序章 ~12~

「ル、ルキア様を助ければなんとかなるんじゃないでしょうか!」

 声を張り上げると、ハルは面倒そうに目を細めたがうなずく。

「盗賊団の魔術陣まじゅつじんを吹っ飛ばせるのはあのチビだけだろうよ。大人しくしてるとは思えねぇが……」

「な、なんで彼らが魔術を使っているとわかるんですか?」

「あ? においでわかる」

 におい?

(この人、耳だけじゃなくて鼻もいいの? 無茶苦茶よ……)

 呆然ぼうぜんとするトリシアをながめ、ハルは立ち上がった。見事なバランス感覚にトリシアは驚く。この揺れる車両の上で平然と立っていられるなんて。

「あのちびっこと違って正規せいきの魔術師じゃないんだろう。薬品を補助に使ってやがるからな」

「…………」

 そこまでわかるのか……。

 目を丸くしているトリシアを見下ろし、それからハルは視線を動かした。先頭車両の機関室のある方向だ。

「機関室を占拠せんきょされたままってのはまずい。もちろん、乗客を人質にとられてるのもな。

 同時にそれを打破だはできれば、状況も引っ繰り返せるだろうが」

「ど、どうやって」

「どうもこうも、ここには僕とおまえしかいねぇだろ!」

 苛立いらだった声で言われ、トリシアは仰天ぎょうてんして目を見開いた。

 自分はただの添乗員で、護衛術もろくに知らない。それなのに……そんなことができるだろうか?

「機関室のほうは僕がなんとかしてやる。おまえはあのちびっこか、セイオンの坊主のどちらかを助けろ」

「む、無茶よ!」

「無茶でもやるしかねぇだろ。

 まあ、放っておいてもいいことだが……変な薬品嗅やくひんかがされて、おかしくなってもいいならな」

「それは……」

 困る。同僚たちの身に危険がおよぶなんて……。乗客の者たちにだって……。

 みんなを助けたいという気持ちはあるが、トリシアは自分にできることがなんなのか理解していた。できないことはできないと、脳がはっきりうったえている。

(ルキア様を助ければ間違いなく優勢になる……! でも私にできるの?)

 どんな薬品を使用されるのかわからないのが不安要素だった。人体に害が出るかもしれない可能性も、充分にありえる。

「…………」

 唇を軽くみ、トリシアはハルを見つめた。

「……やれるだけ、やってみます。勝算があると思ってよろしいですか?」

「さあな。まぁ……機関室は取り戻してやる」

 自信満々に言ってのけるハルはトリシアの凝視ぎょうしに気づき、頬を軽く染めた。

「な、なんだ!」

「いえ……ミスターは、剣士でも魔術師でもないのに……勇気がおありなのだと思いまして」

「ばっ……! な、なに言ってるんだ!」

 真っ赤になるハルがあわてふためき、顔をらす。それをトリシアは視線で追った。

(……見た目と違って性格は素直なのかしら……)

「ミスターはその、やはりトリッパーでいらっしゃるのでしょうか?」

「……それが今、関係あるのかよ?」

 トリシアの質問に彼は不機嫌そうな声でおうじる。

(……やっぱり隠したいことなのかしら。べつに迫害はくがいしたりなんてしないけど……やっぱり嫌なことでもあったと思うべきよね)

 でも……。

(これは絶対にトリッパーに違いないわ。露骨ろこつに不機嫌な顔になったら、すぐわかっちゃうもの)



 闇夜の中、トリシアはごくりとのどを鳴らした。車両から飛び降りるだなんて……!

(無茶苦茶よ!)

 作戦を提案したハルのほうを見遣みやるが、彼は不機嫌そうな顔のまま、風を受けているだけだ。

(……ラグかルキア様を助け出せればなんとかなる……!)

 暗示のように自身に言い聞かせ、呼吸を整える。

 横のハルを見上げる。

「いいわ……! 行きましょう!」

「…………」

 ハルは目を細めると、ばさりと外套がいとうを振るった。薄く開いた唇からきばがうかがえる。肉体に変化へんかが起こるというトリッパーの特徴とくちょうだ。

「行くぞ!」

 合図と共にトリシアは彼の体にしがみついた。刹那せつな、ふわりと空中に浮かぶ。

 ぐん! と、突然上空に引っ張り上げられた。がくん、と今度は肉体に負荷ふかがかかる。

 風が顔に当たって痛い。

 まぶたを開くと、そこはすでに空の中だった。はるか下に列車が見える。

「重い……」

 低い声で文句を言うハルは、ばさりと外套がいとうを鳴らした。

(う、浮いてる……! 本当に!)

 信じられないことだ。魔術だって人体浮遊はできないというのに!

 これがトリッパーの……異能種いのうしゅの能力!

 驚愕きょうがくするトリシアをかかえたハルが前方を見遣みやる。

「機関室はあそこか。確かに外からしか行けねぇな……。

 あのセイオンの坊主と、ちびっこ軍人は……なるほど、あそこか」

 ハルが、とんっ、と軽く宙をった。すると急降下!

(ひゃあああああああああああー!)

 内心で悲鳴をあげてしがみつくトリシアのことなど気にせず、機関室目掛けて一気に降下する。

 衝撃がくる! と身構えていたのに、それはなかった。直前でハルが方向を変えてトリシアを大事だいじかかえ込むと、右手で車両の天井をつらぬいたのだ。

 機関室へと無遠慮ぶえんりょ侵入しんにゅうしたハルは、驚く盗賊たちを見据みすえ、爛々らんらんと輝く金色こんじきの瞳を向けた。

「いけ!」

 命じた声におうじて、空中から黒い霧が発生し、周囲をつつむ。あっという間の出来事に全員が唖然あぜんとするしかない。

 霧は一度室内に広まると、急速に収束して幾羽もの蝙蝠こうもりへとへんじていた。

 ハルが軽く手を振ると、蝙蝠こうもりたちは盗賊たちに一斉に襲い掛かる。

「わああ!」

「ちょっ、なんだこれ!」

「切っても切っても……!」

 霧でできた蝙蝠こうもりに剣はかない。

 混乱して剣を振り回す男たちの間をハルがづかづかと進んでいく。そして男たちに足を引っ掛けて転ばせていく。

 転倒した男たち目掛けて蝙蝠こうもりが大群で寄ってくるのでたまったものではないだろう。

「ふん。大人しくなったな」

 完全に気絶してしまった盗賊たちを見遣り、ハルは鼻を鳴らす。

 呆然としているトリシアを一瞥いちべつし、ハルが忌々いまいましそうに口を開いた。

「なにしてる。さっさとそいつらを縛り上げろ!」

「あ、はい!」

「チッ」

 舌打ちするハルは嘆息し、ひたいを手でおさえた。そういえば……顔色が悪い?

「あの、ミスター、顔色が……」

 心配してそっと手を近づけると、彼はハッとして顔を赤らめ、すぐさま後退した。

「寄るな! それより早くこいつらを縛り上げろ!」

「あ、は、はい!」

 トリシアはてきぱきと持って来たロープで男たちを縛り上げていく。なるべくきつく、ほどけないようにといのりながら。捕縛の為の専門的な縛り方はわからないので、できるだけ力を入れてきつくした。

 機関室はこれで取り戻した。

 ハルはあれこれと室内を眺めていたが、引き戸を開けてから敵を待ち構えるような体勢たいせいをとった。

「ミスター、何を……」

「入り口がせまいほうが大人数おおにんずうを相手にするのはかなってるんだ。

 それより、魔術機関はどうだ?」

 機関室にある、動力源である魔術機関をトリシアは見遣った。魔術の知識は少ししかない。けれども、この列車の乗務員として最低限の情報はおぼえている。

 魔術機関の魔術式はぼんやりと淡く光り輝き、陣の構成をありありとトリシアに見せていた。それはいつも見るものとは違う構成術式!

「進路は変更されています」

「おまえは、直せそうか?」

「無茶をおっしゃらないでください! 私はただの添乗員ですよ!」

「チッ。まあそうだろうな」

 わかりきっていたのだろうが、確認のためにいたようだ。ムッとするトリシアに構わず、ハルは車両の連結部分をながめる。

「……機関室だけ連結がもろに見えるんだな」

「そりゃ、乗客の皆さんはここには立ち入り禁止ですし」

「レトロだな。僕の世界の列車も大差ない」

 小さくつぶやいたハルは一瞬渋い表情をするが、すぐに改める。

「仲間がすぐに来る。おまえは霧にまぎれてちび軍人を助けに行け。セイオンの坊主でもいい」

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