2019.12.16~2019.12.31

 干魃はダムに沈んだ村を地表へと引き戻した。かつて屋根だった木材の上で、ブリキの風見鶏はそのままの姿で空を見ていた。彼は思う――太陽よ、水底から眺める景色がどれほど冷たかったか、お前に分かるか。薄情者めに今こそ一矢報いる時。復讐に燃える鳥は天を睨み、声を枯らして軋み泣く。

(2019.12.16)



 ここが村の聖域という岬か。足下10メートルはどこの海辺にもある光景だ。この場所に毎年生贄が捧げられているなんて信じられない。妻はどんな気持ちで落ちたのだろう。私はギアをNに入れ車から離れる。車はじわじわと岬の突端へ進み出す。下卑な神よ、上等な供物だ。存分に食らうがいい。

(2019.12.17)



 酔いどれたちのコラールに導かれ、猥雑な夢が街を練り歩く。陽の下では歪で異形な化け物に過ぎないかもしれないが、目覚めたまま見る夢は朱く熱い血に満ちた心臓そのものだ。鼓動はアスファルトを踏み鳴らし、誰かの吐瀉物を宙にきらめかせる。生臭く夜を彩れ、朝日が路地を照らすまで。

(2019.12.18)



 言葉に価値なんて無い。みんなが使っているから信用しているだけ、金と同じだ。そんないい加減なものに大切な想いをゆだねたくはない。だからこの口から生まれたばかりの音に意味をつけ、一緒に歌おう。理解できるのは、世界できみとぼくの二人だけ。自己満足の愛の歌、最高じゃないか。

(2019.12.19)



 稲妻は湖の畔に降り立った。水面に映る星々があまりにも美しかったから。きわめて淑やかな来訪のつもりだったが、その輝きは一瞬で夜を昼に塗りかえた。湖の住人たちは大慌てでその場から逃げ出した。独り残った稲妻は声を上げて泣いた。木々は赤く燃え、彼女の姿を水面深く焼きつけた。

(2019.12.20)



 若者の登校風景を横目に出勤する。私にもあんな頃があった。それほど遠くもない過去にたくさんのものを落としてきた。惜しいけれどそれはマイルストーンのように輝き、過去を美しく照らしてもくれている。校門をくぐる時、少女が指先をぴっと伸ばした。いってらっしゃい――私は心中で呟く。

(2019.12.21)



 世界中どこでも繋がる時代、すれ違いなんて言葉はもう古いんだろう。暴れる鼓動を抑えながらダイヤルを回す気持ちが分かるかい?時計の針を睨みながら過ごす喫茶店のにおいを知っているかい?君たちに自慢できるものはこれくらいしかないんだ。それもじきに失くなってしまうんだけどね。

(2019.12.22)



 人間ひとり、人生ひとつ。取るに足らない命なら、せめて“生きた証”を刻みたい――手帳に記せば済むような些事を衆目にさらすのは、そんな世界への抵抗からなのだろう。傷痕だらけの掲示板、間近では醜くとも、俯瞰で見れば信じられない傑作が描かれているかもしれない。だから、刻み続けろ。

(2019.12.23)



 聖夜を目前にして、サンタクロースは準備に忙しい。プレゼントを詰める手がふと止まる。手袋越しに透けて見える床。迷信嫌いの人間が増え、彼の存在はずいぶんと不確かなものになってしまった。

(……まだ消えたわけじゃない)

 サンタクロースは作業に戻る。信じて待つ良い子たちのために。

(2019.12.24)



 人間が幻想を捨て去った世界。サンタクロースも例外ではなかった。子供からも忘れられた彼は象徴的な姿を失い、「願うものを与える」という機能だけが残った。一個のシステムと化した聖人は善悪を区別することなく役目をこなしていく。今日も世界中に幸福を、あるいは厄災を届け続ける。

(2019.12.25)



 不義は犯していないのに、恋人じゃなく愛人と呼ばれる。たかが言葉と切り捨てるには重い差だ。友人は言った。

「二人が向き合って手を繋いでいるかいないかってこと」

 血が冷える。ねえ、私はあなたを見ているよ。あなたはそうじゃないの?私が見ているあなたの“顔”は、いったい何なの?

(2019.12.26)



 不死の魔女はついに人間に捕らえられた。しかし斬っても突いてもびくともしない。魔女は笑った。

「これが不死だ!」

 そこで人間は肥溜めに沈めることにした。さっきまでの威勢はどこへやら、泣き叫ぶ魔女は石を抱かされ、糞尿の中へと消えていった。

 やり方はいくらでもあるということ。

(2019.12.27)



 雪が憎い。気安くあなたに触れる雪が憎らしい。

 私がいくら望んでも叶わぬことを、お前は目の前で平然とやってのける。赤らんだ鼻の先で、私を嗤いながら溶けていく。

 雪が憎い。気安くあなたに触れる雪が憎らしい。

 そして、冷たいだけの塵に肌を許すあなたが、憎らしくてたまらない。

(2019.12.28)



 バーで隣になった女は自称“悪魔”だった。人を堕落させることにうんざりし、酒を食らっていたのだという。同情してやったら女は容易く身体を許した。悪魔のわりには生娘のような声で泣いた。地獄の質も知れたものだ――俺は桃色の尻を撫でながら、抜け落ちた白い羽根をバレないように捨てる。

(2019.12.29)



 愛欲の海に溺れる。塩辛い水を掻き分け、快楽という名の空気を貪る。不格好に腕を振り回し、近くを過ぎ行くモノに手当たり次第しがみつく。そんな私はどこまでも人間だ。魚なら溺れようはずもないもの。せめて亡骸は泡と消えたい。波間を漂い、私と同じようにもがく誰かの口に挿りたい。

(2019.12.30)



 年の瀬も近いというのに、戦況は膠着状態を維持したままだ。発令所を警備する兵士は曇天を眺め、神もこの地を見放したかと嘆息する。やがて疲弊は兵士を眠りへと導く。埃まみれの肉体を冷たい銃身が受け止める。その背に一条の光が差し、奇しくも十字架を描いていることを彼は知らない。

(2019.12.31)

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