第14話


 夏の流星群はトワが乱れて、冬の流星群はテルが乱れるのだという。幸いテルはメルクに懐いているからこっちの商売に支障はないけれど、兄としてはちょっと寂しいよねえ、と言いながらブランデーのグラスを傾けるトワは悪酔いしていた。なんだって手酌でこっちにいるんだろう、と思ったら、襖がつっかえ棒でふさがれている。兄妹喧嘩でもしたのかな、思うと想像が出来な過ぎて混乱した。天球儀をころころ言わせながら、私がここに来たのはテルのメールの所為だ。兄さんちょっと機嫌悪いので、偵察して来て下さい。しかしテルにまで私のメアドが漏れているとは、本当、私の個人情報とは。元を辿ればえにしちゃんだけに怒れない。

「どしたのトワ。豪く荒い飲み方してるよ」

「テルがメルクメルクってメルクの話ばっかするからさー。下手すると僕のことよりメルクのことに詳しいんじゃないかと思うと、不愉快で不愉快で」

「やきもち?」

「かもしれないー……うー。テルのばーか」

 意外とシスコンな様子にちょっと驚いて、そしてお兄ちゃん側の意見と言うのも気になって、私は座敷に座る。はい、と座布団を差し出されて、ありがと、とお尻に挟んだ。坐骨神経痛になったらバイクにも車にも乗れないかも知れないから、お尻は気遣わなくてはならない。大きくもなく小さくもなく。中々に難しいぜ、バイク道。

 うちのお兄ちゃんも大概私には甘かったと思うけれど、お兄ちゃん側からの心地ってどんなんなんだろう。お酒臭いトワは多分明日は二日酔いしてるだろうな、思いながら私はふんふんと聴きに徹することにする。

「こーんな小さな屑星の頃からメルクもテルも知ってるのに、二人には二人の符丁や合図があってー……おにーちゃんには教えてくれなくてー……寂しい! お兄ちゃんは大いに寂しいぞ!」

「そりゃ二人で店やってるんだから」

「あそこのオーナー僕!」

「まじで!? それは知らなかった」

「まじもまじまじ大マジですよ。だからテルみたいな子にカウンター任せてメルクにはいざと言う時の酔漢撲滅に居てもらってんだからね!」

 たん! とグラスをちゃぶ台にぶつけ、そうやって飲むお酒があったな、なんて思い出す。ショットガンだっけ。しかしオーナー不在の長い十六時間勤務の店で二人ともよくやってるんだから、ちょっとした秘密ぐらい許しても良いと思うんだけどなー……などと言ううと余計なスイッチを入れかねないから、黙っておく。

「お兄ちゃんは寂しい! テルにはいつか僕みたいな星の観測者になって欲しいのに、星であるメルクにはそれが出来ない! メルクは良い奴だよ、僕達が店に行くとすぐ席作ってくれるし料理の腕は滅法だし! でもだからこそ……」

 あんまり近付き過ぎて欲しくない、と、お兄ちゃんはのたまう。

 同学年の友達よりも兄の友達の方が多かった私には何も言えない。無力な私を許して、テル。

 それにしても、星の観測者って何だろう。

「僕ぁね、メルクが嫌いじゃないんだ……だからこそ、テルとは一線引いててほしいんたよ……」

「どうして?」

「二人が添い合わないって解ってるからさ。いつか言ったでしょ、頭に星のある奴は未来が見えやすいって……テルとメルクは釣り合えないんだよ。だからあんまり近付き過ぎて欲しくない……」

 ぽて、とちゃぶ台にうつぶせたトワのグラスには、いくつかの金平糖が入っていた。人をこうも悪酔いさせることもできるのか、恐ろしい。トワもしゃらしゃら綺麗に鳴るそれを聞きながら落ち着いて行っているようだけれど、まだ眼は離せないな。

「星の観測者って?」

「僕みたいな宇宙見張る人……次の宇宙が生まれたら、テルにそれを託したいと思ってるのにーのにー」

 うりうりと頬をちゃぶ台に擦り付けながら、ぶーたれている異世界人を私はため息交じりに眺める。そう、結局解ってあげることは出来ない異世界人なのだ、私なんて。ステラのこともすてらのこともよく知らない。テルとメルクとトワのことだって全然解ってない。でも一応友達だ。さらさらの細い髪を撫でてあげる、日向の猫みたいにすり寄ってくる。グラスは鳴らしたまま。しゃらら、しゃらら。

 メルクがいなくなったら、水星が無くなったら、どうなるだろう。少なくともフードメニューは無くなるな。テルもお酒にしか詳しくないって言ってたし。テルがいなくなったら、あそこはレストランになるだろう。瀟洒なイタリアン。でもそのどっちもトワは望んでいない。適度に線を引いて欲しい、とは言うけれど、自分だって私みたいな異世界人と仲良くなってるんだから何も言えないだろう。それにしてもお兄ちゃん側からも焼きもちって焼くんだなあ。年下の特権かと思ってたよ、拗ねるのって。

「次の宇宙って、私が死んで何年後に生まれるんだろうね」

「カナちゃん……?」

「トワは我儘だよ。私みたいなずーっと歳が離れた相手にそれをぶつける癖に、妹には許したくない。お兄ちゃん、めっ」

「ぁぅ」

「多分私は一瞬で死んじゃうよ、トワ達にとって。でも仲良くしてるのは楽しい。そういう相手がいるのって、駄目なこと?」

「駄目じゃない……」

「よろしい」

 にっと私は笑って、座っていた座敷から立ち上がる。

「もう帰っちゃうの?」

「もう帰っちゃうの。トワも水いっぱい飲んでから寝るんだよ。明日の朝一で様子見に来るからね」

「うー……みんな僕を一人にするー」

 下手すると億年単位を一人でいた人には、孤独が恐ろしい物なのだろう。だけど彼には妹がいる。その限りは、寂しくないだろう。

「明日は一緒に、ステラに行こうね」

「そんな遠い未来の曖昧な約束確約できな……ふぁ」

 欠伸を一つして、トワの呼吸がすぅすぅ落ち着いたものになる。一応襖のつっかえ棒を外してみると、それがそろりと開いた。いたのはメルクで、いつか見た鍵をしゃらりと見せられたことから、寝かせに行くんだと解る。息を一つ吐いてトワを担ぎ上げ、ぱたぱた手を振られる。そうして惑星は、姿を消す。

「……って言うか」

 駄菓子屋の戸締りは私で良いのか。確かに鍵の位置は知ってるけれど。人を信用し過ぎだよ、まったく。


「あ」

 そうだ、金色の金平糖。あれ、どこかで食べた気がする。思い出したのはバイクで家に帰る最中だった。でもどこで食べたんだろう。昔迷子になって――男の子が助けてくれて――その最後に、家の前でこれあげる、って。でも男の子の顔は全然思出せない。近所を探し回っていたお母さんに思いっきり拳骨落とされて泣きじゃくってた所は鮮明に覚えてるのに、彼だけが塗りつぶされた影のように思い出せない。

 もしかして私、もうトワに金色の金平糖食わされてるんじゃないかな、なんて思った。でなきゃのっぺらぼうにも程があるあの不自然な影の男の子の説明が付かない気もするし。私が五つか六つの頃で、男の子はお兄ちゃんより大きかった気がするから、辻褄は合う。今度機会があったら訊いてみよう、思いながら私はあの空恐ろしい金色を思い出した。

 トワの髪と同じ色だな、なんて思った。

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