3.『メリーさん』と『貞子』


「私メリーさん。今あなたの後ろにあばばばばばああばああああああばばば」


「なに抜け駆けしようとしてるんですか。それより涼さん。私の目をみっ……!」


 昨日の悪夢のような出来事から時は過ぎ、現在13時。


 どうやら彼女らは、都市伝説級の化け物たちなだけあり、姿を見られた以上、相手を殺すまで殺す相手から100メートル以上離れることが出来ないらしい。だから、現状、この化け物たち二人に憑りつかれた大学生の男。ということになった。大変遺憾である。


 朝から彼女達は俺のことを殺そうと、お互いのルールに則って何かしらを仕出かしてくる。例えば、先ほど貞子に背負い投げされたメリーさんは、『後ろにたつこと』『後ろに立っていると宣言すること』から、相手を強制的に振り向かせる。振り向くと同時に体は硬直状態となり、そのまま刃渡り15センチ程の立派なナイフでどこかしらを刺されるらしい。

 反対にメリーさんに蹴飛ばされた貞子は、『目を見せること』が条件となっている。目を見た瞬間、目を背けることが出来なくなり、即死したのち、なんとも無残な死体が出来上がる……みたいだ。朝からこれが10回以上続いているから、なんとなく普通に殺せばよくないか。と聞いてみたところ、お互いこれが絶対的なルールになっているらしい。


「だあーもう埒が明かないじゃん!というか貞子意外と攻撃がアクティブなのなんなの!?もう!とりあえずここはじゃんけんで正々堂々決めようよ!」


「そういって負けたら負けたで3回勝負だ5回勝負だと喚いた挙句、抜け駆けして涼さん殺そうとしたじゃないですか。信じません」


「とりあえず一回落ち着いてご飯食べさせてくれませんかね!?」


 朝から永遠に続いているこのやりとりのせいで、朝は9時に起こされ、殺される恐怖に何も口に出来ない状態だったが、ひとまずお互いが殺すことを阻止してくれるため、現在やっと食事にありつける。というわけである。


「とりあえず涼さんの邪魔をする訳にもいかないですし、ここは一時休戦としましょうか」


「人の身って食事取らないといけないなんて可哀そう……でも今の子って朝ごはん食べないんだね。エネルギーのコストパフォーマンス良くてちょっと引いた」


 深いため息とともに二人は争うのをやめ、テーブルを囲むように座った。幸いにも先ほどまで争っていたにも関わらず、何一つ痕跡は残っておらず、彼女たちは物体を通り抜けていた。

 ただ、朝ごはん食べたかったのに、お前らが殺そうとするから食えなかったんだろ!と心の中で思い切り叫んどいてやった。

 ともあれ、今日の昼食はやや豪華だ。いつものカップ麺やコンビニの弁当ではなく、事前に買ってあった卵とソーセージ。そして食パン。というのも、コンビニに行くとすると二人を連れて行かねばならず、他人に危害が加わることを避けた結果、作るしか選択肢がなかったと言えば、それまでなのだが。


 いただきます。と、心の中で唱え手を合わせ、食パンに被りついた。


 久しぶりに自分で作ったものは、なんであれ美味い。たとえトースターで焼いただけの食パンであろうと。だ。

 彼女たちがジッと見てくるが、気にすることはない。幽霊は食事を摂らない。これは子供でも知ってる周知の事実だ。

 次はぱりぱりのソーセージを口に運んだ。自分で作る料理の最大の利点は、味付けを自分好みに出来ること。俺は塩多め、胡椒ではなくブラックペッパーをソーセージにかけるのが好きだ。本当はお米を食べたいのだが、普段料理をしないので買うのが勿体ない。買っても買わなくても後悔してしまうのは、何故なんだろうか。

 ふと、ぐぅ~と、どこからかお腹の音が聞こえた。関係ない。幽霊は食事を摂らない。誰でも知ってる。幻聴かなにかだろう。

 次は目玉焼きにしようと、箸で目玉焼きを掴もうとすると、メリーの涎が、箸を持った手を通り抜けた。


「いや涎まで出たらとうとうおしまいだからな!」


 つい口に出してしまった。てへへと恥ずかしそうに鼻を掻くメリーさんに、俺の言葉は止まらない。


「そもそもお腹なるのもおかしいだろ!さっき人の身はどうとか言ってたじゃん!」


 えっ!お腹が鳴ったのは私じゃなくて貞……と言いかけたところで、メリーさんは貞子に吹っ飛ばされる。俺にとってはどっちだってよかった。問題なのはそこではなくて、幽霊が食事を恨めしそうに見るなってことだ。どこで恨めしや使ってんだ。そもそもそれ一般の幽霊でお前らが使ってるとこ見たことない。


 こほん。と、バツが悪そうに咳ばらいを一つして、貞子は口を開く。


「基本的に幽霊というものは、食事を必要としておりません。ただ、なんていうかその、私たちは狙った獲物は絶対に瞬殺して来ましたから、こう、ずっと姿を現してると感覚的に生身と変わらないといいますか……その、元は人間ですし」


 まあ私は人形だけども。と、いつのも間にか帰ってきて馬鹿にしたように喋るメリーさんは放っておくとして、詰まるところ、お腹は減っていないのに、減ったように感じるらしい。ただ、そう言われても、彼女たちは物体を通り抜ける。食事を摂ることはできない。


「じゃあなに?食事のエネルギーだけ奪い取って食べたりも出来るの? 」


 お供え物は、その供え物のエネルギーだけ幽霊が食べる。と、どこかで聞いたことがあった。そのため、お供え物は味が全くなくなるだとかなんとか。


「いえ、私たちは実体になることも出来ますので、食事を摂ることが可能です。必要はないですが。娯楽みたいなものでしょうか」


 なるほど。と、頷いて食事を開始しようとするところで、不可解な言葉が聞こえた気がして、箸を持つ手が止まる。

 実体になれる……?


 「待て待て待て、実体になれるの?え?二人とも?」


 ええ。と少し鼻を高くして答える貞子とメリーさん。どうやら彼女たちは、本当の人間の様に生活することも出来る。とのことだ。何のためか聞いたら、油断したところをバッサリ殺したりするらしい。聞かなければよかった。

 何ならお見せしましょうか?と、食べかけの食パンに貞子が手を伸ばそうとした瞬間、ピンポーンと、家のインターホンが鳴った。


 インターホンに映し出されたのは、佐々木大輝だった。

 突如来る不安と焦り、そしてインターホンを連打するひろ。出ようか!?出ようか!?となんでかわくわくしてるメリーさん。


 「とりあえず出てくるけど、絶対余計なことはしないで」


 念のため釘を差しておいたが、返事はない。完全に興味はひろへと移っているようだった。そして、この余計な釘のせいで、もの凄い後悔に襲われることになるとは、全くもって思いもしなかった。


 一息ついて、玄関の扉を開ける。よっ!と、手を挙げ、ニッと笑うひろの姿が、そこにはあった。


「どうしたんだよ急に」


 出来る限り家の奥が見えないように。まあ、あの幽霊たちが見えることはないのだが、それでも無意識的に自分の体と、ドアで家の奥が見えないように細工する。


「いやあ昨日電話中にノイズ凄かったじゃん?あれから何回も掛けなおしたんだけどお前でないからさあ~~」


と、口では話を続けるものの、目線はきょろきょろと奥の方へと向く。こういう感は本当にずば抜けて高いのだ。こいつは。


「いや、なんでだろうな。こっちはかかって来てない。とりあえず今食事中だからまた食べ終わったら連絡するわ」


 とにかくまずは、こいつを家から遠ざけなければならない気がした。ええ~食べるまで待ってるよ。と、家の奥を見ながらごねるひろを無理やり追い返そうとしたとき


「涼君。お客さんですか?」


「涼!僕たちはいいからおうちに入れてあげなよ!」


 にやにやと笑みを浮かべた幽霊どもが、俺の後ろに立っていた。

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