2019.11.1~2019.11.15

「死にたい死にたいって煩いのよ。黙って勝手に死ねばいいじゃない。言ったら誰かが用意してくれるとでも思ってんの?同情されたいの?心配されたいの?本当は死ぬ気なんて無いんでしょ?」

 僕は反論の言葉を持たない。図星だから。臆病者は口に出して死んだ気になって満足しているのだ。

(2019.11.1)



 男は撃った。閃光が跳ね、弾倉が空になり、路地に三人の死体が転がった。賞金目当ての殺し屋は蟻のように群がってくる。始末するのは容易いが、虫を潰すのと同列に考えられるほど男は非情ではなかった。帰路に着く足取りは重い。三人ぶんか――男は呟く。弔いのカリラがまた一本空くだろう。

(2019.11.2)



 羨むな、妬むな――それが小暮こぐれ真澄ますみの矜持だった。嫉妬など人の道に悖る感情だと思っていた。しかし今、彼女を滾らせる感情は嫉妬以外の何ものでもなかった。夫の不倫写真を握る手は震えを止められない。真澄は人であり続けることを諦めた。しかし獣にもなれず、結果、真澄は化け物となった。

(2019.11.3)



 山口やまぐち翔太しょうたは畳敷きの床に寝転び、暮れゆく窓の外を眺めている。卓袱台には母の書き置きとカップ麺がひとつ。流し台に跳ねる水音が遅々と時を刻む。

 翔太は傍らのガラス瓶を手に取る。中には親指ほど油虫が這い回っている。閉じられた運命――それを思うとき、翔太の頬は妖しい笑みを形作る。

(2019.11.4)



 何ということはない、ただの素うどんだ。市販の冷凍ものを茹でて、同封の出汁をかけただけ。具と呼べるのか、七味を小さじで一杯。

 それが妙にうまかった。

 音も高くすすり上げるのが、たまらなかった。

 視界が滲む。諸々は湯気に霞む。おそらく七味にむせながら、無心にうどんをすする。

(2019.11.5)



 信じられない、どうしてそんなふうに手を握れるの?さっき別れ話したばかりじゃない。これが最後の帰り道なのに、あなたの指は柔らかくて火傷しそうなくらいに熱い。諦め切れないなら繋ぎ止める努力をしてほしかった。私も私だ。素直に指を絡めて、生娘みたいに頬を染めて、馬鹿みたい。

(2019.11.6)



 幸せのかたちは人それぞれだ。だから外野がとやかく言うものではない……ないのだが、やはり他人を蔑んで得る幸せは下劣だと思う。下を向いてほくそ笑む姿は端から見れば滑稽でしかない。幸せは下にも、ましてや上にもない。同じ目線の高さに、手を伸ばせば確かに触れる距離にあるものだ。

(2019.11.7)



 自動運転機能を搭載した車の試作品が完成した。テスト走行のためエンジンをかけた瞬間、ディスプレイに光点が現れた。人間を認識すると表示されるものだが、ここはまだ倉庫の中、いるのは運転手一人だけだ。やがておびただしい数の光点がディスプレイを埋め尽くし……。

 開発は中止された。

(2019.11.8)



 初雪がひとひら、ためらいがちに降りてくる。きっと姿を変えたきみに違いない。先に逝って待ってるって言った手前、バツが悪いんだろうね。いいよ、気にしないからこっちにおいで。伸ばした掌に留まったきみは、きゅっと鳴いて消えた。そのひと声で風がひるがえり、街は白一色に染まる。

(2019.11.9)



 森の褥に匿されて

 一角獣は処女を犯す。

 吐息と体臭が爆ぜ

 白い臀肉を揺らす。


 歌うような啜り泣きは

 快楽で炙られ灰になり

 手から落ちた蝋の林檎が

 ぐずぐず熔けて地を這う。


 嘶きが

 閃いて、


 木々は

 ざわざわと

 非難の声を上げながら

 そのくせ

 まじまじと

 一部始終を見届けている。

(2019.11.10)



 世界の創造を祝して、女神は人間に幸せを授けた。地上には輝かしい時が流れたが、そのうち授かった幸せにケチをつける者が現れた。女神は激怒し、人間から幸せを取り上げて天に帰ってしまった。こうして世界から幸せは消え去った。

 ……ところで、あなたがお持ちの『それ』は一体何ですか?

(2019.11.11)



 すべてはまぁるく収まるべし――土鍋でうたた寝る三毛猫は、知らず世界の真理を悟る。夢の中で彼は、土壁に囲われた王国を統べる君主だ。遥かなる草原、果ての無い大空。緑に青に茶色、混じり混ざって円となり、小さな背中に背負っている。眠れ、愛らしき王よ。寝息も高らかに凱歌を奏でよ。

(2019.11.12)



『俺ならもっとうまくやる』

 何をしていても、お前の嗤う声が頭の中に響く。完璧なお前の存在は呪いとなって僕を苛む。僕だって好きでこんな生き方を選んだわけじゃない。不器用な人間は転んで傷だらけになりながらじゃないと進めないのだ。無様なのは重々承知だ。だから黙っててくれよ。

(2019.11.13)



「はあ、いいお湯……」

「(ガラッ)警察だ!」

「きゃー!?」

「失礼、御宅に不審な男が侵入したという通報がありまして」

「だ、誰も見てないけど」

「ふむ、誤報だったようですね。よかった」

「……ねえ、お巡りさんはどうやって部屋に入ったの?」

「では、本官はこれにて(ガラガラ)」

(2019.11.14)



 冬なんて大嫌い。縮めたい距離はコートに阻まれ、感じたい体温は手袋に遮られる。肝心の唇は空気の読めない菌どものせいでマスクの下だ。恨めしい……かと言ってマスクがなければ踏み出せるわけでもないのだ。甘い妄想で膨らんだ胸に突きつけられる現実。ああ、やっぱり冬なんて大嫌いだ。

(2019.11.15)

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