2020.6.1~2020.6.15

 雨の季節が来ました。池のほとりではカエルがげこげこ歌っています。そこへフナが顔を出しました。

「ずいぶんとご機嫌だね」

「そりゃそうさ、毎日が雨だもの」

「そうかね。私は頭の上が騒がしくて困ってしまうよ」

「へえ、おかしいなあ」

「うむ、おかしいなあ」

 二人は笑いました。

(2020.6.1)



 女の子が神さまにお願いをした。

「お星さま、全部ちょうだい!」

 次の日、NASAにて。

「た、大変です!銀河中の星が地球に向けて移動を開始しました!」

 両親は慌てて、娘に願いを取り消すよう説いた。女の子はしぶしぶ、

「やっぱりいらなーい……」

 こうして地球は滅亡の危機を免れた。

(2020.6.2)



 長い自粛期間も終わり、久しぶりの登校だ……けれどローファーの靴音は鈍い。何度手をやっても、切り損ねた前髪は元には戻らない。友達のからかいは別に平気なんだ。でも。

(やっぱり見てる……)

 あの人の視線。わらうならわらって。ほめるならほめて。だんまりが、いちばんつらいんだから。

(2020.6.3)



『悲愴』第4楽章、怒濤の最高潮。指揮を振る私の目に、静かに席を立つ果奈の姿が映る。細腕が重いばちを握り、銅鑼の傍らに控える。弦楽の溜め息の果てに、桴が鈍色の表面に降りて、

 死の嘶き――。

 これほどに美しく銅鑼を打つ奏者を私は知らない。金管の讃美歌に送られ、彼女は席に戻る。

(2020.6.4)



 富山湾上空で発生した航空機のエンジントラブルは、空中分解という最悪の結末で幕を閉じた。機体は火の玉になって墜落し、惨劇は蜃気楼に映し出された。同時刻、八代海や有明海でも墜落事故が目撃されたが、これは何らかの空間同期によって蜃気楼と不知火がリンクしたものと見られている。

(2020.6.5)



 ついに仕事を辞めた。職種も人間も合わず、意志なき作業の繰り返しに人生を費やすのは馬鹿らしいと踏ん切りをつけたのだ。無職初日、できなかったことをやってみる。平日の昼間からビールでうたた寝。やがて日常に溶け込んでしまうとしても、今はこのたまらない贅沢を心の底から味わう。

(2020.6.6)



 世界的犯罪組織の会合が行われていた。各国の有名人が顔を揃えている。

 と、部屋のドアが破られ、国際警察がなだれ込んできた。抵抗の暇もなく一網打尽、参加者は連行された。 最後に残った首領に、刑事は声をかけた。

「ご協力感謝します」

「もう飽きたからな。世界平和に貢献するよ」

(2020.6.7)



 道端で戯れていた猫が、つと立ち上がり雑居ビルのすき間に向かった。振り向いて私を見る。隠れ家か?胸踊らせ小さな尻を追った先は、反対側の道だった。拍子抜けたが、足元から聞こえる鼻息は荒い。そうか、ここは自慢の景色なんだ。

「すごいね」

 頭を撫でると、猫は誇らしげに鳴いた。

(2020.6.8)



 我が家の愛犬コーギーのベルは、2歳になる息子のよき兄貴分だ。積み木遊びもお手のもの、危ないことをしようとしたら吠えて止めてくれる。唯一苦手なのは片付けだが、最近は息子を見習って、遊んだあとのボールを箱に仕舞うようになった。今は二人でお昼寝中。これからも、兄弟仲良くね。

(2020.6.9)



 娘は泣き続けている。疳の虫が強く、思い通りにならないとすぐに感情を爆発させる。所かまわず声を張り上げ、床を踏み鳴らして暴れる。叱っても聞かず、疲れるまで止むことはない。それが毎日毎日繰り返される。頭が割れそうだ。隣人がドアを叩いている。どうしたらいいの。誰か助けて。

(2020.6.10)



 自分の書く字が大嫌いだ。角ばってて歪んでて……泣きながら筆を動かす私に、

れいちゃんの字、かっこいいね」

 先生はそう言ったのだ。

「下手くそだよ……」

「ううん、この元気の良さは麗ちゃんにしか出せないよ!」

 信じられないけど、へなへなの『あ』が何だか動き出しそうに思えてきた。

(2020.6.11)



 明日はいよいよ夏祭り。準備をしながら、浴衣姿の君を想う。やんちゃな君の、可憐な一面を見ることができるひととき。裾を気にする仕草にきゅんとしたり、うなじの白さにくらくらしたりするんだろうな。ゆで蛸みたいなのぼせもんの傍らで、夏の装いは静かに、衣紋掛けで羽を休めている。

(2020.6.12)



 早いもので、彼との付き合いは10年になる。周りは「何で結婚しないの?」と呆れるけど、今のところ私も彼もその気はない。この距離感が心地よいのだ。途中で断ち切るなんてもったいない、飽きるまで楽しもうと思う。結婚はいつでもできるし。還暦迎えてバージンロードってのも悪くない。

(2020.6.13)



「泣きながら笑うのにはもう耐えられなかった……だから妻とその愛人をこの手で……喜劇は終わったんだ」

 男の様子を別室で見る刑事二人。

「彼は何の話を?刃物を所持していただけで、誰も殺しちゃいませんよ」

「境を越えちまったのさ。喜劇は終わった、か……世の中役者だらけで嫌になるぜ」

(2020.6.14)



 降りしきる雨が渚を撃つ。行き場をなくしたかもめが独り、茫然と足を洗われている。せっかくの休暇が台無しだ。高い金を払って来たというのに。椅子にかけたレイが目にも毒々しい。鈍い頭痛に導かれ、現と夢のあわいを振り子のように揺られる。南国の午後は灰色に煙りながら過ぎていく。

(2020.6.15)

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