2020.7.1~2020.7.15

 黒部峡谷で野鳥の会が消息を断った。捜索隊はGPSを便りに山深く踏み入る。モニターの光点は谷底で留まったが、位置を重ねても人の気配はない。訝しむ彼らの足元で、突如土が舞い上がった。煙が晴れた後、そこに捜索隊の姿はなかった。転がったモニターには、高速で動く光点が映っている。

 (2020.7.1)



 噛み殺したあくびが、しつこく甦ってくる。食い縛った歯のすき間から、生臭い息が漏れる。昨日の夜更け、夢で交わった名もない女のそれと同じにおいがする。未練がましい女は嫌いだ。ひと思いにくびり殺そう――腕を伸ばし、その細い首を締め上げた。指の痕が黒々と浮かび上がる――俺の首に。

 (2020.7.2)



 型破りな生きざまで一世を風靡したロックスター。豪邸に住み高級車を乗り回し、痛烈な言葉で世界に毒づいた。死後、その持ち物は全てレンタルで、収入の大半を慈善団体に寄付していたことが分かった(一部は不正に使われていた)。


“平和はいくらで買えるんだ?”


 彼の遺作の一節である。

 (2020.7.3)



 ひしゃくで玄関に打ち水をしていたら、学校帰りの小学生が物珍しそうに眺めているのに気づく。笑いかけると、近づいてきた。

「何してるの?」

「こうすると涼しくなるのよ」

 小学生は目を丸くして、

「なんか、いいね」

 すてきな言葉だと思った。文化とはそういうものではないだろうか。

 (2020.7.4)



 トンボの群れが野原を飛び交っている。幼い孫は夢中になって、虫取り網を振り回している。私はトンボが嫌いだ。そのシルエットが爆撃機に似ているから。80年前に街を―父母を焼いた魔物。だから孫の虫取りには必ず付き添う。網の中で惨めにもがく姿を見て、燻る憎しみを冷ましているのだ。

 (2020.7.5)



 審議中に居眠りする議員の何と多いことか……そこで眠ると座席に電気が流れるようにした。暴かれた不届き者は罷免された。次の選挙の公約は候補者一同示し合わせたように、

「私は決して眠りません!」

 今、議会で居眠りする者はいない。集中し目を見開いている。審議の内容そっちのけで。

 (2020.7.6)



 カササギの橋が、落ちた。

 投げ出される身体、

 きみの悲鳴、

 伸ばした手は頬を掠め、

 視界は反転、

 天の川が迫って、


 ……気づくと、大地に倒れていた。無機質な建物の群れ。ここは、地球か。彼女も同じ場所にいることを直感する。大変なことになった……織姫、きみは一体、どこにいるんだ?

 (2020.7.7)



 あなたは鳥のように、私の唇を啄んだ。キスに似た戯れは胸をそぞろかすばかりで、私は抱かれながら涙を流すのだ。

 ああ、この身が果実なら!私は喜んでその嘴に毟られよう。風に剥き出しの種を晒そう。

 しかし、果実ならばこの思いも捨てねばならぬ。愛を知るは人なれば、人なればこそ。

 (2020.7.8)



 犯罪組織が警察の内部を探ろうと、ロボットの警官を製造した。高性能AIを搭載、人間と見分けがつかない出来にボスも大満足。

 ところが警察署に送り込んだ初日にバレてしまった。

「おかしいな、見た目も動きもイメージどおりに造ったのに……」

 もちろん“彼らの”イメージどおりに、である。

 (2020.7.9)



 夢想と嗤われても

 理想と蔑まれても

 疼きを止めない

 あなたの心を

 私は気高く思う


 泥にまみれようと

 雨にうたれようと

 歩みを止めない

 あなたの体を

 私は美しく思う


 あなたの血が

 あなたの涙が

 誰かを癒し

 誰かを潤す


 そして

 その清き心に

 その清き体に

 可憐な花を一輪

 咲かせるのだ。

 (2020.7.10)



「いいじゃない、一回くらい」

 くちなしの香りにそそのかされて、好きでもないあなたに身をゆだねた。白いシーツの上で交わした睦言は、花びらのささやきに似て甘かった。

 そして私は本当の愛を失った。砕けたマグカップ。冷たくなった薬指。分かっている。全部、私のせいだってことは。

 (2020.7.11)



 ある日、天使は一人の青年に死を告げるため、彼のもとを訪れた。みずみずしい果実のような容貌に、天使はひと目で恋に落ちた。懇願する青年にほだされた天使は禁を破り、寿命を刻む砂時計をひっくり返した。しかし神によって事は露見し、天使は青年の髑髏を被せられ、天界を追い出された。

 (2020.7.12)



 培養液で満ちた生け簀からは幾本もの手足が生えている。蝋細工のように蒼い膚が裸電球に浮かぶ様は現実離れも甚だしく、眩暈がしてくる。

「世話は楽ですよ」研究員は言う。

「虫が付かないようにするくらいです」

 天井に提げられた蝿取り紙は真っ黒に蠢いている。私にはできない仕事だ。

 (2020.7.13)



 太陽の軍勢が奮う力は圧倒的だった。地に突き立った矢は新たな森となり世界を照らした。闇は切り払われ、黴の王様は洞穴の奥で身を震わせている。傍らには立ち往生した陰気な家臣が行儀よく控えている。よく見ればその顔は王様自身で、哀れな主君はままごとに興じていただけなのだった。

 (2020.7.14)



 路地裏で朝顔が露に濡れている。7月15日――この町にとって特別な意味を持つ日。舁き山が勢いよく動き出し、血が震えるような男たちの「オイサオイサ」が響きわたる。 今年、その勇壮な光景はまぶたの内にある。白みゆく空から陽が花に降りてくる。私たちは待つ。博多に再び山笠が走る日を。

 (2020.7.15)

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