2019.12.1~2019.12.15
閻魔の前に一人の老人が引き出された。彼は世界中の凶悪犯を殺害して回ったのだ。
「稀代の大罪、八熱でも足らぬところだが、此方はお前が殺した者どもの始末で大わらわだ。よって地獄の地を踏むことを禁ずる。辺境を永久に彷徨せよ」
老人は頷いた。その顔に怯えの色は微塵もなかった。
(2019.12.1)
収穫の季節を終えた田園地帯を鉄塔の行進が横切っていく。何処から来て、何処へ向かうのか……木枯らしの問いかけに返事はない。降り積もる年月は彼らを蝕み、化石になることすら許さぬだろう。忘却と決められた行く末を知ってか知らずか、行進は靴音もなく、地平線の彼方へと去っていく。
(2019.12.2)
中東には油田の畔に生える木があり、幹の中を石油が流れている。過酷な環境で生きるため石油を血とする術を勝ち得たのだ。自然は時に人間の常識を容易く覆す。月が煌々と照る夜は葉の裏から石油が染み出し、砂の上に幾何学的な紋様を描く。その跡で吉凶を占う風習が各地に伝わっている。
(2019.12.3)
人は稀有な価値に金を払う――これを知った私は稲妻のような閃きを得た。この世で最も稀有な価値……それは今の私自身だ。目論見通り、『16歳の少女』は面白いように売れた。高級マンションの一室で、私はかつての商品だったマッチを擦る。炎に浮かぶ景色は幻ではなく、この手で触れる本物だ。
(2019.12.4)
世渡り上手を真似てそれらしく振る舞う。少しでも強く見せるために。まるで蛾だ。鳥の目を模す蛾。強者の姿を借りて身を守る弱者。稚拙な思惑だ。端から見れば滑稽な有り様だろう。だけど僕はそれでいい。嗤われているのは「僕じゃない誰か」だから。恐れる事はない――恐れる事はないのだ。
(2019.12.5)
仇敵が腹の中に残していった針は、鬼をひどく苦しめていた。胃が傷ついて物が食えない。吐けども吐けども血しか出ず、上が駄目なら下からと大量の下剤を飲んだ。針は排出されたが腸が滅茶苦茶に引き裂かれ、鬼は死んでしまった。
一方その頃、一寸法師は都で優雅に鍼を打っていたそうな。
(2019.12.6)
老いらくの恋などみっともないと思っていた。それがどうだ、この愚かな爺は孫みたいな娘に惚れてしまった。それで済めばよかったが、あろうことか娘は爺を受け容れてしまった。おかげで当分くたばるわけにはいかなくなった。幸せかって?もちろんだとも。しかもとびきり命がけの幸せさ。
(2019.12.7)
ひとつ屋根の下で暮らし始めたブレーメンの音楽隊、それも長くは続かなかった。紅一点の鶏をめぐって犬と猫が大喧嘩、独り蚊帳の外の驢馬は我慢に耐え兼ね二匹を蹴り殺し、鶏は新たな若い雄を探しに家を出ていった。
……が、伝承では歪曲されて“音楽性の違いから”ということになっている。
(2019.12.8)
防波堤から釧路の海を臨む。遥か南、ソロモンの海底に兄の乗る潜水艦は沈んでいる。時おり兄が夢に現れる。寒いよう、寒いよう――そう言いながら私を叩く。兄は私を錨として現世に留まっているのだ。呪縛を絶つため私は今から南の海に赴く。決意とは裏腹に、さざ波の音はあまりにも優しい。
(2019.12.9)
なりふり構わず仕事するヤツがいてもいい。白い目で見られようが意に介さず、信じる先に道を見いだす……そんな人間にしか辿り着けない場所はあるのだ。
だが開拓者よ、忘れるな。君が進んだ跡を片付け、道を整備する者がいることを。時々後ろを振り返り、彼らに労いの言葉をかけることを。
(2019.12.10)
『今昔画図続百鬼/偽』たぬき舟
婆を食ひし狸
兎にたばかられ
泥舟もろ共海中にしづむ。
されどその妄念すさまじく
骨肉泥とまじり
ふぐりほと張り舟となりぬ。
あやし火あまたともなひて
うゝさぎめさぎめとののしりけると
佐渡の荒海にいひつたふ。
かちかちと唱ふれば消へるとなん。
(2019.12.11)
私は戦場で数多の命を奪ってきた。いつか罰を受け、罪の洗われる日が来るのを夢見ながら。しかし神は沈黙を守り、勲章の数だけが増えていった。胸元で鮮やかに輝く墓碑。神よ、貴方は何をお考えなのか。いまだ罰を受けるには足りないならば、私はどれだけの人間を殺せばいいというのか。
(2019.12.12)
やっぱり僕たちは分かり合えなかったね。利き手が違うと知った時からそんな気はしてたんだ。手を繋ぐにはどちらかが自分を偽らなきゃならない。ぼくはできなかった。きみもできなかった。それだけのことさ。さあ、お別れだ。きみはきみで、ぼくはぼくで、自然に手を繋げる人を探そうよ。
(2019.12.13)
篝火を焚け、油を絶やすな!然れど目を遣るは照らし出された景色に非ず。火の光でも露わに出来ぬ闇こそを見よ。闇とは冥府魔道のあわいなり。そこから先は、何が在るかも知れぬ道、何も無いとも知れぬ道。勇敢なる者よ、知りたくば飛び込め。帰り路はこの篝火がきっと導いて呉れようぞ。
(2019.12.14)
上司に噛みつき部下を叱咤、それ以上に自分に厳しく仕事を片付ける…そんな『社会人の鑑』よりも、テキトーに仕事して世辞が上手いヤツが出世する。時々自分をバカらしく思うこともあるが、じゃあアイツらみたいに賢くなれるかと言われたら答えは「否」。俺はぬるい仕事なんかできない。
(2019.12.15)
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