序章 ~07~

 嘘を言っているのがそもそも引っかかっているらしい。誰しも隠したい事情があることがあるのだと、ルキアは理解していないようだ。

 それもそうだろう。彼の学歴や出生には、曇りなどひとつもない。隠し立てするようなことがないから、後ろ暗い者の考えがわからないのだ。

「なぜ嘘をつくのか、自分にはわかりません。異界から来て、誰かに迫害はくがいでもされたのですか?

 政府はあなたたちの身柄を保証しているはずです」

「おっ、おまえ……!」

 さすがにハルがこめかみに青筋あおすじを浮かべたので、トリシアは真っ青になってルキアを揺さぶった。

「ダメですよ、ルキア様! ひとには触れて欲しくないことがあるものなのです! 傷に塩をるようなものですよ!」

「えっ」

 驚いたように目を見開くルキアは動きを止め、振りあおいでくる。揺れる赤色の瞳はまるで宝石のようだ。

「そう、なのですか? ハルは故郷のことを知られたくないと?」

「? そ、そうじゃないですか、どう考えても」

 どうやら今までの言動から、まったくそうは思っていなかった様子だ。ルキアはハルに視線を戻し、丁寧ていねいに頭をさげた。

「申し訳ありません。うるさい、あちらへ行けとばかり言われていたので、話したくないとは思いもよりませんでした。謝罪いたします」

 呆気あっけにとられるハルに、ルキアは深々と頭をさげている。

「自分はどうも、言葉を額面がくめん通りに受け取ってしまいがちで……。失礼いたしました。

 気が済まないようでしたら、殴ってくださってかまいません」

 体育会系の解決方法を提示ていじし、ルキアは顔をあげた。どうぞ、と言わんばかりに頬をハルのほうへ向ける。

 ハルは困惑し、眉間に深くしわきざんでいる。トリシアははらはらと見守るしかない。

「……子供を殴れるか!」

 怒鳴り、ハルはきびすを返してさっさとその場をあとにした。

 残されたトリシアは安堵あんどの息を吐き出す。乱闘騒ぎにならなくてよかった……。

 ルキアは姿勢を正し、悲しそうに眉をひそめる。

「……失礼なことをしてしまいました……」

「ルキア、元気だせ」

「ですが……」

 ラグのはげましも効果はないようで、彼は落ち込んでいる。

「ラグ! 自分を殴ってください!」

「だめだめだめですーっっ!」

 二人の間に割って入り、トリシアは両手を左右に広げた。無茶苦茶するのもやめてほしい!

「なんなんですか、すぐ殴るとか!」

「……いえ、軍律ぐんりつにはありませんが、上官はよく……」

 さすが軍人、と感心してしまいそうになる。女の子のような見た目と違って、ルキアはかなり体育会系な育ちのようだ。

 だが、ラグのような傭兵が殴ればきっとルキアは吹っ飛ぶだろう。そんなこと、自分の目の前でさせるわけにはいかない!

「そういう乱暴な解決法はいけませんよ、ルキア様!」

「そ、うなのですか?」

 首をちょこんとかしげるルキアはラグに目配せする。

 ラグは少し目を見開き、うん、とうなずく。どうやらトリシアに同意してくれたようだ。

 この妙な空気をなんとかするべく、トリシアは話題を振った。

「そういえば、もうすぐエキドのまちに到着します。わりと大きめの街なので、停車時間も長いですから、お買い物などしてください」

「トリシアも来ませんか?」

 …………は?

 ルキアの提案ていあんにトリシアが目を点にする。

「いつも車内でお仕事ですから、気分転換をしましょう。だめですか?」

「……あの、自由時間は確かにもうけられていますが、お客様に同行するなど前代未聞というか……」

 あせるトリシアは逃げ道を探すように脳内の引き出しをこれでもか! というほどひらいていくが、いい案が浮かばない。

 ブルー・パール号に限らず、各列車は大きな街の駅では停車時間を長くしている。さすがに1日も停車はしないが、最長で6時間は停車することもあるのだ。

(そ、それにエミリ先輩と一緒に買い物する約束……)

 うつむいてしまうと、ルキアが軽く目を見開き、肩を落とした。

「すみません。また立ち入ったことをしてしまったようですね。

 では我々だけで行きましょうか、ラグ」

「ああ」

 こっくりとうなずくラグは歩き出した。ルキアもそれに続く。

 横を通り過ぎる時、小さな声で「すみません、トリシア」とささやかれた。

(…………いい子、なんだけどなぁ……)

 気分転換にと誘ってくれたのも、本心からなのだろう。彼が乗客で、しかも自分との身分に差もなければもっと気軽に声をかけられるのかもしれないが……無理な話だった。


 弾丸ライナーは乗り込んでくる客は前もって車掌に知らせが入り、乗車、降車の客がいない駅は通過するようになっている。

 各駅停車をするのは一般的な列車のみで、トリシアは時々鈍速どんそく列車にも乗ってみたい気分にられる。

 エキドの街は荒野の中でも護衛をきちんとギルド『蒼天そうてんの槍』がおこなっていて、治安もいい。

(なぜ……)

 困惑した表情で、乗務員たちの買い物を済ませているトリシアは、少し離れた場所にいるラグをそっと見た。

 彼はいつもので立ちで、周囲をさりげなくうかがい、警戒していた。もっとも、外套がいとうの背の部分に大きく『渡り鳥』の紋様もんようがあるのだから、滅多なことでは誰も手出しをしてこないだろう。

 治安がいいとはいえ、エキドの街は商人もさかんに出入りしており、確かに……護衛は居たほうがいいかもしれないけれど。

(ラグが……?)

 だらだらと汗を流すトリシアは買い物袋を両手でかかえ、再びラグをうかがった。

 彼は不思議なことにそれほど目立ってはいない。……なぜだろう。

 そもそもラグもルキアも、自分に親切に接してくる理由がわからない。ルキアは気まぐれだろうが、ラグはそれに便乗している……とも考えられるが。

(そういえば嫌われたくないって言ってたわね)

 ……もしかして、友達とかいないのかしら。

 嫌な考えに至り、しぶい表情を浮かべてしまう。友達が貧困だから、自分が構われているとしたら悲しすぎる。

 買い物を一通ひととおり終えたトリシアのすぐ後ろにいつの間にかぴったりとラグが居て、仰天ぎょうてんしてしまった。

「ら、ラグ?」

 思わず素で名を呼んでしまうと、彼は無言のままにこっと愛想のいい笑みを浮かべた。

「買い物、終わったか?」

「…………あの、いくらなんでも、簡単に引き受けすぎだと思うんですが」

「? なにがだ?」

 思わず彼の顔を凝視ぎょうししてしまう。

 彼がトリシアの護衛についているのは、乗務員たちから頼まれたからだ。つまりこれは金銭の発生する仕事なのだが、彼はそれを断って自主的にトリシアについて来ている。

「ルキア様と一緒に行くんじゃなかったのですか?」

「ルキアは軍の、連中、用事ある」

 つまり、ルキアはここに駐屯ちゅうとんしている軍人たちに用があるからいない、と言いたいらしい。

 確かに軍に関することなら、傭兵であるラグはそこに立ち入れない。帝国軍は大きな街には必ず駐屯地があるのだ。

 どんっ、と軽く誰かにぶつかられてあわてて体勢をたもつ。背中をそっと押されて転ばずに済んだのは、ラグのおかげだ。

 彼はひょいと何かをかかげた。ぎょっとする。彼が持ち上げたのは子供だったからだ。

「はっ、放せよ!」

 手足をばたつかせる少年を軽々と頭の高さまで持ち上げるラグは、彼をじぃっと見つめた。黄緑ペリドット色の瞳は怖いくらい真剣だ。

「おまえ、盗んだものを出せ」

「えっ?」

 驚くトリシアが自分のふところを探る。ない。財布がない。

 あの一瞬でトリシアをささえ、盗みを働いた子供を捕まえたらしい。腕のいい傭兵と聞いてはいたが、これほどとは……。

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