2020.10.16~2020.10.31

 かつてこんなにもイラついたことがあっただろうか。友人から涙ながらの呼び出し、待ち合わせたファミレスに駆けつけてみれば、交際報告+のろけのマシンガントーク。呆れてものも言えず、頼んだパフェは突っつきすぎてぐずぐずだ。

「あんたも早くカレシ作ればいいのに~」

 うるせえよ。

(2020.10.16)



「なんだこの実績は!目標未達じゃないか!」

 部長は集計表を叩きつけた。あんたが決めた数字だからだよ――そう言いたいのを堪えて、宇賀うがは頭を下げる。宇賀が立てた売上目標は二段も三段もかさ増しされて、指先すら届かない壁に変えられていた。本当なら大幅達成なのに……悔しさで震える。

(2020.10.17)



 ほんの小さな妬みだった。給料泥棒のくせに重大な案件を任されて、なりふり構わず挑む姿が醜くて、俺は回覧される契約書の数字にちょっとした細工をした。よく見れば気づく程度の、見落とせば案件がポシャる程度の。見落としたあいつが悪い。あいつのせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ。

(2020.10.18)



「クソ、まじムカつく。タヒねばいいのに」

「……もうちょいおしとやかにできませんかね。中身はともかく見た目は美少女なんだから」

「ありがとうございますいや違うわ、でもでも、これだから私ってところあるじゃないですか。素材の味が活きるっていうか」

「素材で台無しなんだよなあ」

(2020.10.19)



 皐原さつきは由里子ゆりこの頭には、いまだ誰も聴いたことのない音楽が流れている。天才――しかし世に彼女を知る者はいない。音楽は鳴ると同時に消えてしまい、採譜することができないのだ。第三者に確認できない才能は無に等しい。由里子は耳を塞ぐ。溢れる才能は内側を傷つけながら、美しく続いていく。

(2020.10.20)



 夫は度を越した無感動だった。末期がんを宣告されたときも、まるで料理の説明を聞いているような反応で、

「どうしてそんなに落ち着いてられるのよ!」

 言わずにはいられなかった。

「今さら足掻いても始まらんだろう」

 そうじゃないんだ。あなたがそんなだから、私が悲しめないんだよ。

(2020.10.21)



 市議は公用車に乗り込む。税金を食い潰す高級外車は非難の的だ。座席にふんぞり返った彼は、運転手の見知らぬ顔に驚く。

「だ、誰だ!?」

「善良な一般市民さ。公用車の安全性とやらを体験してみようと思ってね。さあ、出発進行!」

 運転手はアクセルを踏む。側面が縁石に激しく擦れる。

(2020.10.22)



 薄暗いバーのステージで、反りの合わないトリオで一曲演り、拍手をもらう。しがない太鼓叩きの日常だ。しかし、このシガーと脂の染み付いた部屋で、男と女が静かな斬り合いを演じるのを眺めるのは楽しい。ほら、また始まったぞ――ヤジを飛ばすように、俺はライドシンバルを鋭く打ち鳴らす。

(2020.10.23)



 鱗のようにきらめく水面に向かって一直線、からすとかもめは、もつれ合いながら墜ちていく。あっと思った瞬間、二羽は弾かれたように離れ、一輪の波紋も鮮やかに空へ舞い上がる。白昼の攻防はただ独り、暇をもて余した男の目にだけ映っている。俺はあんなふうに、命の鎬を削り合えるか。

(2020.10.24)



 下ろし立てのスニーカーは足に吸い付くようで、僕はうれしい気持ちで街を歩く。人が行き交う大通り。野良猫がうろつく路地裏。見慣れた景色もそうじゃない景色も、新鮮な光に匂い立っている。汗ばんだ額を拭えば、10月の風が冷たい唇をつけていく。快い疲れに痺れた腿が、じわりと熱い。

(2020.10.25)



 少女は父の愛に飢えて死んだ。武士は主の姫を守れずに果てた。ふたつの魂は時を越えて、とある戦場に受肉した。言葉の壁が、意思の疎通を妨げる。しかし根を一にする想いは、次第に互いの失ったものを埋めていく。武士は刃を振るい、少女は笑みを返し、ふたりは血に濡れた道を歩み進む。

(2020.10.26)



「月が綺麗ですね」――最も叙情的な愛の告白……莫迦らしい。そんな遠回しな表現で誰が分かるというのか。詩人を気取る暇があるなら「好きだ」と、ただひと言告げればいいのだ。伝える気が無いなら、最初から口をつぐんでいればいい。この私のように。ああそうさ、意気地無しだと笑わば笑え。

(2020.10.27)



 その雑居ビルの最上階は空室で、壊れたブラインドや倒れたキャビネットが窺える。しかし時おり、窓に人影を見ることがある。警備だろうか。

「え、そんなはずありませんよ」

 雑談がてらテナントの従業員に話すと、彼は顔を強張らせた。

「だってあの部屋――」

 内側から塞がれてますから……。

(2020.10.28)



 くたくただ。帰路を踏む足も揺れている。が、この疲労には快さがある。清々しさと言ってもいい。それはきっと、やりたくてやっている仕事だからだ。前の職場ではこんな経験はなかった。楽な仕事だったが、疲労は比べものにならないほど重かった。悩んだけれど、転職して本当によかった。

(2020.10.29)

 


 見慣れた拷問の風景――しかし菅沼すがぬまはかつてない吐き気を堪えていた。にきび面の新入りは、眉ひとつ動かさず密告者の生爪を剥ぐ。ヤクザ稼業は長いが、こんな奴は見たことがなかった。

「俺は他人の嫌がることを躊躇なくやれるだけですよ」

 そういう次元じゃない……たまらず菅沼は部屋を出た。

(2020.10.30)



「ど、どういうことだ……?」

 お化けたちは呆然と立ち尽くした。ハロウィンを迎えた街角に、人間の姿はない。

「見ろ!」

 骸骨が新聞を拾ってきた。一同は顔色を変える。

「……俺たちより恐いものがあってたまるか」ドラキュラ伯爵は牙を剥いた。

「作戦会議だ!なめたよそ者をぶっ潰す!」

(2020.10.31)

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