2019.11.16~2019.11.30
デカルトが疑い抜いた世界に、はたして真理など存在するのだろうか。結局我々は偽に満ちた世界で、欺かれながら生を終えるしかないのかもしれない。だがこの世界は美しく醜く尊い。豊かな色彩で溢れ返っている。《私》の孤独と引き換えに得る真理がそれに見合うか、十分疑う余地はある。
(2019.11.16)
冬の厳しさの中にも陽だまりはあって、それは用水路を流れる水の上に輝いている。逆さまに辿りながらせせらぎを口ずさんでいると、不意にぎらついた光に目を刺される。塵芥を呑んで凝った油の膜。喉元に苦いものがせり上がってくる。温度とは違う寒々とした何かが、私の身体を凍らせる。
(2019.11.17)
男は妻と山道をひた走ります。村には生贄の掟があり、それに妻が選ばれてしまいました。拒めば祟られる――しかし男は妻を愛していました。妻もまた同じでした。二人は掟に背き村から逃げ出したのです。二人は遠い土地に落ち着き、幸せに暮らしましたとさ……おや、何を期待していたのですか?
(2019.11.18)
青鬼の噂は諸国に広まっていた。もう元の暮らしには戻れない――覚悟を決めた彼は“悪い鬼”として生きることにした。村を襲い、田畑を焼き、家畜を喰らった。青鬼は願った。
(赤鬼くん、君の手で殺してくれ。そうすれば君は本物の“良い鬼”になれるんだ……)
青鬼は吠えた。慟哭のような声で。
(2019.11.19)
“嫌われたくない”
“叱られたくない”
後ろ向きの人生、それでも確かな道はあった。卑屈なフリをして、陰では胸を撫で下ろしていた。
だけど今、僕の目の前には何も無い。
“負けたくない”
怖い……一方で鼓動は高鳴る。
“逃げたくない”
行こう――僕は一歩を踏み出す。傍らに小さな灯がともる。
(2019.11.20)
洗面台に羽虫が居たら、君は躊躇なく水を流すだろう。下水管に消える彼らの行く末を想像したことがあるかい?水の力には抗えず、全身は擦り傷だらけ、悲鳴は誰にも届かない。痰と屎尿にまみれながら、暗い暗い筒の中を運ばれていく……。
想像してみたかい?
―—それじゃあ、行ってみようか。
(2019.11.21)
捨てられたお人形さんは波間をぷかぷか漂います。肌はすっかり萎れ、カモメも寄り付かぬ有り様です。
(ああ、ご主人様、もう一度私を愛してください。この身に息を吹き込んで、思い切り抱きしめてください……)
お人形さんは口を開いて叫びます。その度に、青臭い汁がごぽりと溢れます。
(2019.11.22)
リビエール・デュマ、かつてマスターが惚れ込んだラム。しかも2004年のヴィンテージというから飲まずにはいられない。グラスに顔を寄せると果実の芳香が迎えてくれる。そっと口に含む。
「あ、おいしい!」
言葉は反射的だった。掛け値なしにうまい。またひとつ、いい酒にめぐり逢った。
(2019.11.23)
ろうそくを消したら、私の22歳が終わる…何だか映画のキャッチコピーみたいだ。たしかに特別な日ではあるけれど、毎年来れば飽きもする。最近はケーキを食べる日以外の意味を見出だせなくなっていた。
(来年こそは……)
皆まで言わない。覚悟は胸の内で燃やし、私は強く息を吹きかける。
(2019.11.24)
だが町田にはもう一つ、人には言えぬ共通点があった。
それは尻への変質だった。
具体的には。
手を――挿れてみたくなるのである。
(2019.11.25)
嫁をいびり殺した姑が起訴された。下された判決は『365食分』。収容された彼女の前には汁碗が一個。看守はそこにどろどろしたものを注いだ。
「拒食症になった義娘さんは食べては吐くを繰り返していました。そしてその全てを保存していました。『365食分』……意味はもうお分かりですな?」
(2019.11.26)
掌に収まった
(2019.11.27)
郊外の一軒家が失火で焼けた。幼い兄弟が犠牲となり、焼け跡からは抱き合いひと塊となった遺体が発見された……報道されたのは以上だが、現場に居合わせた消防士は語る。
「遺体には腕が5本あった。兄弟のものと、もう1本」
それは密着した二つの身体を押し退けるように生えていたという。
(2019.11.28)
最近めっきり白髪が増えた。「苦労してる?」と訊かれる回数も。そりゃあ多少はね。苦労しない仕事なんてないもの。それに苦痛ではないからやっていけてる。数年後、数十年後には真っ白けになってるかもしれないけど、それはそれでいいじゃないか。ああ、つるつるだけは回避したいけど。
(2019.11.29)
巷で話題のトロッコ問題、ある富豪が実際に行ってみた。結果は被験者全員が「分岐を切り替えない」だった。正確には「時間内に選べなかった」だが、人は簡単に倫理を侵せないということが証明された。ちなみに犠牲としても被験者たちが『落第』しただけなので、最小限に収まったという。
(2019.11.30)
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