5.だから『夏葉』は進めない
「あつい……」
暑さと共に目を覚ますと、俺は携帯で時刻を確認する。現在の時刻は13時32分。どうやら昼過ぎのようだ。
いつものようにゆっくりと起き上がり、一度大きな伸びをする。と、同時に、疑問が頭を過った。
今日は貞子とメリーの妨害がないのだ。昨日は朝から殺す殺さない合戦をしていたと言うのに。と、辺りを見渡すと、俺のベッドに寄りかかるように、貞子とメリーは座っていた。
何かに夢中なのは見て取れるが、それを除いてる貞子の頭が邪魔で、メリーが何をしているのかがわからない。
なんだかわからないが二人にばれたくなかったため、こっそりと近づき、メリーが手に持っているものを見る。
その手には、名作と謳われ、世に数々の名言を残していったあのゲーム。
「お前何やってんだ!」
思わず大きい声を出してしまう。その声にバッと二人は振り向き、おはようございます。という声の後に、メリーはへへへとバツの悪そうな顔でこういった。
「ごめん……データ消えちゃった……」
「よしお前そこに正座しろ。話はそれからだ」
「私は影の薄い女の子……消えるように見えることもあります」
「実体化解いて消えるな!」
と、言うわけで貞子とメリーが来て3日がたった。昨日買った服は実体化状態でないと着れないので、現在はいつも通りの服装をしていた。
今日も特にすることはないから、正座させたままのメリーをほっといて、何をするか考える。
「これが放置プレイ……ってやつか……」
「趣味が絶望的に気味悪いですね……」
悪霊じゃなかったらぶんなぐってた。
うるさいうるさい!と二人を一瞥し、冷蔵庫から麦茶を取りに行く。俺の後ろから貞子とメリーが昨日出会ったひろと夏葉のことを話しているのが微かに聞こえた。
昨日は本当に何事もなくてよかった。と心の中で安堵し、コップに注いだ麦茶を軽く一口飲んでから、俺は二人の元へと戻っていった。
「全くもって、ひろも鈍感だよねえ。びっくりするくらい。鈍感王子かよって感じ」
「そうですね。あれじゃあ夏葉さんが可哀そうです」
んん?と二人の会話に首をかしげる。
「ねえ?涼もそう思うよね!?あんだけ夏葉がアピールしてるって言うのに!ひろったら!全然気が付かないの!」
何言ってんだと、あざ笑うようにメリーへと問いかける。夏葉がひろのことを好きなんじゃなくて、ひろが夏葉を好きなんだよ。と彼女達に対して呆れながら喋りかけると、彼女たちはきょとん。と目を丸くし、はあ~と同時にため息をついた。
「これだから男ってやつは」
「男性はこれだから」
そう呆れて言われたらこちらだって物凄い気になる。
「なんだよ!」
そこからはいくら聞いても全く答えてくれなくなった。どっちが幽霊になったか、まるで分らない。彼女たちは俺の問いかけを完全に無視し、二人で恋愛トークで盛り上がる。恋愛トークで華を咲かせている女性二人と、それに取り残されるむなしい男性の姿が、そこにはあった。
あまりにも惨めだった。
そうだ!とメリーは何かを思いついたかのように叫び、俺の顔をにやりと見つめた。
「今から夏葉呼んでよ」
そうだ!と思いつくやつに碌な奴がいない。と心に深く刻んだ。
「絶対いやだわ……」
その言葉に、いつものように駄々をこねるメリー……かと思いきや、彼女は一切の言葉を発せず、こちらをにやにやと見ている。
自分の中で違和感が駆け巡る。それに気が付いたは、メリーの手にいつの間にか出現した電話機を目にした時だった。
その電話機は、まるで黒電話のような姿をしているが、肝心のダイアルがない。しかし、彼女にとって最早ダイアル等は不要なのだ。
そもそもな話、彼女の都市伝説『メリーさんの電話』と言うのはメリーからの電話にてこの物語がスタートする。問題なのは、この電話をどうやって行っているのか。
それに気が付いた時には、もう既に遅かった。彼女は電話を耳に当てている。そして、微かに、でも確かに、俺に向けてこう言った。
「私からの善意だったのに」
急いでメリーの元へ飛びつくが、メリーにたどりつくより先に、彼女はゆったりと言葉を放つ。
「もしもし?私メリーさん。今涼のおうちにいるの」
どうやら遅かったようだ。彼女は既に夏葉へと連絡を取り付けた。
「いやいや、涼から電話番号聞いてね!それよりも貞……咲ちゃんが大変なの!今から涼の家に来て!?」
やられた……。と俺は悔いる。夏葉という人物は、人に優しく自分に厳しい。人に頼られれば、それに答えずにはいられない。
淡島 夏葉というのは、そういう人間だ。
「うん!じゃあ待ってるね!」
夏葉との電話を切ると、メリーはにやにやとこちらを見つめる。夏葉は恐らくものの10分程度で、こちらに辿り着くだろう。
「これが僕の能力『コール・ミー』」
何故か急に能力系バトル漫画の様に、彼女は能力の説明を始める。彼女は電話をかけることが出来る相手には、『何かしら興味を持つこと』『相手が自分のことを知っていること』という条件が必要となる。その条件さえ満たせば、任意のタイミングでメリーは電話機を出現させ、電話を掛けることが出来る。らしい。
「あ、やっぱり『コール・オブ・テレフォン』に変更で!」
能力名は今決めたらしい。心底どうでも良い。
メリーが説明を終えたとこで、玄関の扉が勢いよく開く。
「咲ちゃん大丈夫!?」
肩で息をする程息が荒いまま、夏葉は家へと入ってくる。そして困惑とする貞子の顔を見るや否や
「えっ!?」
という声を出すのも当たり前、大変だと言われた貞子は、スマイリーのぬいぐるみ抱え、夏葉を見て困惑としているのだから。
「こ、こんにちは夏葉さん」
これがあの伝説の悪霊かよ。というくらい貞子はこれでもかと愛想を入れた笑いを夏葉に見せる。
え?え?貞子とメリ―を交互に見て、状況を全く読み切れない夏葉に、まあまあ座りなさいよ。と、まるで我が家に来た客をもてなすかのように夏葉を座らせ、俺にお茶を持ってくるように催促する。お茶も家も俺のものだよ!と言っても、メリーはいいからいいから。とまるで聞く耳を持たないので、渋々俺は冷蔵庫からお茶を出して夏葉の前へと置く。
さて……とまるで結婚の挨拶にきた娘の彼氏を見るような鋭い眼光で夏葉を見つめる。あまりの眼光に夏葉はコップに手を取りお茶を一口入れる。
「夏葉ちゃんひろのこと好きでしょ」
夏葉の口からお茶が全て出た。
「ゴホッ……ゴホッ……急に何?メリーちゃん」
「どこが好きなの?何が好きなの?なんで好きなの?」
あまりにも唐突なことでむせる夏葉に、まるで水得た魚のようにメリーは止まることをしらない。
俺にとって夏葉は友達だった。勿論恋愛感情的な好意を、夏葉に向けているわけではない。ひろも夏葉も大事な友達なのだ。だが、何故だか俺の心に軽くもやが広がったように感じた。なんだこの感情は……と疑問に思うと同時に、ジッと夏葉を見定めていた貞子が、ゆっくりと口を開く。
「人を好く。という行為はさながら悪いことではありません。ですが夏葉さんは、何故でしょうか。それを認めたくないような感じがします」
いや……あの……別に好きとかではないけど……と、夏葉はどもる。チラッとこちらをみて、夏葉はゆっくりと喋り続けた。
「大輝との関係は今のままでいいの……まるで幼馴染のようでしょ?これが私にとっては心地が良い。そこに涼もいて、3人で楽しく過ごせれば、それで」
夏葉にとって、何よりも優先すべきは今の環境なんだと、そう固い意志を感じさせる言葉の重みが、俺にドッとのしかかる。
「もし仮に私が大輝を好きだと認めてしまえば、それはもう友達ではないと思う」
だから……と言葉が止まる夏葉に対して、貞子とメリーはお互いに顔を見合い、一度頷くと、今度はメリーがゆっくりと口を開いた。
「だーーーーー!じれったい!好きだと認めちゃダメってなに!?友達じゃなくなるって何!?」
いつものメリーではない。いや、これがいつものメリーなのか。彼女は人形として生きてきて、大事に扱われ、そして捨てられた。
恐らくメリーは、その持ち主のことを本気で好きでいたのだろう。だからこそ、夏葉の言葉は、否定したくなってしまうのだ。
「好きっていう感情は!自分の力でどうにかなる問題じゃない!そんなの夏葉が一番わかってることでしょ!?それをなんだ!やれ今の関係が居心地が良いとか!やれ友達じゃなくなってしまうとか!要はこの関係が壊れるのが怖いだけでしょ!?ダメだった時のことばかり考えてるだけじゃんか!」
彼女は最愛の人に捨てられた。それは無残に、そして残酷に。だけれども、それまでに確実に育まれた愛は、友情は、確実に持ち主から彼女へと伝播されている。
しかし、いや、だからこそ、彼女は自我を持ち、持ち主の元へと帰る。持ち主の顔はどんなだったのだろうか。喜んでいた?それとも悲しんでいた?はたまた、恐れていたのだろうか。
いや、どれも違うのだろう。そこで持ち主の見せた表情は少しの恐れと、多大な呆れ。
捨てたものが自我を持ち、電話を掛けて来て、戻ってくるのだ。最初は恐れるだろう。人形から電話がかかってくるのだから、そして、頑張って戻ってるよ!という刻み刻みに伝えられるメリーの意思が、とてつもなく怖いものだったのだろう。だが、しかし、実際に捨てた人形とあったとき、歓喜に溢れたその表情や、雰囲気を目のあたりにした持ち主は、完全にメリーへの興味を失った持ち主は、また捨てなければならないのか。と、
その余りの面倒くささに、ため息をついたに違いない。
「確かに怖いよ!?好きな人に嫌われる感覚は。今になっても忘れられない。たくさん泣いたのも覚えてる!でも、だけど!それでもよかったよ!私に対してそんな感情が残ってるのであればね!」
好きの反対はなんだと思う?その問いに、たいていの人はこう答えるのではないだろうか。
『嫌い』
だと。
だが、それは間違っているのだ。相手に好意を持っている状態も、相手に嫌悪を持っている状態も、それは相手に興味を持っている状態に他ならない。
たとえどんな状態でも、感情を持つうちは、それは相手との距離が近いのだ。
では、好きの反対は一体何か。それは、『無関心』である。昨今ではそう答える人も少なからず存在する。でも、本当の無関心とは一体なんなんだろうか。別に嫌いではないけど興味がないクラスの人。これは果たして好きの反対になり得ることだろうか。
俺にとってその答えはノーである。嫌いでもなく、好きでもない。ただただ、関りも持ちたくないもの。それが本当の無関心だと。俺は感じる。
「でも、僕の好きだった人は、僕を見てめんどくさそうにため息をついたよ。それがどうしても、もうずっと昔の話なのに、僕はそれを忘れられない」
だから、彼女は持ち主を殺したのだろう。自我を持たすほどの愛が、それまで注がれてきた愛情が、歪み、変質し、衝動となって、『メリーさんの電話』は生まれたのだろう。
「……とりあえず落ち着いて。メリーちゃん」
ほぼ暴走するメリーに対して、落ち着いた声で夏葉が促す。ごめん。と一言謝ってから荒げた息を落ち着こうとするメリーに対して、貞子は無言で、スマイリーのクッションを渡していた。
静寂する空間と、ぴりついた空気。とてもじゃないが、居心地が良いものではない。それでも、その場から動くことはなかった。
それからしばらくして、夏葉は一度大きなため息をついて、メリーと貞子を見つめる。
「メリーちゃんの言ってることもわかる。咲ちゃんの言った通り、私は大輝が好きだと認めたくない。そしてこれからも認めない」
なっ!と、声を荒げそうになるメリーの口を、俺は手で押さえて夏葉の言葉に耳を傾ける。
「確かに怖い。もし告白が失敗したら、今までの関係でいられなくなってしまう。それが怖いよ。でも、でもね?それを我慢して我慢して告白して失敗したら、きっと大輝と私だけでなく、涼にも迷惑がかかる。大学の友達にも、迷惑がかかるの」
夏葉から俺の名前が出て、内心ドキッとした。確かに、もし失敗でもしたら、もう二度と俺たち三人で遊ぶことはないのだろう。それは絶対に避けたい気持ちが強かった。
「だから私は、この我儘を押し通すつもりも、失敗しても変わらずにいてよって、強制するつもりも全くない。私にとっての最良は、今のままなの」
夏葉は寂しそうにヘラっと笑うその顔を見て、俺たち三人は言葉が出なかった。
じゃあ今日はもう帰るね。と、夏葉が席を立ち、玄関へと向かう。玄関の扉に向かうときに言った、またね。という言葉が、何故か深く刺さった。
夏葉という人物は、こういうやつなのだ。自分の感情よりも、人を優先し、決めつけ、押し殺し、楽しそうに過ごす。
彼女にとって、それは重荷だと気が付くことはない。それが、自分にとっての幸せだと感じているからだろう。
だから、彼女は進まない。自分の感情と、周りの環境とを天秤にかけて、環境の方が圧倒的に大事であると、そう思っているから。その重荷を、重荷だと感じることがないのだから、
だから夏葉は、進めない。
夏葉が帰って、20分程時間が進んだ。
余りにも重苦しい空気に耐え切れず、誰一人言葉を発することもなく、出したお茶を片付け、それぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。
「ねえ涼」
お茶を片付けた後に、ベッドに横になって携帯をいじる俺に、メリーは覇気のない声で声をかける。
ゆっくり起き上がり、俺は出来る限り優しい声と、まなざしで、メリーに対してんー?と聞き返した。
「ごめんね。これで夏葉と気まずくなったりしないでね?涼は全く関係ないし。それに、無理やり呼んで自分の価値観を押し付けるなんてありえないよね」
いつにもなく落ち込むメリーに対して、今までだったらなんと声をかけていたのだろう。
相手は悪霊だから、化け物だから、多分適当にあしらっていたのだろう。でも、そこにいるのは、なんてことない普通の女の子である。いや、電話番号も知らない奴に電話を掛けることが出来て、居場所もわからないやつのとこに行けて、さんざん人を殺してきた奴が、普通の女の子な訳ないのだけれど。でも、それでも、余りにもメリーは人間臭い。
「にっあわな!何そのしんみりムード!怖っ。メリーさんの電話と別の意味で恐怖を感じるわ!」
「ええっ……なにそれ~……」
化け物だとか、悪霊だとか、そんなのどうでも良い。
「別に俺たちの関係がそんな簡単に崩れるわけないじゃん。気にしすぎだって。なあ?貞子」
「そうですね。そのしんみり具合が気持ち悪すぎて吐き気を催してたとこです」
「ええ……お前もそんなこと言うの……?」
人と真剣に関わろうとしているんだ。この二人は。純粋に、人間を楽しもうとしているのだろう。なんでかは全く分からないけれど。
「ちょっと二人とも酷くない!?落ち込んでる金髪美女にその対応はなしだよね!?」
相変わらずぎゃーぎゃー叫ぶメリーをはいはい。と一瞥し、俺は二人に問いかける。
「そういえば昼飯食べてないし、昼飯食べてもいいですかね?二人もたまには食べる?」
その言葉に、二人は勢い良く頷く。まあカップ麺だけど。と二人にカップ麺を渡すと、メリーが特上寿司食べたい!と、チラシを持ってきたので、丸めて捨て置いてやった。
そういえば、いつから俺は彼女たちを二人と呼ぶようになったのか。と疑問が上がったが、深く考えることはなかった。
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