序章 ~09~
歩き出したトリシアにラグが続く。
「こんなこと、
「オレが
「ばっ……!」
あまりなセリフに真っ赤になって振り返るが、ラグは「ん?」とあどけない笑顔で返してきた。……絶対に意味を理解していないに違いない。
「へ、変なこと言うのはやめて、ラグ」
「変か? 人間一人くらい、養える。オレ、そこそこ有名人」
「はあ?」
有名人?
考え込んでしまうトリシアは、脳内の記憶に思い当たらないので今の言葉は受け流すことにした。
「ルキアも
「はいはい。そうですかー」
セイオン出身の剣士なのだから、そこそこ強いのは当たり前だ。真剣に取り合うのはやめよう。
空を見上げ、トリシアは
*
ルキアが車掌のジャックと駅で話し合っている姿を見かけたが、トリシアはラグを引き連れてさっさとブルー・パール号へと乗り込んだ。
いつもの温和な様子はなく、ルキアはなにやら
「ありがとうラグ。荷物、ここまででいいわ」
「わかった」
荷物を渡してくると、ラグは再び列車を降りた。ルキアの元へと駆けていくのが見えたので、様子を見に行ったのだろう。
(なんというか……ラグって親切な人の代表者みたいなヤツよね……)
振り向いたルキアがちらりと見えた。いつになく真剣な表情にどきりとしてしまう。
(はっ! なにが『ドキ!』よ。ありえない……ルキア様はすごいとは言ってもまだお子様なんだから!)
そそくさと歩き出し、トリシアはすぐに動きを止める。
展望車に居たのはあのトリッパーの男、ハルだ。
彼は
トリシアの視線に気づき、ハルは
(へーへー。わかってますわかってます。べつに興味なんてないですから)
さっと視線を
それからすぐにルキアがジャックに何を話していたかわかった。
ドナ山脈付近に山賊が出没しているらしく、通る列車を
その
次の駅に向かうには、ドナ山脈を通らねばならない。ここから近いこともあり、どうやらその
「
そう笑顔で話しかけられ、ティーカートに紅茶を用意して運んできたトリシアは動きを止めてしまう。
ルキアの目の前にはラグが座っており、彼はぼんやりと窓の外を
「えと、あの……?」
なぜいきなりそんなことを言われるのかわからなかったので、戸惑ってしまう。
ルキアはふんわりと甘い笑みを浮かべた。
「これからの旅のこともありますし、他の市民の不安を取り
「はぁ……」
「あれ? トリシアは怖くはないのですか?」
「いえ……山賊は怖いですが……。なんというか、実感がなくて」
スリや追いはぎはよく街中でも見かけるが、盗賊などというそこそこ規模の大きな集団にはお目にかかったことがない。それは
「そういうものですか。自分は何度か
「えっ、る、ルキア様、それ、本当ですか?」
「はい。本当ですよ」
「そ、そういうのは傭兵の仕事では? 自警団とか……」
「彼らの手に
心底本気で言っているのだろう言葉に、
「連中の手口は先程のエキドの街で聞きましたし。新しい護衛の傭兵の方もいますから、心配はなさそうですが」
新しく契約した傭兵ギルド『
その時だ。ラグがこちらを見遣り、
「オレがいるのに」
「24時間、ずっとラグが外を監視するわけにはいかないでしょう? まだ半月近くあるのですから」
「……それは、そう、だが……」
納得がいかないのかラグは小さく
「もっといいギルドあったはず! 『雲わた』の連中、絶対サボる!」
「賃金をいただくのですから、きちんと働くと自分は思いますが」
素直に相手を信じてしまうらしいルキアに、ラグはどう説明したらいいのか困り果てているようだ。
島の出身のラグは帝国の共通語があまり上手くない。慣れないと
「ラグ殿は『雲わた』の方たちのことをご存知なのですか?」
テーブルの上にカップとソーサーを置きながらそう
「あいつらのこと、うちの連中はよく話してた」
うち、というのは『渡り鳥』の傭兵たちのことだろう。
「賃金低い、いい加減な仕事、する」
「………………」
無言で聞いていたルキアの赤い瞳が、どことなくぎらついているように見えてトリシアは
(あれ……? ルキア様、なんだか怒ってない……?)
「もしそれが本当なら…………
「そうだ!」
激しく
「自分はあまり
「ルキア様っ!」
慌てて口を
「あ、あの……えっと」
戸惑って口ごもると、ルキアはふんわりと甘く笑ってくれた。
「緊張、させてしまいましたか。すみません。自分は軍人なもので、軍律や法律をどうも厳しく守らねばという考えがありまして」
「……その、あまり乱暴は……しないでください、ね?」
小さな声で言うと、彼は目を丸くしてまじまじとこちらを見てくる。可憐な顔にそんなに見られると、どうしても頬が
「どうでしょう? 困りました」
「む、難しいでしょうか?」
この小柄な少年が凄腕の魔術師としても……それでも危険な目に
寝覚めが悪いではないか……もしも、死なれたりしたら。大怪我でもされたら。
トリシアの腕力でさえ、下手をすれば壁に投げ飛ばせるかもしれないのに……。
「トリシア! ルキア、弱くないぞ」
そう言ってこちらに身を乗り出してくるラグは、ひどく
「腕相撲、トリシアより強いぞ」
「え? いえ……あー」
歯切れの悪い声を出してしまう自分は未熟者だ。こういう時はさらりと受け流すべきなのに。
ルキアは軽く笑い、じゃあ、と細腕をテーブルの上に出してみせた。
「やってみましょうか、腕相撲。自分は負けませんよ、トリシア」
「……無茶言わないでくださいよ、ルキア様」
「ははっ。そうですね」
腕を引っ込めるルキアは無邪気そのものだ。
「トリシアの腕を折っては困りますし」
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