3.『メリーさん』と『貞子』

 

 後ろを振り向き彼女達の姿を確認したが、慌てて前へと振り向く。

 彼女達の姿はひろには見えない。あいつらは幽霊だからだ。だから、ここで後ろをずっと振り向くのは不自然なのだ。

 前を向いた後、ちらっとひろの顔を見ると、彼は自分ではなく奥の二人を見ていることに気が付いた。

 いやいや、大丈夫だ。ここは一度冷静になろう。


「な、なに見てんだよ。奥になんかいるのか?」


 冷静に問い、もう一度彼女達の姿を見る。相変わらずにやにやして手を振っている。なんとも腹立つことだ。


「……お前が昨日出なかったのはこれが理由か」


 ふーんと、怒りを込めた様な笑みで、ひろは俺をジッと見据える。


「あんな美女と金髪少女を家に連れ込むなんてなあ!お前には100年早いんだよこのロリコン色欲魔!!」


「はあああああああ!?」


 散々な言われようである。ここまで酷く言われることなんて、今後の人生そうないだろうな。と、考えてる暇はない。


「ええ、涼、僕に欲情してたの?最低……」


 後ろで意味不明なことを言っている奴がいるが、とにかくあいつはスルーだ。


「いや、違うわ!……もうわかった。説明するからとっとと入れ」


 ここで帰られても、恐らく変な噂がすぐに大学中に広まる。最悪な展開まで考えると、夏休み明けと同時に色欲魔として一生避けられる運命になると踏み、彼女たちを紹介することにした。

 やっとか。と小さく呟いたひろを見て、嵌められた気がしたが、もう過ぎた話は良しとしよう。

 

 ひろを家に上げ、貞子とメリーさんを呼んで机を挟んで対面する。貞子が改めて座る前に、冷蔵庫から麦茶を用意してひろへと差し出していたが、それは俺のお茶だし何を我が物顔で出しているんだという意味で睨みつけたら、睨み返された。怖い。


「さて……どこから話たらいいものか」


 ふう。とため息をつき、考える。彼女達の現れた時のことを事細かに話しても、よっぽど色欲魔である可能性の方が現実的な話だと感じる。だからここでは、嘘をつくしか方法はない。でも、下手な嘘で貞子とメリーさんがついてこなかったらすぐに嘘がばれてしまう。


 気が付けば詰んでいた。


 ひろが座って二分程、そろそろ喋りださないとさらに怪しまれることは確実であった。

 ふぅ~と先ほど長いため息をつき、俺はひろの顔を見る。そして口を開いた瞬間。


「涼さんいつまで黙ってるんですか。もう自分で自己紹介しますね。こんにちはひろさん。私は高山 咲と言います。涼さんとは従姉妹というやつです」


 先に口を開いたのは貞子だった。しかも喋りだした言葉は全て嘘。しかし嘘とは全く読み取れない。


「あ……従姉妹でしたか。なんだよ涼!そういうことは先に言えって」


 少し照れたように、ひろは頭を掻く。彼女は一度の会話で、高山 咲という女性を作り出し、それに成ってしまったのだ。しかし、ひろがあまり物事も深く考えないタイプで良かった。と安堵した。


「私はメリー!金髪美少女だけどフランス語どころか英語すら喋れない咲ちゃんのお友達で~~す!」


 安堵した瞬間これである。メリーは勢いよく立ち上がると、ピース付きでひろに自己紹介をする。本当に本当にメリーは勢いだけで行動し後先を全く考えようとしていないのが見て取れる。


「えっ……メリーちゃん何歳?高山さんと同い年……?」


 咲でいいですよ。と微笑む貞子を横目に、メリーはのんのんと指を振り答える。


「人を見た目で判断するなんで若造のよう……これでもメリーちゃんは貞子ちゃんと同じ19歳だよ!」


 あっ。と俺とメリーは顔を見合わせる。と同時に、貞子がメリーのことを軽く小突く。


「人前でそのあだ名はやめてください。私顔が見えなくなるくらい髪が凄く長いし、服もぼろぼろでしょう?ですから、メリーは私のことを貞子って呼ぶんです。しかも涼さんまで」


 へへへごめんよ。と小突かれた頭を軽く撫でて、メリーは貞子に軽く謝る素振りを見せる。

 そんな貞子を見て、俺は言葉が出なかった。


 この貞子という人間は……失礼。悪霊は、咄嗟にメリーの失言を挽回するだけでなく、今後俺が貞子と呼んでしまう事態があることすら考慮し、先手を打った。

 貞子というのは、もっとこう、冷徹で、無口で、ただ不気味な存在であると思っていた。メリーとの掛け合いもそうだ。今俺の目の前にいる貞子は、確かに感情の起伏が少ないように見える表情もあまり変化がないし、口調も淡々としている。でも、メリーを蹴り飛ばす姿や、今のアシストなんかはまるで活き活きしてる普通の女性の様だった。


「いや女性を貞子呼ばわりなんて悪魔の所業だな涼」


「そうですよ涼さん」


 こいつただひろを自分の味方にしようとしてただけなんじゃねえかな。と思えてきた。


 ともあれ、彼の俺への疑惑はすっかり解消された訳である。後はひろの要件を聞いて、それに答えるだけ。


「んで、今日はどうしたんだよ。ひろ」


 ああ!と思い出したかの様に声を上げ、彼はニッと笑った。


「ショッピングに行こうぜ!」


「無理」


 彼は易々と地雷を踏みぬいた。


「いや、もう夏葉に涼も連れて行くって言っちゃったし!」


 踏み抜く所か、彼は痛みなど感じないかの様に、こちらに近づいてくる。恐らく彼は地雷を踏み抜いた感覚がないのだろう。

 それもその筈だ、ひろは知らない。

 この高山 咲とメリーは都市伝説の化け物たちで、100メートル以上俺と離れることが出来ないことを。

 つまり、俺が行くと言ってしまえば、この二人はショッピングモールについて来ることになってしまう。そして、


「行こうよ涼!まだ見ぬ洋服が僕たちを待ってるよ!」


「私は服には興味ないですが……行ってみたいものですね。服屋さん」


 こいつらがひろの言葉に乗らないわけがない。


「そう来なくっちゃ!てことでそのだらしない恰好から今すぐ着替えてこい。夏葉には連絡しとくから」


 3人寄れば文殊の知恵とでもいうのか。恐らく意味は全然違う。3人寄ればごり押し出来る。とはこのことだ今すぐ辞書に追加してほしい。


 本日何度目のため息だろうか。今更断ろうとしても、恐らく彼らに俺の声は届かない。仕方がないから、何事もないことを祈って平穏無事に今日を乗り切るしか、俺には選択肢がないのだ。


 ゆっくりと立ち上がり、備え付けの小さいクローゼットから紺色のジーンズと白いTシャツを取り出し着替えようとする。が、


 どう考えても貞子とメリ―の視線がちらついてしょうがない。


「ちょっと二人とも外で待ってて」


 その言葉にぎゃーぎゃー喚く二人を無理やり外に連れ出す。外に出して扉を閉めようとした瞬間、メリーが若造の裸なんてこれっぽちも興味ないわ!!と大声で叫んでいた。そういうオチ担当しないと生きていけないのかあいつ。いやまあ生きてはないけど。でもむかついたからカギも掛けておいた。


 ばっばっと着替え、洗面台で顔を洗い、ワックスをつける。夏はツーブロックにして軽く隠れるくらいに髪を切ってもらうのが俺のジンクスだった。おかげでワックスもつけやすい。

 ワックスをつけて、部屋に戻り、ひろに準備ができたと伝えると、ひろは立ち上がり玄関へと向かう。


「黒!!!!!!」


 俺も行こうと玄関の方へと顔を向けた直後、にやにやした貞子とメリーが、そこには立っていた。


 幽霊だと忘れていた自分をぶんなぐってやりたい。

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