第13話


 気まずくって足の遠のいた九月のある日、いつものすてらのダイレクトメールに一言添えてあった。良ければ来てください。

 テルに何があったのか聞いたのかな、思いながら家に帰る途中の大通りの路地に入ると、ちょっと良い匂いがしていた。なんだろ、ハンバーグ? 懐かしいな、うちのハンバーグって基本野菜たっぷり入ってたからハンバーグって言うより肉餅って感じで、ファミレスで頼むハンバーグが大好きだったんだ。でもこれはちょっと違うな、もうちょっと家庭の風味で、そして焦げて――

 ……。

「焦がすな――ッ!」

「はひいっ!」

 すてらの入り口で叫ぶと、明るい座敷からトワの珍しい悲鳴が上がった。

 どかどか上がり込んで安全靴も脱いでみれば、キッチンには割烹着を着ているトワの姿がある。手元を見れば料理の教本と、ハンバーグらしきものがこんがりとしていた。手にあるのは木ベラ。何故それでひっくり返せると思ったのかが解らない。とりあえず場所を交代して、私はよっとフライパンを返して茶色くなった下面をこっちに向ける。そう言えば前に来た時に挽肉置いてったもんなあ。なんとかしようと思ったんだろう。出来ればお礼にでもと腕をふるったんだろう。結果はご覧の有様だけれど。

 キッチンタイマーも無いからあとは勘だ。腕時計はしていたから、とりあえず三分と見よう。しょんぼりしているトワの立つシンクには、粗い千切りのキャベツとちょっと焦げてる人参のグラッセが二人分。テルの分だろうか、それとも?

 三分経って硬い表面を割ってみると肉汁が出て来た。よし、火は通ったな。フライパンを上げてお皿に盛り付けたら、次はソース作りだ。きょとんとしているトワを退けて冷蔵庫から取り出したのは、ケチャップと中濃ソース。これでデミグラスソースを作って掛けてあげれば、一応は完成だ。

 で。

 私はトワを見る。

「まさか後始末させるために呼んだんじゃあないわよね」

「違います……その、流星群の時にすごくお世話になったんだってテルが言ってたから、ごちそうしようと思って……図書館で本漁って、僕でも出来る料理探して……」

「フライ返しならないわよ、この家。いつも箸広げて代用してたんだから」

 オムライスとかね。

 そんな、と崩れ落ちるのをぷっと笑って、私はそのつむじをぼんぼんと撫でる。

「でも気持ちは嬉しい。ありがとね、トワ」

「カナちゃんっ」

「冷めないうちに食べちゃいましょ。ご飯は炊いてある?」

「あっ」

「トワって……」

 変な所で間抜けしてるよなあ……。

 硬くてちょっと焦げてるハンバーグを食べると、皿洗いは覚えていたらしくきちんと片付けていた。

 そうそう。

 ちょっとだけならね。

 忘れてしまうことだとしても、ちょっとぐらいなら良いじゃない。

「でもうち帰ってからもご飯あるから、白米はないぐらいで丁度良かったわよ。ちょっと腹ごなしはしていくけれど」

「カナちゃん、食べてすぐ横になると牛になるよ」

「あっはっは、私は何食べても太らない性質たから大丈夫なのよー。トワ! 私はデザートにカルメ焼きを所望するわ!」

「腹ごなしとは」

「気にない気にしない」

 あははははっと笑って私はゴローンと横になる。座布団の上からは、昭和ウルトラシリーズと昭和仮面ライダーシリーズのビデオセットが見えていた。仮面ライダーはブラックはあるけどRXはないという徹底ぶりに、ここの時間がどこかで止まっているようなものを覚える。昭和ウルトラマンなんて一番新しくても80だ。私が生まれる二十年は前になるだろう。トワはその頃どうしていたんだろう。浴衣を着て水飴でもぐりぐり回してそうだな、なんて脈絡のない想像が浮かんだ。と、じゅわわっという音に独特の焦げる匂いがして私は飛び上がる。トワがお玉の中をくるくる掻き混ぜて、カルメ焼きを作っていた。

 本当に作ってくれるとは。でも懐かしいなあこの匂い。小さい頃はどっかで食べてた気がするんだけど、あれはどこだっただろう。思い出せない。商店街に駄菓子屋はここしないけれど、ここだったんだろうか。でも私はろくすっぽここのことを知らなかった。だったらやっぱり違うんだろう。うちではないどこか。どこだろう、それは。

「はい、熱いから気を付けて食べてね」

 トワが割り箸をぐっさりと刺したカルメ焼きを差し出してくる。身体を起こして受け取って。ぽりぽり食べると、口に入れた途端ふわっと溶けるような感覚があった。

「おいしい」

 素直に言うと、トワはこれぐらいならね、と胸を張って見せる。まだ年下みたいでちょっとおかしかった。歳。曖昧だよなあ、星空の年齢だなんて。この宇宙はまだ若いのだろうか。だとしたら、地球が生まれる前にトワはどこにいたんだろう。流星の街のバルでぼんやり過ごしていたんだろうか。やがて可住惑星が現れるまでの間。否、姿すら違って。ステゴザウルスだったりしたのかもしれない。ティラノザウルスって感じはしない。肉食系草食系で言うなら草食系だろう。現代で言うならゾウみたいな。想像すると面白くて、くふくふ笑ってしまう。そんなにおいしい? と聞かれて、おいしいよ、と答える。トワは嬉しそうに笑って、私を見た。よく見るとその眼には星がきらきら輝いているのに気付く。ああ、本当に星なんだな、と思うと、なんだか遠い国の人に思えた。

 それはちょっと寂しくて、でも当然のことだからと割り切って、私はカルメ焼きを食べ尽くす。もう一個食べる? と聞かれたけど、流石にお断りしておいた。家でのご飯だっておいしく食べたいしね。

「トワこそ腹六分じゃないの? ご飯食べてないんだから」

「さっきスイッチ押したから、お腹が減る頃にはおにぎりにでもするよ」

 金髪碧眼がおにぎり。

 ぷっと笑ってしまうと、何がおかしいの? と問われた。そりゃ何もかもがすべておかしいわよ、とは言えず、握れるの? 手火傷しない? と訊いてみると、世の中にはお茶碗って言う便利なものがあって、二つくっ付けるとおにぎりに出来るんだよ、とごく真面目な顔で言われた。小学生か。けらけら笑うと、何がおかしいのか解らない、と言う顔をされる。ほんと、何もかもがすべておかしい夜だった。

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