4.レディースショップに入りづらい
三軒茶屋駅から少し電車で向かった先の二子玉川駅に、ひときわ大きなショッピングモールがある。
大学生になり、まともな服がないことに気が付いた俺は、良くお世話になっていた。三軒茶屋に住む人たちは、やはり少し服装がおしゃれ……というか変わっており、今日みたいな恰好で歩いていると、やはりそれ相応の目立ち方をするときもある。
話を戻そう。そのショッピングモールは、マーケットが3棟に分かれているだけでなく、
16階まであるフロントも存在する。だから、だから、
「なんでもいいからはぐれるんじゃないぞ二人とも!」
「えっこわ。急に何?僕たち離れたくても離れられない関係でしょ?」
「なにそれ詳しく教えろや涼」
というわけで、今現在そのショッピングモールにたどり着いた。駅に着くと、人の多さに感激しすぎて呆然としていた貞子と、いやっほー!と改札まで走っていき、ピンポーンという音とともに出現した壁に挟まれて女の子とは思えない声を上げたメリ―。
邪魔するなあああああああ!と大声で叫んでいたので、貞子に言って引きずり戻して来て貰った。改札にいた駅員さん苦笑い周りにいた人たちのクスクスとした笑い。一刻も早く立ち去りたかった。
それに、彼女たちはお金を持っていない。一瞬幽霊化したらお金払わないで乗車できるでは?とも思ったが、ひろもいるし何より道徳的に3アウトチェンジなので、仕方ないから切符を買ってやることにした。
切符を買いに行こうとすると二人もついてきて、僕たち自分で買うよ!というもんだから、お金を渡して教えながら切符を買った。買った後に涼さんの分はいいんですか?と貞子が聞いてくるもんだから、なんだか自慢したくて、ポケットに入っていたICカードを手で隠し改札を通ってどや顔すると、メリーがまた卑怯者おおおおおおおおお!と大声で突っぱしってきて改札に阻まれていた。
ショッピングモール前で夏葉と待ち合わせしているとの事だったため、夏葉を待つため、貞子とメリーに注意事項を伝えることにした。
「いいか二人とも。ショッピングモールにあるものは全てお金で買わなければ持ち帰れません」
「いや僕たち原始人かよ」
不覚にも少し面白かったが、いいから聞け。と二人を促す。
「どこかに勝手に行かないこと、知らない人に声をかけられてもついて行かないことそしてもう一つ……」
俺はひろに聞こえないように二人を集め、小さい声でしゃべりかける。
「むかつくやつがいても絶対に殺さないこと」
これが一番大事なのだ。恐らく彼女たちは殺すことになんの躊躇いもない。俺がこいつらを外に出したくなかった理由堂々のランキング1位でもある。
しかもタチが悪いのが、こいつらが殺すと恐らく不自然死として扱われ、迷宮入りの事件となってしまう。
いやまて、どちらにせよ逮捕されたら俺まで連行されるのではないか……?
そんな最悪の事態を考えていると、二人はふふっと笑い俺のことを見た。
「わかってますよ。今私たちはただの人間です。こんな楽しいことを捨ててまで、誰かを殺すつもりはありません」
「あの邪魔してきやがった駅の人は殺そうかと思ったけど!」
二人の笑いに、少し疑問を覚える。いや別に殺さないならいいけど……と、答えると同時に、夏葉が到着してしまったため、この疑問について深く考えることはなかった。
「ごめんごめんお待たせ!……この二人が大輝の言ってた咲ちゃんとメリーちゃん」
少し赤色の入った髪をなびかせ、夏葉は俺たちに駆け寄る。
夏葉という人物は、大学3年生の頃、行動学という講義で知り合った奴である。
あの時、犬の絵が美味く描けず何度も書き直していた俺を見かねて、一枚犬を描いた絵をくれた優しい奴だ。
それから講義を一緒に受けるようになり、昼食の時間にひろが来るまで二人で喋っているうちに、ひろとも会う機会が増え、3人で出かけるようにもなった。
そんな彼女は、あまりにも講義に遅れてくるひろを一度だけ朝迎えに行ったことがあるくらいには、正義感が強く、優しい人間だ。
夏葉に対して、貞子とメリーは自己紹介を終えると、夏葉は少し怪訝な目でこちらを見てくるが、直ぐに気を取り直したのか、貞子のことをじっと見つめる。
「咲ちゃん髪長いねえ……せっかく美人なのに服ももう少し良いもの買おうね!今日は」
こういったおせっかいがたまに厄介な時もあることを、今知ることが出来た。金は誰が持つんですか僕ですかさいですか。
「すみません服には疎くて……よろしくお願いします」
ちらっとこちらを見据える貞子に、本日何度したかわからないため息をついて、オーケーサインを出す。
もしため息で幸せが逃げるとしたら、俺は今とてつもない不幸に見舞われることになってるだろう。
もう既に悪霊二人に憑りつかれるという不幸には見舞われているのだが。
しばらくして、俺たちはショッピングモールの中に入る。16階層もあるらしいのだが、どうやら一般客の立ち入れる場所は7階みたいで、それ以上か会社や会議室が主流になっているらしい。7階でも十分な広さではあるのだけれど。
夏葉を筆頭に、連れられるは4階のレディースショップ。平日とはいえ、夏休み真っ只中のこの時期は、カップル等の若い客層が多く、なんと言っても
「入りづらい……」
そう、言葉を漏らしてしまった。それにすかさず反応するのが夏葉である。
「いいじゃない。私たち5人もいるし、女の子が3人もいるんだから、怪しまれないって」
怪しまれる。とは一体どういうことなのかわからなかったが、そうだな。と、フォローをしてもらったことに感謝し、このキラキラと輝きなんだか少し良い匂いすらただよってくるお店に、俺たちは入っていった。
店外から見ても女性の服というのは豊富で、こんなん着る機会あるのか!?みたいな服も置いてある。マネキンの服をまじまじと見ては、ひろとアイコンタクトを取り、肩をすくめる。行動力とコミュ力の権化のひろでも、ここは少し居心地が悪そうだ。
一方女性陣(二人は悪霊なのだが)というものの、夏葉は慣れた手つきで服をあさり、貞子に合わせてみては、違うなあ。とぶつぶつ呟いて片していく。そんな着せ替え人形状態の貞子は違うといわれるたびにええ……と苦笑いを浮かべ、夏葉について行く。
やはり彼女からしても、あまり相いれない場所なのだろうか。
そんな中メリーは、これ可愛い!これも可愛い!ねえこれとか買ってもいい!?と俺に何度も聞いてくるが、どう考えても桁が一つ違うものばかり持ってくるので、恐らく嫌がらせしたいだけなのだろうと感じた。
しばらくして、夏葉が貞子を更衣室に連れて行き、その間に俺たちを呼ぶ。
「とりあえず何着か見繕ったんだけど、皆で判断してよさげなものを買おうね」
へへへ。と少し照れくさそうに笑う夏葉だけれど、このメンツで言えば圧倒的にセンスがあるのは夏葉なので、あまり心配しなくても良いとは思う。
10点満点で何点か皆で発表しような!なんてひろが言っているので、いざドキドキ試着対決の始まりになりそうだった。
100億点はあり?なんてメリーが聞いてきたが、本当に馬鹿の発想だなと思う。
そんな中、試着室のカーテンがゆっくりと開く。大会のコングがなった。
一着目は紺と白のボーダーで、横がなんだかだぼっとしているTシャツに、紺色のスキニーもともと貞子は裸足なので、俺が貸した黒色のクロックスは捨て去られ、その代わりに紺と白で出来た靴が履かれていた。
「ここで一着目のポイントを解説の夏葉さんお願いします」
「えっ!解説……?うーんと、咲ちゃんは背が高いので、スキニーで足が細く長く見える効果と、あまりにもかっちりするとあれだからドルマンTシャツで軽くゆったりした服装にしてみました」
「あれドルマンTシャツって言うんだ」
どうでしょうか。と聞く貞子に対して、ひろと夏葉は茶番をおっぱじめる。まあ確かにスラっとしてるけど緩さもあっていいよなあなんて思うけれど、貞子のイメージが強すぎてなんだか似合わない……気がするような。
メリーのそれでは採点をどうぞ!という掛け声とともに、夏葉から順に点数を行っていく。合計点は貞子込みで22点。メリーは100億点をしょっぱなから入れてきたから、入れるとすると100億22点。もはやこれ以上何がでてきても勝ちはない。
点数が出きったとこで、貞子は一度カーテンを閉めた。恐らく2着目を着るのだと思う。
カーテンが閉めるのと同じタイミングで、ひろは夏葉とまた掛け合いみたいなものを繰り広げるが、1着目の点数は100億とんで22点。どう考えても次の服が勝つことは不可能だった。圧倒的な出来レース。今後何が来てもこの戦争には勝つことが出来ない非情な定め。隣で勢いで100億点カードを切ってしまった……とメリーがぶつぶつと呟いているのを聞いて、こいつ本当に勢いだけで生きているなと感じた。
そんなこんなで試着室のカーテンが開く。そこには白い色で肩までしか袖がなく、ボタンじゃない何かで一つだけ前がとめてある。かといって下はひらひらになっているわけでなく、下は普通の洋服みたいだ。
パンツはガウチョ?みたいな下に行くにつれて広がっていく茶色っぽいズボン。
悪くない。貞子の髪は身長170前後の背に対して、背中の真ん中まであるわけなので、異常に長い髪が長い。だからやや違和感は感じてしまうが、それでも大人っぽさがあり、若者感がある。
「おっと2着目はやや大人っぽさを出してきましたね~。この服のポイントはずばり?夏葉さん」
「上はスキッパーブラウスでやや大人っぽさを演出しつつ、清潔感を。下はベイカーパンツでカジュアルを演出しています」
2回目となれば夏葉も割とノリノリである。しかしながら、今日で女性服に詳しくなるレベルで、初めて聞くような単語が夏葉から飛んでくる。これも一種の言葉の暴力なのかもしれない。良くひろもついて行けるな。
「ベイカーと言えば子供名探偵の映画にベイカーストリートのなんたらって映画が~」
全然ついて行ってなかった。
というわけで、2着目の点数は34点。ひろが7点夏葉が9点、俺が6点でメリーが10点。貞子は8点ということで落ち着いた。一着目と比べたら圧倒的点数の少なさである。100億点の力がえげつない。
周りの空気もこれは一着目だな……みたいな空気に包まれている。
「いよいよ三着目ですね~現在一位は一着目の100億22点。これはもう優勝候補といっても過言ではありません」
「私もそう思います。三着目はその、ちょっと古いっていうか、咲ちゃんのイメージはこれだなあって感じだったから、その、あんまり良くないかもしれない」
隣で茶番を繰り広げている夏葉とひろだったが、珍しく夏葉の歯切れが悪い。一体どんな服装だと言うのだろうか1980年代のファッションを思い浮かべてしまう。嘘だった1980年代のファッションなんか知らない。
途端、カーテンがゆっくりと開きだす。今までのどの服よりも早い着替え終わりだった。
ゆっくりと開くカーテンから露わになった貞子を見て、ここにいる全員が同時に口を開いた。
「「「「これだ……!」」」」
ゆったりと広がる白いワンピースに、麦わら帽子。これだったまさしくこれしかなかった。
貞子の長い髪も、もはやそれは一種のお洒落かと言うくらい、そのワンピースにあっている。
気になる点数は10点の連続。メリーを除いて既に40点。民主主義の世界であれば、多数決によりこの服に決まるだろう。だがこれは戦争である。
100億22点を越えなければ、この服が貞子に届くことは二度とない。
誰しもが下へ俯くメリーへと目線を向ける。既に最高点である100億点(メリーのみ)は使ってしまった。この服に勝ち目は……ない……かのように思われた。
「1000億てーーーーーーーーーーーーん!!!!」
「「「メ、メリーさああああん!!!!」」」
購入した。もうそれは光の如き速さで購入した。サンダルとワンピースと麦わら帽子で1万円くらいして正直かなり出費したが、それでも最高に似合っていたから無心でお金を払っていた。
購入して恥ずかしいような嬉しいような表情をみて笑う貞子をみて、メリーが少しムッとした顔で、俺の前へと立つ。
「僕も服欲しいんですけど!1000憶点なやつ!」
まあ貞子だけに買うのも不公平だよな……という気持ちが強かったため、また夏葉に頼んで今度は点数なんてつけず、靴下とオレンジ色のパーカー、Tシャツ、そしてショートパンツを買ってあげた。メリーの身長は130センチ程度なので、子供服だった。夏葉とひろが精一杯笑うのを我慢していた姿を忘れることはないだろう。
目的も達成し、後は帰るだけのところで、メリーがふと遠くをじっと見る。なんだ?と俺もその方向を見ると、それはゲームセンターだった。
いやいや、と、俺は首を振る。うちにそんなお金はない。もう既に今日は2万円くらいの出費なのだ。そんな娯楽にお金を払っている余裕はない。
「ゲームセンターなんて行かないぞ」
釘を差すようにメリーへと喋りかける。メリーはゲームセンター……?と少し疑問を浮かべた後、ボソッと呟いた。
「あのぬいぐるみ可愛い……」
その言葉で、瞬時に理解する。彼女が見ていたのは、数あるゲーム等ではなく、ゲームセンターにあるユーフォ―キャッチャーの景品。『スマイリー』
スマイリーとは、現在女子にやや人気を誇る、大きいクッションのような丸いぬいぐるみである。
柔らかいその抱き心地と、緩い動物のような顔の笑顔が入っている可愛らしいデザインになっている。
ただ、別にキャラクター化しているわけでもなく、ユーフォ―キャッチャー専用のぬいぐるみのため、知名度はそこまで高くないのだ。
そのスマイリーを見るメリーの顔を見て、俺の心が揺れる。俺自身そこまでユーフォ―キャッチャーが得意な訳ではなく、頑張っても500円は使うだろう。
無理だな。と感じメリーの手を引っ張ろうと掴んだ刹那、メリーは勢いよくユーフォ―キャッチャーの方へと向かった。
その力は凄まじいものだった。最初はやや遠慮していたが、止まることを知らないメリーの全身に、途中で全力で止めることに注力を注いだ。それでも彼女は止まらない。
慌てて夏葉、ひろ、貞子がついて来る。
そして、ユーフォ―キャッチャーの前で止まると、メリーは良い笑顔で一言こういった。
「これが欲しい!」
「無理」
えー!と駄々をこねるメリーを夏葉があやす。この場で低出費でこのぬいぐるみを取れる猛者は存在しないのだ。
メリーは一回でいいから!僕がやるから!と駄々をこね続ける。あまりの駄々に、夏葉困った顔でこちらを見て、カバンから財布を取り出す。
慌てて俺が手を振り、財布をしまうよう促す。一回で良いというやつは、結局とれるまでやりだす。俺があった大体の人間はそういうものだ。だから、ここで一度でもお金を入れると、それはイコール取れるまでお金を払い続けることになる。
苦笑いを浮かべ100円を入れる夏葉、大喜びするメリー。憐れんだ目で見る俺。これからのことを考えて目も当てられなくなった俺は、あーあ。とため息をついて後ろを向く。もうどんなことがあっても、夏葉は助けられない。夏葉は今、死地へとむか
「あ、とれた」
とれた。
ふんふーんと嬉しそうに鼻歌を歌いながら、体の半分くらいあるであろう大きなぬいぐるみ、『スマイリー』を抱きかかえ、歩いていく。
このメリー、初めてやるであろうユーフォ―キャッチャーをたった一回で目当ての物を手に入れてしまった。
恐ろしい才能の化け物を生み出してしまったと、内心驚きが止まらない。
帰り際に、夏葉に小声とジェスチャーでありがとうとごめん。を伝えると、夏葉はいいっていいってと、手を横に振る。
本当に良い友人を持ったと思う。
その後俺たちは最寄りの駅について、二人と別れた。あまりにも嬉しそうに喜ぶ二人をみて、ふと、よかったな。と言葉が零れる。その言葉が届いてか届いてないかは定かではないが、二人は顔を見合わせると、ととっと数歩俺の前へと進み、振り向く。
歩く道は夕日と一直線に繋がっており、彼女達が振り向くと、あまりの眩しさで目を細める。
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
太陽がかなり眩しかっただけなのかもしれない。夕日だし、太陽を覆うものは何もないのだから。だからこそ、いや、だけれど、
彼女たちが異様に眩しかった。
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