第17話
※
「それにしても可愛い子だったわねえ、あの子……テルちゃん、で良いのかしら?」
「良いよテルで。何、お母さんもああいう女の子っぽい可愛い娘が欲しかった? 残念ねー、バイクの次にはコンバインかトラックぶちかます予定の漢気溢れる娘で」
「危なっかしいことしない娘は欲しかったかもね。トラックなんて高速道路で事故ってるイメージしかないじゃない、怖い怖い」
「そんなイメージあるかしら……」
「お母さんにはあるんです。本当、学校できっちり習うのよ? 危ない思ったら即刻農業機械に乗り換えさせてやるんだから」
農業機械は危なくないのか。コンバインとか巻き込まれたら超恐いと思うけど。
夜、テルはやっぱりメルクの付き添いでうちにボストンを取りに来た。お恥ずかしいと真っ赤になっていたのがまた可愛くて、うりうり頬の星をつついてやったらひゃあっと飛び上がられ、メルクにはふるふると頭を振られてしまったけれど。でも可愛かったなああれ、うふふ。星は急所になるというのなら、今度はトワの頭をつついてみよう。勿論軽く。触れるだけでも大丈夫かな? サイダーの底を付けてやったらどんな顔をするのかと思う。一人でニマニマしていたらお父さんに一言『気持ち悪いぞ』と言われてしまった。年頃の娘に失礼な。
一つ席の欠けたダイニングテーブルは、昨日テルがいただけにちょっと寂しい。でもこの寂しさをずっと抱えて行くのが私なんだろう。レヴィと言う友人を失ったことを覚え続けているトワのように。まあ家族だし星だしちょっとずつ違うんだろうけれど、似通ったものはあるだろう。知ってる人が欠けてしまう可能性。バイク便だって危ないことはある、主に初めてトワに会った時みたいなことが。まあ大概は私のドライビングテクニックでどうにかしちゃうんだけど、それでもあれはやばかったなー。自画自賛しながら頷いていると、またお父さんにじっとりとした眼で見られた。あ、危ないこと? してないっすよ、いや本当。あんまり。そんなには。だからそんな目で見ないで、余計なこと言いそう。そして雷落とされそう。
「テルはねー駄菓子屋さんの妹さんなんだよ」
わざと違う方向に話題を向けると、あら、とお母さんが驚いた顔をする。
「お爺さんがやってたんじゃなかったかしら、あそこ。ほら、小学生の頃にあなたが転んだ足の手当てをしてくれた」
「亡くなって、今は違う人が受け継いでるんだ。その頃から『すてら』って名前になったんだけど」
「ああそうなの……お母さんは行かないからねえ、駄菓子屋なんて。この歳だとあのべちゃっとした甘さが苦手になるのよ」
「梅ジャム美味しいよ。今度買ってきたげようか」
「すっぱいのもちょっと……うまい棒めんたい味で」
「味の区別が一切つかないものを選んできましたな」
「チーズとめんたいならわかるわよ。失礼しちゃう」
「まあその二つなら……確かに」
「ねえお父さん、私別に味音痴じゃないものね?」
「それは……黙秘するが、香苗の方が料理は上手だな」
「お父さん、黙秘した時点で肯定肯定。ハンバーグ焦がす友達いるけどリカバリはばっちりな娘をもっと敬って」
「ハンバーグ失敗する友達がいるのか。あんな焼くだけのものを」
「いるのよ……恐るべき友達が……」
ふ……と遠くを見ると、ハンバーグだって焼き加減は大事なんですからね! とお母さんはぷりぷりして言う。あ、ごめん、お母さんの得意料理ハンバーグだったよね。困ったときはハンバーグって言いなさい、ってお父さんに昔言われていたのを思い出す。うん。肉をよく食べる肉食系女子に育ちましたよ、娘。今日のミートボールスパゲッティだって派生だよね。言わないけれど私たち家族は温かく見守ってるよ、お母さん。
こういう日常を感じている時、トワはどうしているのか気になってしまうのが最近の私だ。テルとメルクはお店があるからそっちで食べてるのかな、とも思うけれど、客商売である以上必要以上に構ってもいられまい。一客として扱われる。多少のおまけは付くかもしれないけれど、それは常連さん相手だって同じだ。特別じゃあない。
こういう独特の家族的な雰囲気ってあるのかなあ。味わえてるのかなあ。思いながら私はちょっと固いミートボールをフォークに刺す。おかーさん、ミートボールを焦がすのは才能だと思うよ。もうある種の。テルが来た時は私も台所に立ったら大惨事は避けたけれど、お母さんはちょっと目が離せないところがある。色々やろうとして失敗するタイプと言うか。私達兄妹はいつも非常用の菓子パンを買えるだけのお小遣いを取っておくのが癖になっていた。今はその癖が駄菓子屋で爆発してるけれど。だってー、ガム美味しいしー、金平糖美味しいしー。
そう言えば今日は金平糖買ってこなかったっけ。まだまだストックはあるけれど、そろそろザーッと口の中に入れてぼりぼり食べたい衝動もある。一粒ずつ大事に舐め転がしたい時もあるけれど、乱暴に食べたい時もあるのだ。でも気を付けないと歯が割れそうに固いから、ちょっとずつザーっとにしよう。五粒ぐらいで。
そう言えば金平糖に意味があるって言ってたけど、今まで買ったのにもあったんだろうか。ピンク、白、青、紫、赤、色々色々。全色買いしたこともあったけれど、トワは何も言わなかった。もしかして最近よくトワのこと考えるのは青の『再会』の効果なんだろうか、思うけれどそんなに青は食べてない。白の『誠実』は、今日の三人責めで効果を失っているし。ずるい大人ですから、私。トワ達よりずっと年下だけど、一応大人の階段上るシンデレラは通り過ぎてますから。来年成人式だし法律上は結婚もして良い年齢だし。
結婚ねぇ……。
なんで今一瞬沸いてきたのがトワなのかな?
「いけない……これはいけない」
「二十日大根から作ったラディッシュのサラダ、美味しくない? 香苗。しょっぱ過ぎた?」
「いやお母さんの料理は美味しいよ、ちゃんと。家庭菜園あんなにもりっもりしてるのうちぐらいだろうし。最初はグリーンカーテン作りから始まったんだっけ」
「そうなのよー、そしたらゴーヤときゅうりがたくさん出来ちゃって、消費するの大変だったわー」
「花のうちに摘めばいいんだって何回も教えたけど勿体ないって聞かなかったのお母さんじゃん。ミントも鉢植えにしろって言ったのに直植えしちゃったから虫も寄り付かないミント庭に育ったし。それで家庭菜園まで手を出せるって、下手の横好きって言うんだよ」
「お父さん! 香苗が苛めるわ!」
「いやしかし俺も大概だと思うぞ。庭はミント、二十日大根はプランターって」
「掘っても掘ってもきりがないんですもの! 仕方ないじゃない!」
あーんと泣き言を言い出したお母さんに、私はパチッと良いことを思いつく。
「お母さん、二十日大根まだ残ってる?」
「? ええ、あるけど」
「明日一回帰ってから、その料理ダメダメ星人の所に持って行っても良いかな?」
「ええ、お裾分けは良いことですものね。それにしても香苗がお友達のことをこんなに話すのなんて久し振りねえ。テルちゃんのお姉さん? にも、よろしく言っておいてね。いつでも来てくださいって」
お兄さんなのを話したらお父さんが機嫌を悪くしそうなのでやめておこう。
いやお姉さんの格好をさせるのもアリか。
ぷっと笑ったら、また気持ち悪いぞ、と言われてしまった。
パジャマ代わりのシャツはお父さんのお下がりだ。だんだんメタボがひどくなってきている所為か、私に降りてくるシャツも大きいのが多い。そのままベッドに寝転んで今まで買った金平糖を眺めてみる。ピンク、白、青、アソート。白は貰ったんだっけ。これはどっちかって言うと百合籠翁かえにしちゃん向けな気もするけれど、私がもらっても別に良かったんだろう。青の再会は、そのまま友達になって欲しかったのかな。ピンク……問題はピンクよね。何なんだろう。自分でも解らずに買ってしまっただけにちょっと手を付けづらい。とりあえず減ってきている白を手に乗せる。五粒しっかり数えてから、ぱくん。
うんまー……。
ぼりぼり食べていると幸せがこみ上げてたまらんわ。ステラの工場で作ってるのかな? テルが金平糖工場です、って言ってたし。入ってみたい、見てみたい。でもこういうのは秘密の方が魅力的なものよね。小人さんが作ってたりしたら可愛いなあとか、魔法使いのお婆さんが作ってたら面白いなあとか。あはは、私も随分ステラに毒されてるなあ。
でも金色の金平糖。
あれだけはなんとなく、トワが作ってる気がする。
トワの願いだけを込めた、トワの金平糖。
手を汚したがる所があるから心配だよ、私ゃ……。
泥被るのは全部自分で良いって。どうせ星の歳の中忘れてしまうだろうからって。そんな人だから、どうにも心配が尽きない。人でもないかもしれないっか。人間が人間になるまでは本当恐竜か大型哺乳類だったかもしれない。草食系だな。どう考えても肉食のイメージじゃない。それっぽい片鱗を見せることもあるけれど、あくまで稀だ。稀。稀にされた――キス、からのフーセンガム。
いつか絶対復讐してやる。口の中でフーセンガムを……いやそれじゃなくて。それしたらまたキスすることになっちゃうんだからそれは無しで。ノーカン。犬に食われたようなもんだ、あんなの。でも二回目があったら困る。それは特別になってしまう。それはとても、とても困る。
「あんな人好きになっちゃったら……やってらんないよ」
長距離トラックの運転手になって、疎遠になろう。私はデスクに金平糖をしまい込んで、教本を読み込んだ。休みは何といっても後一日しかないのだ。今日一日テル達に付き合ったから、早くノルマを片付けないと。
その前にこの引っ掛け問題の多さは何なのかな、自動車類って、本当。
翌日の私はお母さん特製の二十日大根を持ってすてらに向かって居た。ちゃんと洗ったし、籠にも汚れは付かない。モンキーで小路に入ると、ステラはまだ準備中のようだった。でも勝手知ったる人の家、裏口から入る。トワの姿はないから、まだ寝てるかステラで着付けでもしてるんだろう。その間に私はチャチャッとご飯を炊いて二十日大根のサラダを作って、その他冷蔵庫で死にかけていた野菜達を救出し野菜炒めにする。朝食としてはぼりゅーみぃだけど、冷めても食べられるものばかりにしたから大丈夫だろう。よいしょっとちゃぶ台に向かって座り、ご飯のしゃもじを持ってスタンバっていると、欠伸交じりの声でトワが出て来た。そしてばっちり用意されている朝ごはんにきょとんとし、よッと当た手を上げてあいさつした私に惰性で手を上げる。
「カナちゃん……何してるの?」
「押しかけ女房野菜使い込み娘です。そろそろやばいのもあると思ったからと、うちで作った二十日大根のお裾分けに」
「おお、彩り豊かなサラダ。僕朝は結構モリモリ食べられちゃうけど、カナちゃんは?」
「私もモリモリ系だからだいじょーぶ。さ、座って。ご飯盛るからね」
「なんか新婚さんみたいだねえ」
平常心。揺らぐな平常心。この男はきっと何にも考えていないに決まっている。私の押しかけ女房ぐらい意味のない言葉だ、きっと。
「ねえトワ、訊きたいことがあるんだけど」
「んー? あ、この二十日大根うままっ! 来年の夏になったら僕も育ててみようかな」
「プランターでも育つよ。昔、迷子の女の子を助けたことない?」
「どのくらい昔?」
「十五年ぐらいかな」
「うーん、どうだったかなー……」
「そんでもってその子に金の金平糖使わなかった?」
「あ」
検索結果があったらしい。
やっぱりな。
「素直に言わないとこのサラダはお預けだーなんなら味噌汁もお預けだー」
「野菜炒め単品でもご飯は食べられるけれど切ないよ! あーもう、そーです僕がやりました! って言うかあの子カナちゃんだったの? そっちの方が驚きだよ! 言っとくけど店の前で泣いてたの星のダウザーで家まで送って行ってあげただけだからね!? ちなみにダウザー使ってたのはカナちゃんの方! だから痕跡残せなかったの!」
「ほうほう、そういうことだったのか」
「だからサラダ食べさせてください……」
しおしおになるのが面白くてぷっと笑っちゃったら、流石に涙目になられた。ので、朝ご飯は再開するとした。
そっかあ。
結構付き合い長かったんだね、私達。
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