序章 ~11~

 線路に障害物しょうがいぶつがある場合、必ず止まらねばならない。油断が生まれるのも当然だ。

 列車というのは、停車時が一番、すきが生まれやすい。

後手ごてに回るのは好きではないのですが……仕方ありませんね」

 襲われたら容赦ようしゃしないと言外げんがいに言っているルキアは、トリシアに紅茶のおかわりを頼んでくる。

(そういえば一網打尽いちもうだじんにするとか言ってたけど……ブルー・パールがおそわれるって確信があるみたいな言い方してたわね)

 いや……というよりは、襲われても襲われなくても、盗賊集団を壊滅かいめつさせるという意志が見え隠れしているのだ。

(……どうやって……?)

 なんだか空寒そらざむいものを感じてトリシアはぎこちない動きになってしまう。

「ルキア、オレも手伝うぞ!」

「ありがとうございます」

 素直に感謝の言葉をべるルキアはトリシアがれた紅茶を口にふくみ、目を細める。しゃらん、と彼のつけている片眼鏡モノクルのチェーンが軽く鳴った。

 なにか考え込むような仕草しぐさをしたあと、ルキアがふ、と軽く笑った。トリシアは嫌な予感が的中てきちゅうすることに、確信をいだくしかなかった。

 この後、ドナ山脈に入り、しばらくして……ブルー・パールは停車を余儀よぎなくされる。だがそれは、ルキアが言ったこととは違い……内部からの犯行によるものだった。



 ブルー・パール号が急停車したのは、トリシアがハルに呼び止められて医療車両へと案内をしている最中だった。

 彼は貧血気味だとうったえ、医務室がどこか探していたのだ。

 確かに元々色白い。帝国人とは違う肌の色をしているが、それでも彼の肌の色は白めだった。もしかしたらあの小瓶の中のものは、乗り物酔いのための酔い止め薬だったのかもしれない。

 思い当たり、トリシアは素直に先導せんどうして歩いていた。その時、激しいブレーキ音と共に車体が揺れた。

「きゃあ!」

 衝撃にえ切れずにバランスをくずすと、ハルが舌打したうちしたのが聞こえた。

「おいおんな。ど……」

 どうなってる? と問おうとしたのだろうが、彼はすぐ近くの降車口こうしゃぐちから外を見遣みやり、「ん?」とまゆをひそめた。

「なんだ……?」

 ばたばたと足音がし、どこかのドアがこじ開けられるいびつな音がひびく。

 トリシアもハルの背後から外をうかがう。大勢の男たちがブルー・パール号を囲んでいた。

(あ、あれは……!)

 見るからに同じマークをつけたスカーフを首に巻いている。仲間、同志だと意志表示をしている彼らはおそらく……山賊、つまりは盗賊集団だ。

(本当に出た……)

 愕然がくぜんとするトリシアはおかしいことに気づく。こういう時に率先そっせんして出てくるラグやルキアの姿がない。彼らは山賊たちが侵入してきている先頭車両に近い場所に居たはず。みょうだ。

「チッ。後ろにもいやがる」

 面倒そうに言うハルは目眩めまいでも感じたのか、低くうめいて三歩ほどあとずさった。

「だ、大丈夫ですか、お客様!」

「……うるさい。声がでかい」

「申し訳ありません……」

「……あのちびっこ軍人とセイオンの坊主はどうした。こういう時こそヤツらの出番じゃないのか」

 憎らしげにらしたハルは体勢たいせいを直し、もう一度外をのぞいた。

 すでに外は茜色に染まっている。もうすぐ夜になるのだ。

「ミスター、どこかに……近くの部屋で構いませんから、避難していてください。様子を確かめて参ります」

「バカか、てめぇは。どこに隠れたって、見つかるに決まってるだろ」

 心底馬鹿にした口調で言い放ったハルは、耳をました。

「……なるほど……。誰かが手引きしたか。乗務員と客をたてにとられて、ちびっこもセイオンの坊主も手出しができないみたいだな」

「? 聞こえるんですか?」

 会話が。

(ありえない……なにこの人。トリッパーって、特殊能力を持ってるって聞いたことはあるけど)

 戸惑うトリシアを見遣みやり、ハッとしてハルは顔を真っ赤にした。

「なっ、なんだその顔は! 僕が嘘を言ってるとでも!?」

「え? い、いえ、そんなことは思っておりません」

「な、ならいいんだ……」

 フンと鼻を鳴らすハルはたたずみ、目を細める。

「……無抵抗のセイオンの坊主は殴りつけられてるな。ちびっこのほうは……手出しができないから拘束こうそくされたみたいだ。まぁあいつは貴族だから、痛めつけるとあとで痛い目にうとわかってるんだろ」

「見えるんですか?」

「いや、見えない。音でわかる」

 不可思議なことを言い、ハルは突然トリシアをかかえ、そのまま軽く跳躍ちょうやくした。

 視界しかいが黒いものにつつまれ、何が起こったのかわからなかった。だが一瞬で顔に風が当たり、空気や匂いが変わる。

「え?」

 目を見開く。そこはトリシアたちが立っていた真上……車両の上だったのだ。

 列車を取りかこんでいた男たちはもう見張りが3人ほどで、ほとんどは車両に乗り込んでしまったようだ。

 オレンジ色の景色に仰天ぎょうてんとしているトリシアを見て、ハルはしまったと言わんばかりに顔をしかめる。

「誤解するなよ! つい、だ。つい。

 ヤツらの足音が聞こえたから、咄嗟とっさに逃げただけなんだからな!」

「……あの、今のどうやって……」

「関係ない」

 ぴしゃりと言い放たれ、トリシアはそれ以上問うことができなくなってしまった。

 れられたくないことなのだろう……。トリッパーということもせているようだし。

 見張りの者たちは自分たちの視界より上の様子は気づかないようで、トリシアとハルの存在に気づく素振りはない。

「…………」

 無言になるハルをうかがい、トリシアは不安になって挙動不審きょどうふしんになる。

 乗務員の仲間が心配だ。先輩のエミリは大丈夫だろうか? 同じ添乗員のシスカだって……。

 今までこんな集団に囲まれたことがないので、トリシアは動揺していた。物盗ものとりだろうことはわかってはいたが、この山賊たちが何を仕出かすかわかったものではない。

(ラグ……ルキア様も……)

 どうしても、頼れる人物を思い浮かべてしまう。

 それより、護衛のギルド『雲わた』は何をしているのだ?

 時間だけが過ぎていく中、列車内では騒ぎにはなっていてもガラスや物が壊れる音はしない。

(みんな……無事かしら?)

 すっかりあたりは暗い。

 車両の上に座り込んでいるハルは何かに気づいたようでかたくした。途端、列車が動き出す。

「ブルー・パール号が……」

 発進した?

 そんなばかな。

 身を乗り出すトリシアは、進路方向を見遣る。線路に沿って動く列車は真っ直ぐに進んではいるが……。

「機関室が乗っ取られたか……。確かにこの列車はいい金になるが……軍が動けば終わりだろうに」

 面倒そうに言うハルだったが、ふいに気づいてつぶやく。

「……そうか。ドナ山脈を出るまでに荷物を奪う気なんだな。それまでは、通常通りに動いているように見せかけるってことか」

「なんでそんな面倒なことを……」

「フン。ヤツらもバカじゃないってことだろうな。エキドの街であのちびっこは正式に盗賊退治を任命にんめいされたわけじゃないはずだ。つまり、ヤツらはまだ『噂』の段階ってことだ」

「うわさ……?」

 背後のハルを肩越かたごしに見る。彼は難しい表情で、むすっとしていた。

「あのへんに山賊が出る。あのあたりで列車が襲われるってことで、確証は得られていない段階。

 ヤツらは口止めをする時間稼じかんかせぎをしているんだろうな」

「口止めって……」

 真っ青になるトリシアから視線をはずし、ハルは嘆息たんそくした。

「ま、おまえの考えてるようなことじゃないだろうよ。暴力を振るうような連中なら、もうとうに捕まってるさ」

「じゃ、じゃあ……」

 薬、だろうか……。それとも、禁忌きんきとされている操心そうしんの魔術だろうか?

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