葉との一件があった日の夜。各々が各々の時間を過ごしていた。貞子とメリーの馴染み度合いが振り切っているのは置いておくしよう。メリーは今日俺の大事なゲームのデータを吹っ飛ばしたしまったので、それを補うよう、神ゲーと言われるあのゲームをやらせている。昼食を食べてからずっとやってるが、どうやらはまってしまったようだ。何回かなんだこのくそげー!敵が強すぎるわ!二度とやらんからな!と言ってゲームを投げ捨てては、数十秒後また手に取っている。いいかメリーその先は沼だ。
一方貞子は、テレビに食いついている。しばらく何を見るでもなく、チャンネルをころころ変えて言った一言。どうやればこんな薄いテレビでこんなきれいに映るのでしょうか。とボソッと言っていたのを今でも忘れない。そりゃあ貴女の時代はブラウン管だもんな。と内心クスっと笑った。
現在貞子は、俺がおすすめした映画『アバウトタイム』というタイムリープ恋愛映画を見ている。
あの映画は、俺が大学一年生の頃初めて映画館に一人で行き、観客が三人くらいしかいない中、余りの感動で涙を流した映画ある。
それ以来、映画に行くのが趣味となり、DVDを買うようになり、俺の家には数十本程度ではあるが、徐々に映画が増えてきている。
そして俺は携帯をいじっている。特にすることがないのだ。ちらちらと、その映画と、ゲームを交互に見ては、今どのくらいなのか。と確認することはあるが、それ以外は特に何もなくSNSを開いては閉じ、開いては閉じ。所謂暇なのだ。
ふと、食い入るように映画を見ている貞子に目が向く、映画を食いつくような視線が気になったのか、それとも、時より聞こえないくらいの声で何かを喋っているように見える口が気になったのか。確実に後者である。
貞子は映画を見ながら、何かを喋っているのだ。ずっとではない、時々、彼女の口は動き出す。
一体何を言っているのか気になり、耳に集中力を集める。一度目はごにょごにょと何を言っているか聞き取れなかったが、二度目になり、彼女の声が小さく聞こえた。
「私たちの人生と同じよ。色んな天気があるわ」
いつもと違う声色。いつもは女性にしてはやや低めの、落ち着いたような声で話しているのに、今の言葉は、陽気な女性の笑いを込めた声色のそれ。映像の方に目を向けると、豪雨と強い風で、結婚式がめちゃくちゃになっていた。どうやら、彼女はヒロインの言葉を、真似て、ヒロインの喋り方を真似て、それを口にしているらしい。
へえ~。と、少し感心した。貞子はあまり感情を見せない。淡々と話し、表情は変わらず(まあ、髪が長すぎて見えないことの方が多いが)余程のことがなければ、感情を乗せることがない。
そんな彼女が、映画の陽気なヒロインを真似て、楽しそうに喋っている。だから、こんなところもあるんだな。と感心した。
もともと貞子は、その容姿、喋り方に対して、メリーを背負い投げする等、アクティブなところがあった。彼女は他人が感じるより感受性が豊かで、恐らく、俺たちが思うよりテンションが高いのだろう。それに、気が付いていないだけで。
意外だな。と、少し笑い、俺は携帯に目を移そうとする。しかし、いつの間にかゲームを中断していたメリーと目が合う。
「貞子に惚れたの?恋多き思春期中学生かよ」
「黙れ脳内恋愛で埋め尽くされてんのか」
ふふ。と笑い、メリーは体ごとこちらを向けるために座りなおす。
「今のゲームって凄いんだねえ。ずっとやっちゃったよ」
メリーが一体どの時代の産物なのかはわからないが、そりゃあ人形だもんなと少し笑うと、彼女はムッとした表情を見せる。
「でもそれ、かなり昔のゲームだぞ?ドットだし。今のゲームはもっと映像が凄い」
まあ、それでも、シナリオを比べると昔のゲームの方が面白いものが多い。気もするが。
「そうなの!?凄い。人間凄い」
野生から人間界に降り立ったゴリラかよ。と軽く突っ込み、少し自慢げにそうだろ?と笑う。
「て、テレビゲームもあるの?」
「ああ、それと同じ会社のはないけど、?系なら持ってるぞ」
とは言っても、今は貞子が映画を見ているから、やることは叶わないが。
「ええ!やろうよやろうよ!貞子も映画一旦中断!」
おいおい。とメリーを制す。映画を見てるやつに中断させるなんて愚の骨頂だろ。と、メリーに言うが、貞子は既にこちらを振り向き、笑顔を見せる。
「ええ。いいわ。焦ったって仕方ないもの」
ぶっ。と俺とメリーが吹き出す。貞子がいつものトーンではなく、先ほどの、ヒロインの様に陽気で、可愛らしい表情でこちらを見ているからだ。どうやら、先ほどのキャラを引き継いでしまっているようだった。これはなんとも面白い。隣で大爆笑でひーひー言っているメリーの気持ちもわかる。ただうるさい。
「おやおや、あなたとても可愛らしいわ」
俺がそういうと、メリーはえっ!?という表情で俺の顔を見る。
「いえいえ。ただ大量のマスカラとリップを付けているだけなの。」
やや恥じらいながら、少しはにかむ貞子に、おおっ!と声を上げる。なになに!?なにそれ!?と何が起きているかわからないメリーをあまりにもほって置いたら、頭を叩かれた。
「なかなか上手でしょう?私もまだまだ捨てたもんじゃありませんね」
上手いなんてものではない。まさしく声優の如く、彼女はヒロインの心情をピタリと当て、それを声や仕草に変換させていた。
「生前は女優をやってたんですよ。あまり売れてませんでしたけど。」
ふふ。と笑う貞子に不覚にもときめいた。ほんの少し。
あれ?なんかラブコメの波動を感じる。とかメリーがにやにやこっちを見てきたから頭を叩いてやった。俺の手は通り抜けた。くそがっ。
「そんなことよりゲーム!ゲーム!みんなでゲーム!」
わーい!とはしゃぐようにテレビの前へと座り、コントローラーを持つメリー。やらせるゲームは何にしようか2秒程考えて、最近出た待望の続編である。仲間と鍵を持って戦うアクションゲームにした。
あのゲームは本当に最高だった。本当に……でも2が一番面白い。残念ながら、2作目が一番面白いってのもなかなか珍しい。映画とかでは駄作が多いのに。
うおおおおお!すげえええええ!と映像を見て興奮するメリーに、そうだろうそうだろう。と自慢げになる俺がいた。
貞子も映像を見て綺麗ですね。と呟くが、あまり興味はなさそうだった。
「貞子って生前何してたんだ?」
ゲームに夢中になっているメリーはほっておいて、俺はふと疑問に思い貞子に質問を投げかける。
「占いと未来予知ですかね」
「急にファンタジー感だすのやめろ」
本当ですよ。と、貞子は俺の言葉を否定する。何年前の話かは分からないが、とても信じられる話ではない。だって、今はなしているのは、死後の貞子ではなく、人間だった時の貞子の話であるからだ。
「私はこれでも、有名な占い師だったんです。まあ、結局井戸に落とされましたが。自分の未来を予知してこなかったつけが回ってきましたね」
はあ。と少しため息をつく貞子にまあまあ。と俺は軽く慰める。後は、念写とかも出来たらしい。予知と念写があれば、それだけで占い師としては十分だったんだろう。
「最強だったんだな。生前も、死後も」
「そんなことないですよ。トップ女優になれませんでしたし」
「お前の中の最強はトップ女優なの!?」
相変わらず急に冗談を入れてくる奴だ。
「んじゃ、なんで今は人を呪ってんの?自分の出てくる映像見てくれたら嬉しいだろ?」
やってしまったな。と、俺を口を慎む。何はともあれ、こういう話は踏み込んではいけない領域だと感じたからだ。彼女たちが、好きで、好んで、人を殺してるわけではないのだから。
「いやそれがですね。井戸に居たとき、死んだら私のことをみんな忘れてしまうのではないかと。恥ずかしながら思ってしまいまして」
「あ、あ~まあ確かに怖いよな。それ」
踏み込んでしまった話題なのにも関わらず、貞子は顔色一つ変わらない。
「そしたら私の念写が反応してしまったみたいで、当時は動画を記録するための媒体はビデオテープでしたからね。それに私の意思が念写されてしまったみたいなんです」
いやあ。と多分ほほを掻きながら、貞子は言う。
「まさか私の意思が人を見た人を殺してしまってるなんて、初めて聞いたときはびっくりして腰を抜かしかけましたけど」
「はは……はあ!?」
いやいや、今のセリフは確実におかしい。それじゃあまるで、貞子が自分の意思で人を殺していない。と言っているみたいだった。
ええ……?と困惑する俺に対して、貞子は話を続ける。
「いや確かに私も殺された側はありますが、別に無差別に人を殺そうなんて思ってもいませんよ?それに、そうするならもっと確実な方法を取ります」
そうなのだ。『貞子』と言うのは、現象が不可解なのだ。貞子という物語は、一本のビデオテープから始まる。その映像を見ると、7日後に死ぬ。それを回避するには、違う誰かに見せること。人を憎んでいるのではあれば、そんな周りくどいことをする必要はない。
結局、昔友人と話したときは、人間関係を崩壊させようとする悪霊界のどS枠ということで、事なきを得た。
だが、貞子の言うことが本当であれば、あまりにもおかしい事実なのだ。
「多分私の憎しみと覚えておいてほしい気持ちで、憎しみの方が強く念写されてしまったんだと思います。私はただ、忘れられたくなかっただけなんですけどね」
果たして、この事実を知っている人物はどれほどいるのだろうか。もしかしてノーベル平和賞受賞も近いのではないだろうか。
「ん?そしたら、貞子本人が今この場にいるのっておかしくないか」
そして俺はこのことに気が付く。貞子に関しては、幽霊でもなく化け物でもない。思念体なのだ。だったら、このオリジナル貞子が、テレビから出てくるのはおかしい。本来ならば、出てくるのは憎しみが念写された、思念体貞子のはずなのだ。
「確かに。何故ですかね」
「ええ~……」
結局、それは貞子にもわからないことだったようだ。だから、これ以上これについて考えても話は進まない閑話休題。
今日は驚愕の事実を知ってしまうことが多かった。夏葉といい、メリーといい、そして貞子といい。
人間だれしもそんな凄い隠し事をしているものなのか?
「涼!凄い!現世って凄すぎる!」
おっと、完全にメリーのことを忘れていた。貞子も少し忘れていたのか、慌ててメリーに対して相槌を打つ。
「でも本当に凄いです。あの巨大なショッピングモールや映像が綺麗になった映画やゲーム」
「興奮しちゃうね!」
「褒めすぎだろ」
まあ、彼女達にとっては、凄いものなのだろう。そりゃあそうだ。過去の人が今の世界を見たら驚くに決まっている。でも、俺にとってそれは普通であり、何でもない。
ただ、一つ言うのであれば、こいつら悪霊としての威厳はどこに言ったのだろうか。片やゲームに夢中になる凶悪なSっ気人形。片や先ほどまで恋愛映画を見ていて、実は思念体が勝手に暴走しているだけだと告げた。人類のトラウマ。
「既にただの過去からきたタイムトラベラーだな。本当に観光してきただけの」
「殺すぞ」
「殺しますよ」
「さーせんっした」
急にこういうことを言う。こいつらは。
何はともあれ、彼女たちはこの時代を楽しんでいるようだった。フッとなぜか笑いがこみあげてきてしまったので、慌てて彼女達に告げる。
「そろそろ寝るぞ」
えー。とか、幽霊に睡眠は~とか言っている彼女たちを他所に、俺はテレビを消して、部屋の電気を消した。
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