第15話


 久し振りに三連休を取ったことに意味はない。ちょっと勉強に根詰めようと思っただけだ。出来れば年内に大特取得したい、と思うのに九月は早いのか遅いのか解らないけれど、とりあえず勉強を始める。車高とかにも気を付けきゃいけないから大変だ、四輪は。二輪で苦労したことなんて一個もない所為だろうけれど。強いて言うなら細道? 股を閉じて真っ直ぐに前を見る、って言うのはちょっと緊張した。でもそれぐらいだ。車幅や車高なんて考えたこともない。あと高速道路。滅多に乗らないからこっちもマナーが解らなくて、携帯端末で検索してしまったほどだ。基本は徐行。スピードは出し過ぎない方が良い。ううむ、チキンランの香苗と一時期恐れられた私にはちょっと解らない境地……アクセルは踏み込むだけ踏み込みたい。でもこれって危険な発想よね。我慢。じゃなくて、禁止禁止。

 と、自戒しているところにメールが入る。すてら、と分類しているところに、珍しく私用のメッセージが入っていた。

 曰く、『妹が行くと思う。適当に相手をしてくれ』。

 妹って……テル?

 同時にピンポンと下階でドアチャイムの音が響いて、はぁい、とお母さんが出る声がする。まさか、と慌てて私も下階に降りると。

「テル!?」

 泣き腫らした目のテルが、私を見ていた。

 縋る子犬のような眼だった。

 やめて、その眼、弱いの私。

「お母さま、先日は電話にて失礼いたしました、ホシ・シュテルンと申します。本日は香苗さんに用事があって参りましたが、お邪魔してもよろしいでしょうか」

「え、あ、はい、どうぞどうぞ。で、良いのよね、香苗?」

「ぇあ。う、うん」

 取り敢えず持ってた小さなボストンバッグを受け取って、それが星座柄であることに気付く。冬の空だな、なんて思いながら二階に案内すると、ほわー、と息を吐かれた。

「こっちって昼間はこんなに明るいんですね。薄いカーテン越しでも眼が痛いぐらいです」

「辛かったら閉めようか、カーテン」

「いえ、それほどではないので大丈夫です。その、すみません突然お邪魔して。星のダウザーがこっちだって教えてくれたので」

「ダウザー?」

「これです」

 テルは小さなボストンからちかちか光る何かの付いた紐を取り出す。それは私の方に向かってくる、まるで蛍のようだった。ダウザーってあれだよね、ダウジングに使う奴……ダウジングって超能力だよね? え、星の街の人達ってそんな能力まであるの? 流石は異世界?

「知ってる星はこれで追って行けるんです。私も使ったのは初めてでしたけど、雑貨でも結構よく出来てるものなんですね」

 ほー、とテルが息を吐く。

 雑貨かよ! と突っ込みたい私はひとまずテルをベッドに座るよう促して、自分は小学校から使ってる机の椅子に戻る。つーか雑貨で人間追跡とかこえーよ星の街。ストーカーが出て来たらどーすんだよ。そう言うのがいないだけ平和なのか? 確かに私も酔っ払いのお爺ちゃん達にすらからかわれたことがないけれど。意外と治安が良いのか星の街。捨て鉢になることも辞めた人々なのか。いつか流星に。それだけを望む人々だとしたら、純粋でキラキラしてて私の眼には入れられない。うう、眩しいぜお爺ちゃん達。流石は星。でも煌めくとしたら一瞬だって言うんだから切ない。

 と、それよりだ。私はそんなことより訊かなきゃいけないことがあるのをやっと思い出す。

「どしたの、その眼。泣き腫らしたみたいだよ。下からお絞りでも持ってこようか?」

 いつもと逆だな、思いながら私が訊くとテルはふるふると頭を振る。

 そしてその大きな星の眼に、ぶわっとまた洪水を溢れさせる。

「わーテル、私が苛めたみたいだから泣かないで、ね? どうしたの本当、テルの方が街を出て来るなんて珍しいじゃない」

 過去例はトワが小さくなった時だけど、今は夏でも冬でもない。流星群も一先ず大きい物はおやすみの時期だ。確か。多分。きっと。めいび。

 はらはら涙を流しながらグズグズ鼻も鳴らしてるから、私は乙女のエチケットとして箱ティッシュを差し出す。それをとって勢い良くぢ――っと鼻をかんだテルは、ほ、と一つ息を吐いたようだった。

「兄さんが、」

「トワが?」

「メルクのこと、店から追い出そうとしてて」

「え……えー!?」

 あんだけ良い奴言ってたのに何それは!? 思って私が身を乗り出すと、テルも同じように身を乗り出す。女子、恋バナに弱し。

「メルクは何にもしてないのに、独り立ちさせて良い時期だとか言い出して、新しい人を入れようとか言い出して、喧嘩なっちゃったらメルクが出てく支度初めて」

「メルクもメルクでなんだって……」

「それで私、これ持ってきたんです」

 バッグから出て来たのは、包丁だった。

 って言うかのバッグの中身どうなってるの。メリーおば様?

「メルクが一番使い込んでるナイフで、これが無かったらどこにも行けないだろうって思って……」

「そりゃいけないよ、そんな凶器残してテルに何かあったら大変だもん」

「兄さんからも逃げて、家出して来たんです、私」

 まあ家は同じアパートだから、家出と言えば家出だけど……。

「本当にトワがメルクを解雇する、って言った理由は、解らないの?」

「解らないです。ただ、そろそろ長く居過ぎだし、って」

「メルクとの付き合いって、どのぐらい?」

「メルクも私も屑星だったころからです。お店も一緒に初めて、今まで何年かずっと」

 この『何年か』が何十年か何百年か何千年か何億年か解らないのがこの子達の怖いところだ。

 長く居過ぎた、か。

 トワなりの気遣いだったのかもしれないけれど、めっちゃ逆効果よねえ……。

「えーとね、テル」

 私は椅子の背もたれを股に挟む。家だから簡単なスカート姿だけど、別にパンチラは気にしない。相手、テルだし。それに晩夏だからスカートも長めだし。

「前にトワが言ってたの。メルクは良い奴だって。でも自分やテルとは一緒にいられないって」

「……?」

「星の観測者、って言ってたかな。テルにはいずれそれになって欲しいから、多分この宇宙で特別な人を見付けて欲しくないんだと思う。自分より必ず早く死んでしまうから。って、それ言ったら私の方が全然早く死んじゃうんだけどね」

 あはは、と笑うけれど、テルは赤い鼻をぐずっと言わせて黙っていた。

「でも、テルがメルクを好きなら、私はそれで良いことだと思ってる」

「ふぇ?」

「恋の一つもしないで大人になんかなれないしね。二人とも両想いなんでしょ? 察するに」

「メルクのことは、解りません。お互い付き合いは長いですけれど、あの人無表情に無口だから」

「テルでもそうなのか。そりゃまた難しい物件に当たってるねえお嬢さん。ま、私も特別な人っていたことがあんまりないから良く解らないけれどね」

 お兄ちゃんが今でも一番かな、なんて苦笑すると、テルはきょとんと眼を丸くする。

「兄さんのことは、特別じゃないんですか? カナさん」

「あれは特別って言うより異物とか区別とか差別とかかな……何にしても今はサンプルにならない感情だと思う」

「てっきり二人、お付き合いしているのかと」

「ないない、そーゆーのは全然ない。ご飯作ったり作られたり、ガム買ったり買われたり、金平糖買ったり買われたり、その程度のお付き合い」

「金平糖は特別ですよ」

「へ?」

 私が首を傾げると、ぢ――っとまた鼻をかんだテルが私の方を真っ直ぐに見る。星の眼。冬のオリオンみたいな三連星が見えた気がして、私は首を傾げる。だけど目を伏せたテルからは見えなくなってしまった。

「あのお店、金平糖だけは種類豊富でしょう? 子供が良く買いに来るんですけれど、兄さん絶対に金色だけは店に出さないし、味はみんな同じだよって言って特別な金平糖は渡さないんです。白とか青とか」

「どういう意味があるの、その二色は。ちなみに」

「白は誠実を示す、青は再会を願う、思いが籠った星々なんです。どうでも良い人には、みんな混ざってる普通の金平糖しか渡しませんよ、兄さん」

 白と青。

 それは私が一番最初の頃に貰った奴だ。

 誠実と再会。トワはどんな思いで私にそれを渡したんだろう。

 どんな思いで私に再会を願ったのだろう。

 ただの常連さん探しって訳でも無さそうだし。

「……三連休取ってあるからさ。その間にここで色々考えよう、テル」

「へ? でもお邪魔じゃ、」

「邪魔じゃないの。良いのようち元々四人家族だったから食器もあるし。とにかくトワが考えそうなことを出して行ってブレインストーミングしてみよう。そうしたらあのおにーちゃんにも隙が出来る。先回りしてこんなメール送ってくるようなお兄ちゃんにはね、屈したら駄目なんだから」

 言って私はさっき受け取ったすてらからのメールを差し出す。兄さんてば、と呆れる様子のテルに苦笑いして、私は階下に行った。

「お母さん、さっきの子うちに二・三日泊まるから、私お兄ちゃんの部屋で寝るね」

「それは――まあ良いけれど、大丈夫? あの子。泣き腫らしてたじゃない、眼」

「この年頃の登竜門だよ」

「ああ恋愛相談?」

「お母さん話はっやーい。グゥ」

 二階に戻ると、テルはかちゃかちゃとボストンを鳴らして、今度は寝袋を引っ張り出していた。だからどうなってるのその中。

「この部屋使って良いからゆっくり寝なよ、もう。私にはお兄ちゃんの部屋があるし」

「お兄さんいらしたんですか?」

「そ。ほんと、過去形だけどね」

 苦笑いに何かを感じ取ったのか、くるくる寝袋をしまいながらテルはベッド正座し、深々と頭を座て見せた。

「不束者ですが、お願いいたします」

 ……なんかちょっと違くないかな? それは。


 お風呂も入ってご飯も食べて、パジャマトークの時間になった私達は取り敢えずノートにトワ、と書く。そして思い付くことを上げていく。駄菓子屋。金髪碧眼。着流し。星の眼。流星群。退行。巨乳好き。料理出来ない。どんぶり勘定。メルクとは仲が良い。迎えに来る。シスコン。と、書くと、シスコンな人は妹泣かせません、と反駁された。確かにそうかもしれないけれど、コンプレックスって色んな意味があるからなあ。なんで日本語では劣等感って翻訳されてるのか謎に思ったことがある。もっと色んなことが複雑性に富んでいるからこそのコンプレックスだと思うんだけど。

 次はメルクだったけど、無口、無表情、カプレーゼ美味い、で止まってしまった。しまった全然知らないよメルクのこと。でもトワの部屋の鍵持ってるぐらいだから、仲は悪くないだろう。同期の桜にしてはトワの方がちょっと年食ってるけど。ちょっと? 億年ってちょっと? まあ良い、そこはスルーだ。ようは見た目の問題だし、うんうん。

 そう言えば気になってたけど。

「メルクとテルって同棲してるの?」

「はい。色々便利だからって小さい頃から一緒に暮らしてます」

 それは引き剥がせねーよおにーちゃん……。ある意味あんたより長い時間一緒に暮らしてるよ……。

「そもそも兄妹とかってどうやって決まるわけ?」

「私もよく知らないんですけれど、星の核が問題らしいです」

「金平糖で出来てりしてね、案外」

「それ、否定できないんですよね……」

「へ?」

「兄さんの核、多分金平糖ぐらい小さな星だろうから」

 小さい星? なんじゃそりゃ。

「小さい星は有利なんですよ。ものに当たる確率も低いし、重力も低いし。だから金平糖は案外間違ってないのかも……」

「ごめん、冗談だから真面目にならないで」

「なってませんよ?」

 けろりと言ってから、テルはくふくふ笑う。こーのー……。

「真面目に話せー! こら!」

「きゃはっ、あはは、カナさんの方がお姉さんみたいですよね、こういう時、うふふ」

「テルが幼いだけっ。その外見でバーテンなんかしてたらこっちでは一発検挙もんなんだからね!」

「身分証も就労ビザもパスポートもありませんしねえ。作ろうと思えば」

「作ること自体が犯罪だからやめなさい、この子はもー」

 ぽふぽふクッションで叩いてみると、こういうのって初めてだな、なんて思う。友達とお泊りごっこ。ほんとお兄ちゃんについてくだけだったからなあ、小さい頃って。パジャマパーティーとか誘われたこともないよ。ちなみにテルのパジャマは持参品だった。だからそのバッグのどこに。

「あ」

 小さくテルが呟くと同時、カーテンの隙間から何かが飛んでいくのが見える。

「よだかです、兄さんの回し者かな」

「様子見って言ってあげようよせめて」

「あげませんっ」

 ぷうっと頬を膨らませている姿は、確かに妹っぽかった。

「でもメルクが兄さんの部屋の鍵を持ってたのは意外です。私も貰ってないのに」

「その信頼の裏返しが、二人を傷の浅い内に引き離すことなのかもね」

「とっくに深いですよ。何年になると思ってるんでしょう、兄さんったら」

 億年とか言えねーよな、そりゃ。

 でもテルとメルクが離れるのは、なんか嫌だな。二人で一人前って感じがバルでもあるし。メルクが雑務引き受けてくれるから、テルがバーテンに専念できるって言うか。メルクの料理の為のお酒を、テルが選んでる節もあるし。それに個人的に、あのイタリアンがテルの店で食べられなくなるのは勿体ない。梯子するほど私はあの異世界に詳しくもないし。

「よし」

 私はぱんっと手を打ち鳴らす。

「明日、メルクの方に事情を聴きに行ってみよう。トワは口八丁で誤魔化すだろうから」

「ですね。行く分には、私が金平糖を頬に付ければ良いだけですし」

「……帰る分には?」

「すてら経由……ですかね」

 はあっとテルが憂鬱そうな溜息を吐いた。

 座敷の押し入れから異世界にこんにちはとか、未来の世界のネコ型ロボットでもねーよなあ……。

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