2-2 都市伝説『メリーさんの電話』

 改めて状況を整理する。これがかの有名な『メリーさんの電話』であることは間違いない。非通知設定のことや、勝手に電話に出てしまうこと、そしてゴミ捨て場のフランス人形。ゴミ捨て場にいる。という言葉、これらからいたずらである線は限りなく薄い。


 そういえば、と、先ほど投げた携帯を恐る恐る拾い、ブラックアウトした画面の電源をつける。

 毎度ながら現れる猫の画面に安堵を覚え、急いで『メリーさんの電話』という都市伝説を調べ挙げた。


 大まかな概要は知っているものの、自分の背後に立たれた後、という肝心な部分を確定させる内容は、人によって、そして作品によってさまざまで包丁で刺されたり、振り向いた瞬間に終わっていたり。

 ただ、現代はとっくに古いその都市伝説の対処法はいくらでも載っていた。その対処法の一つとして、最終的に背後にたたれるのだから、壁に背をくっつけておけば良い。


 その内容を見るなり、すぐさま壁に背中をつけ、一度大きな深呼吸をした。


 深呼吸とリンクするかのように、持っていた携帯が非通知。という恐ろしい単語とともに震えた。


 いくら対処法を知っているとは言え、生き残ったという文献なんてあるはずもない。都市伝説と言わしめる恐怖が、全身を幾度も襲ってくる。もはや、何をしたって怖いものは怖い。

 ぎゅっと携帯を持つ手が強まる。気が付けば、携帯は既に通話中になっていた。

 またしても走るノイズと、女の子の笑い声。しばらく静寂が続いた中で、携帯から声が聞こえる。


「私、メリーさん。今あなたの家の前にいるの」


 ガチャガチャ。とドアノブが勢い良く回る。これほど防犯でカギをかけておいてよかった!と日ごろの行いに感謝する瞬間は二度とない。と思わしめる程の安心感と、こういうパターンの時は音が止んだと共にオチに向かって恐怖が加速するということを知っている経験則による恐怖が、心の中で交差する。


 携帯から響く少女の笑い声、勢いよく音を立てるドアノブ。最早恐怖への耐性値という壁は、音を立てて派手に崩れ去り、恐怖で押しつぶされそうになった瞬間――


 ザザザと、大きなノイズが部屋中に響き渡る。


 それと同時に少女の笑い声が止み、ドアノブが静かになる。

  

 そのノイズは携帯からではなかった。


 少しの静寂とともに、改めてノイズ音が部屋全体に広がる。

 少し考えてみれば、今の現状には不可解な点があった。いや、不可解といえば、この現状すべてが不可解であり、夢なら今すぐにでも覚めて欲しい。と、ほっぺたが頭にあんこが詰まったヒーローの如く赤くなるまでつねることだろう。


 でも現実な今、この非現実的な状況は認めるとして、一つおかしなことがある。


 一回目のメリーさんの電話から、本来聞こえるであろう音が、一切聞こえなかった。


 その不可解な正体は、テレビの音であることに気が付くのに時間はかからない。

 確かにそのテレビは最初からついており、最後に聞いた限りでは貞子特集をテレビでやっていた。

 その音が、電話とともに一切聞こえなくなっていたことに、ノイズが走った今、気が付いた。


 静かになった通話中の携帯電話と、玄関の方をちらりと観察した後、ゆっくりとテレビの方へと目を向けた。


 既にその映像では貞子が井戸から出ており、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 ノイズとともに、徐々に貞子がこちらに近づいてくる映像。もう何十回も見たことだろう。ただ、ただ、本来映し出されるはずであるテロップや出演者の表情を映し出した枠はすっかりと消えており、そこには不気味に映る井戸と、女性の姿しかないことを除けば。だが。


 そして、画面いっぱいに貞子が映し出されたのち、最後の手を伸ばした時


 あろうことか、その手は画面でとどまることを知らず、テレビ画面を超えて俺の部屋に姿を現した。


「「……は?」」


 瞬間、電話の主と俺の声が重なる。


 先ほどに増して勢いを増して音を立てるドアノブと、「え…ちょっ…」と慌ただしく言葉を発するメリーさん。そしてテレビ画面から姿を現してくる女性。困惑する俺。


 既にこの部屋はカオスに包まれていた。そして俺は自分の運命を呪った。


 今までの誰かの人生で、貞子とメリーさんが同時に出現することがあっただろうか。この人生、そこまで地獄に突き落とされるようなことはしていないし、神様がいるのであれば、これは確実にミスだろうと。神ちゃんと仕事しろよと何度も叫びそうになった。

 無論、恐怖で言葉が出ず、叫ぶことは叶わなかったが。


 時間にしては数秒、多くて数十秒といったところか。それでも俺にとっては永遠とも思われる時間が過ぎたのち、携帯電話から切羽詰まった少女の声が聞こえた。


「今すぐ壁から離れて!」


 バッと壁から背中を離し、布団から飛び降りた。ふと目を上げると、既にほぼ画面から出てきている女性と、先ほど自分がいた場所に出現する金髪の少女。


 ああ、拝啓僕の人生に関わってくれた人々へ。僕が無残な死に方をしたら、それは事故でも自殺でもなく、都市伝説級の化け物たちに殺されたのだと気が付いてください。

 あと、ひろへ。もっと執念深く飲みに誘ってくれればよかったのに。

 

 

 心の中に記された遺言から、1分……いや、40秒程経過した。


 その間、進展は、何もなかった。


 全くもって微動だにしない貞子とメリーさん。二人は対峙してからというものの、お互い睨みを聞かせたまま、動くことはなかった。

 しばらくして、メリーさんが金髪の髪をなびかせ、一指し指を貞子へと突き付けた。


「狙った男の子が貞子と被ってしまうなんてどんな運命!?それともディスティニー!?」


 イメージが全て崩壊した。

 金髪には決して似合わない口調。少女とは思えない声量。都市伝説級の化け物とは思えないほどの薄っぺらい言葉。


 どれをとっても彼女の言葉は、威厳というものを感じない。


「……それはこっちのセリフです。今更出てくるなんて」


 口元どころか顔すら識別できない程の髪の長さに隠れながら、貞子が小さく反論する。「きぃー!今更とはなによ!」と、メリーさんが自身の髪をわしゃわしゃしながら発狂する中、貞子は髪をかきわけて顔を露わにする。


 絶世の美女とは、このことを言うのだろうか。アーモンド目に整った鼻筋、あとはピンク色で艶のある唇であれば、完璧だったのに、青白くカサカサしている。非常にもったいない。


「……ともかく、今回は引いてくれませんか?この人も時代遅れの産物に殺されるなんて絶対に嫌だと思うので」


 まず、話の論点が違うことに気が付いて欲しい。

 あまりの展開に、自分の脳内が急速に冷静になっていく感覚がする。ともかく、俺は殺されたくないし、出来ることならば、このまま二人(?)ともいなくなってほしいと切に願っている。


発狂するメリーさんと、冷静に返す貞子。

 言葉なくしてこの絵面だけ見れば、よくあるハーレム物の漫画のように、女の子たちが取り合っている様に見えるのかもしれない。


「私ができる限り無残に、目は四方を向き、口からは泡を吹き、苦しみを与えずに苦しんで見えるように殺してあげると言っているんです。」

「僕が壁には血が飛び散り、四肢は千切れ、ド派手な死体として世に露出させてあげるって言ってるの!」


 こんな内容でなければ。の話ではある。


「とりあえず、一旦二人とも出直して来てもらってもいいですか?ちょっと既に脳内パンク気味なもので」


 よくよく考えると、相当態度のでかい提案だったと思う。殺されるかどうかの瀬戸際で、帰ってくれなんて、良く言えた。


「……仕方ありませんね。殺される側の希望もありますし、後日改めて伺いましょう。」


「こんな我儘ぼっちゃま今まで見たことないぜっ!」


 正直、なんでそんな渋々なのかと、メリーさんのその喋り方にはてなマークが止まらないが、神様ありがとう。と声を大にして言いたい。ああ神様、先ほどは仕事しろなんて言ってすみませんでした。あなたがいてくれたから今の私がございます。

 僕は無信仰でしたが、今回助けて頂いた神様はどこのお人でしょうか。私は今すぐにその宗教の門を叩き、貢物とともに一生あなた様について行くことを


「あれ……なんか……帰れなくない?」


 誓いません一生誓いません許さん全ての教徒が許しても俺が絶対お前を許さない。



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