序章 ~05~
「トリシア、ルキアはどうした?」
いきなり呼び捨てかい、と心の中で突っ込みかけてしまう。
「ルキア様は眠っておられます」
「病気か?」
「え? いえ、魔術でお疲れになったのだとうかがってますが」
「まじゅつ?」
首を
「そうか……。無事ならいい」
にっこりと笑うと、ラグは本当に若い。可愛らしい笑みにトリシアが
「トリシア、大丈夫か?」
「えっ! あ、申し訳ありません!」
「え……。いや、そんなことは、ない」
どもるラグは軽く頬を赤くして、照れたように
(あ、そ、そうね。ラグも、こうして見ると美形と言えなくもないというか……)
すごい美形のルキアと、やや美形のトリッパーの男を見ていたため、少々目がやられていたらしい。
いかにも平民の傭兵ということは、手の届く範囲の男だ。ルキアほど遠くないので、男に
「トリシア?」
「へっ? あ、はい、なんでございましょう?」
「手伝うと、言った」
「ああ、自分も手伝います」
ラグの背後から
「これではここはもう使えませんね。二等客室の
「え……。ル、ルキア様」
「いいんです。今、一等客室には自分しかいませんから、気になりませんし」
そういう問題ではない。
一等客室の客人にこう言われては、乗務員たちは逆らうことなどできないのに。
「ラグも一緒に後でお茶をどうですか?」
「お茶?」
「眠気覚ましにいいお茶があるのです。食堂車くらいでしたら、乗務員の皆さんも彼の立ち入りを許可してくれるでしょう?」
笑顔がまぶしい! と、全員が「うぅ」と
本当は「ダメです」と言うべきところだが、ルキアの強引な笑顔に負けてしまった。
「トリシア、自分も手伝います。
「な、なりません!」
我に返ったトリシアが、ぐっ、と手に持つ箒に力を入れた。ラグがそこを
「オレによこせ。オレが使う」
「なりません! 放してください、ラグ
すごい力だ。トリシアは全力で踏ん張っているが、ラグはさして力も入れていない様子なのに、箒が取り上げられそうになっている。
(ひぃぃ! セイオンの男って、こんなに力が強いの? それともラグが特別なの?)
涙ぐむトリシアに、事態は悪くのしかかってくる。ルキアも箒の争奪戦に参加してきたのだ。
「自分がやりますよ。トリシア、手を放してください」
「だ、ダメですって、言ってるじゃありませんか……!」
(ま、負けそう!)
なぜ自分に
背後のエミリに助けを求める視線を
ここまで順調に生きてきたはずだ。このままここで暮らし、そこそこ収入を得ている男性と結婚し、そして
平凡な平民の娘をからかっているのか?
「ルキア様、おやめください! ラグ殿も、手、手を放し……!」
「いいえ。そういうわけにはいきません」
「手伝うと、言った」
(なんでよー!)
ぐいぐいと引っ張られる。
「こ、これは私の仕事ですからっ!」
大声で言ったトリシアは、はっ、として棒立ちになっている二人を見遣った。
(しまった……お客様に怒鳴っちゃった……)
青くなるトリシアの箒からラグが手を放す。続いてルキアもそれに
(あああああああああ! やっちゃったー!)
平穏人生が転落する音が聞こえる……!
がたがたと
「えらい。仕事、頑張れ」
「へ?」
「お仕事の邪魔をしてすみませんでした」
「ええっ?」
それぞれがあっさりと手を引いて去っていくので、トリシアは呆然としてしまう。
二人がなにか楽しそうに
「……厄介なのに目をつけられたわね、トリシア。旅の間中、たぶんあんたに声をかけてくるわよ、あの二人」
ご
「エミリ先輩~! どうにかしてくださいー!」
「無理無理。あのセイオンの剣士もルキア様も、見た目はいいけど性格がねぇ……」
「そんなぁ!」
いやだ! すごくいやだ!
ぶんぶんと頭を振るトリシアを、
*
おかしい。どこで私の人生は間違ってしまったのだろう。
トリシアはやっと1日の業務を終えて、あてがわれている
ぐったりとした状態で狭い寝床に
列車は小刻みの揺れを取り戻し、次の駅へと向かっている。
(エル・ルディアまであと半月もある……。長い……)
いつもならあっという間の旅路も、今はとても長いものに感じる。
ごろんと寝返りを打って、トリシアは
いつの間にか眠っていたのだろう。意識がとても遠い。
トリシアは瞼を擦り、差し込んでくる太陽光に目を細めた。
(うぅー……体が痛い……)
ゆっくりと起きて、
狭い室内で
細かく揺れる車内で、トリシアは髪をまとめあげ、お団子状態にする。どこかのメイドのようだという印象を鏡越しに受けた。
平凡な顔だなと改めて思い、ルキアの
(そういえばラグは、ルキア様と一緒に行っちゃったのよね、昨日)
掃除のあと、声をかけられるかとビクビクしていたが、
職場の仲間たちの話によると、一等客室の食堂車で、ルキアとラグが
二人に共通点など見られないが、どうも話が合うようで仲良くなってしまったようだった。
1日の仕事を終えるまで、トリシアは彼らに会うことはなかった。
乗務員の集まる小部屋に行くと、タイミング良く朝会が始まる。
今日のトリシアは三等客室の食堂車の手伝いに決定された。
(げっ。なんでルキア様がここに?)
目を
(げげっ。見つかった)
「おはよう、トリシア」
(げげげー! 声までかけてきたー!)
逃げられないと覚悟を決めるしかない。近づくと、頭を下げる。
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