第12話


 暑さ寒さも彼岸まで、とは言うけれど、都内の夏は長い。私はたまに金平糖とサイダーで水分と糖分を補給しながら、相変わらず走り回っていた。

 サイダーなんて飲むのは久しぶりだな。まあ一本五十円だから買いだめしちゃったんだけど。もちろんすてらで。だって来るんだもん、ダイレクトメール。今なら一本五十円とか言われたら五百円玉握りしめて行くわ。

 昔はビー玉が取れなくてわんわん泣いてたなあ。そしたらお兄ちゃんがポンっと蓋を取ってくれて、べたべたのビー玉を私の手に乗せてくれたっけ。そんな懐かしいことを思い出しながら公園のベンチで一休みしていると、じ、っと私を見上げる視線に気が付いた。

 そこにいたのは、金髪の子供。

 どうやら小学校には通っていない様子の園児っぽい外人のその子は、私の持っているサイダーの瓶に眼を釘付けにしていた。

 ……私は鞄から、サブのもう一本を取り出す。

「飲む?」

 通じるか解らなかったけれど男の子はこくこく頷いて、私の渡した瓶に手を付けた。

 ビー玉を押し出して、ごくごく飲むってことは相当喉が渇いていたんだろう。でも糖分って余計喉が渇くような気も、と思っていると、少年は飲み終わった瓶に指を突っ込んでカチャカチャ言わせていた。どうやらビー玉が欲しいらしいけれど、取り方は知らないらしい。

「貸してごらん」

 私は大きな太い蓋をくるくる回して取ってしまい、ちょっとべとべとのビー玉を男の子の手に乗せる。ぱあ、っとその碧眼を開いて見せた。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 中々に流暢な日本語だった。日系か日本生まれなのかもしれない。

「兄弟はいる?」

「いる!」

「じゃあ、これも上げる」

 私は自分の分からもビー玉を取り出して、ハンカチタオルでかるく拭いてから渡した。

 男の子は嬉しそうにして、ありがとう、と去っていった。

 さて。

 私もそろそろ、仕事に戻りますかね、っと。


 帰りにすてらに寄ってみると、珍しく明かりが外に漏れていた。この時間でも最低限の明かりしかつけないのに珍しいな、思っているといらっしゃいませと女の子の声が聞こえて、それが聞き覚えがあって、思わず目を丸くしてしまう。

 テルが昼間の男の子を膝に抱っこして、テレビをつけていた。なぜか昭和ウルトラマンで、しかも80だった。あの斬新なOPは再放送世代の私も知っている。ヤマト先生。じゃなくて。きゃっきゃ遊んでい男の子の手あるビニール人形も80だった。そう言えば店のどこかに吊るされていたのを見た気がする、出すところに出せば良い値段になりそうな。

「あ! おねーちゃん!」

「あら、もうお知り合いだったんですか?」

「テルのビー玉くれた!」

「それはお礼をしなくてはいけませんね。そう言う訳でカナさん、ありがとうございます」

「いや……それ、その子……」

「年に何度か兄妹が交代するんですよ、私達。小さいけれど兄さんです」

 曰く流星群によって星空が不安定になると、質量が小さくなるのだという。適度に訳は解らないけれど、今はテルがお姉さんでトワが弟、と言うことらしかった。バルは何日かお休みして、子供の世話と店番に当たるんだとか。昼間は外遊びに出ることも多いけれど、夜はこうして店でテレビを見ていることが多いのだと言う。昭和の子供か。

「そんな訳で、サイダー飲んできます? 今なら一本五十円ですよ」

「いや昨日買い溜めしたから良い……って言うか、二人とも、本当に人間じゃないんだね」

「メルクだってそうですよ。というか、あのバルまで案内されて半信半疑だったことに私は驚きです」

「だって殆どこっちと変わらないし……若い人が極端に少ないとかそのぐらいしか気にならないし……」

「十分気になって良いところですよ、それ。トワ、彼女はカナさんです。トワの大事な人ですよ」

 ブッと思わず吹くと、テルはくすくす意地悪そうに笑って見せる。

 いや大事な人って種類はあるだろうけれど、私その種類にも入ってるとは思ってない訳で。きょとんとしたトワはそれでもぱっと笑って私に手を伸ばしてきた。あ、80が変身した。子供が一番喜ぶ場面で人間に手を伸ばしちゃって良いのか、少年。

「カナちゃん、カナちゃん」

「な、何かな、トワ君」

「呼んでみただけーっ」

 えへへー、と笑う顔は金髪碧眼もあって、天使みたいだった。思わず鼻血を吹きそうになって頭に般若心経を唱え……あ、だめだ、半分ぐらいしか知らない。今度法事があったらちゃんと聞いとこう。そんなことよりテルの膝で暴れているトワが可愛い。どうしよう、可愛い。可愛いよこの子。

「て、テル……一生のお願いがあるんだけど、言って良い?」

「良いですよ」

「トワ、抱っこさせて」

「はい、どうぞ」

 いつもシェーカーを振っている手に持ち上げられたトワは、う? となったけれど、私が受け取るときゃっきゃとし始めた。可愛い。可愛い……! なにこれ可愛いー! 欲しいー! 弟とか妹とか夢だったのよ私、二人兄妹の下だしいとこたちも大人だったし。だからそう暴れられると胸がキューンと、キューンと、思わず抱き締めるときゃっきゃ笑って、もうキューンと!

「良ければ兄さん預かってみます?」

「すごく魅力的……だけど私昼間はバイトだし夜まで帰って来ないから面倒みられない。悔しいー!」

 うーっとトワを抱き締めると、むにっと胸を掴まれた。

 ……うん、胸?

「ちょ、トワ!?」

「テルよりおっぱいおっきー! あと星が胸にあるんだね、カナちゃん!」

 これは色々退行しているんだろう。だろうからお願い一瞬般若の眼になったの、やめてテル。私も乳揉まれて良い気分ではないんだから。前回のこともあって、子供相手にちょっとビビったんだから。

「カナちゃんはおっぱいのおっきー、僕の大事な人なんだね!」

「いや胸のことはもう良いから」

「おっぱいは大事だよ! ミルヒシュトラーゼ作るんだよ!」

「えっと、」

 何のことか解らずに思わずテルに救いの視線を求めたところ、苦笑して『天の川のことですよ』、と教えてくれた。

「ドイツ語です。ミルヒはミルクのことで、聖母マリアの乳が流れて川になった、って言われているんです」

「私まだ子供産んでないっ!」

「でも星の胸にとっては最高の誉め言葉なんですよ? 兄さんめ……後でたっぷりからかってやる」

 ぼそっと何か恐ろしいことを呟きながら、テルがまた般若の目になる。嫌止めて私悪くない。巻き込まないででもトワ可愛い。

「カナちゃん星の金平糖持ってる?」

「も、持ってるけど」

「なんだー。僕があげる人になりたかったのにー」

 これもテルに目顔で尋ねると、くふくふ笑いながら答えてくれる。

「星屑をあげるのは信頼の印なんですよ。兄さんもカナさんを信頼したからあげたんでしょうし。それにしても自分であげたことまで忘れてしまうなんて、ちょっと悲しいですよね」

「テル、」

「あとでからかえるから最高なんですけれど」

 テル、意外と腹黒い!

 でもトワの妹ならこのぐらい当たり前!?

 ざわざわざわっと背筋に走った悪寒に思わずぎゅっとトワを抱き締めると、きゃっきゃはしゃがれる。いや君、今君の危機だからね? 未来の君の危機だからね? そこら辺解ってないで失言を続けるとお尻ぐらい叩かれるかもしれないからね? そうなってもお姉さん助けないよ?

 五歳ぐらいのトワは今よりまだ髪の色が薄くて、殆ど白髪みたいだった。プラチナブロンド、って奴だろうか。テルはずっと向こうで働いているからみたいだけれど、それよりももっと薄い色をしている。手足は華奢で細長く、肉の凹凸がまるで解らなかった。ちゃんと食べてるのか心配になるけれど、星なら平気なのかな。うーんとなって、私は安全靴を脱ぎ、座敷に上がる。簡易キッチンにはカルメ焼きの後がポチポチ落ちていた。ちゃんと片付けなさい。使われていないだろう小さな一人用の冷蔵庫には、それでも葉野菜と根菜がちょっとだけあったので、痛み始めているものから取り出す。お肉も賞味期限は二日切れていたけれど、まあ死にはすまい。私は首にぶら下げていたトワをテルに返し、野菜を水で洗う。

「あの、カナさん? 何をなさっておいでで?」

「あんまりガリガリなもんだからちょっと心配になってね。まあお節介にちょっとした料理でも残して行こうかと」

「それは助かります! 私達どっちも料理は苦手で、メルク頼りなんですよ。そのメルクも今日は遅いし」

 はぅー、とお腹を押さえる仕種に笑って、炊飯器を見る。ちょっと固くなっちゃってるご飯があった。卵、卵……えーい直入れしてしまえ。それからみじん切りにした野菜をいためて、ご飯は卵と塩・コショウで味付け。フライパンが肉が焦げる程度に温まったらそれを投入。木べらでじゃっじゃっと炒めて行くと――

「はいどーぞ」

 必殺、適当チャーハン。

 おおーと眼を輝かせる兄妹(姉弟?)の前にスプーンを置くと同時、襖があいてメルクがちらっと顔を出す。おいでおいでするテルと、タイムリーにも青椒肉絲をもって来てくれたメルクで、和気あいあいの食卓だ。さてと、と安全靴を履いて私は座敷から出る。

「カナさん?」

「流石に食べてくのはね、家に親もいるし。じゃ、また明日寄るから、テル。トワ」

「んー! カナちゃん、またねー!」

 にっこり天使の笑顔に見送られ、私はバイクを大通りまで押していく。

 あーまったく。

 かわいーったらないぜ、此畜生め!


 次の日も、その次の日も、トワは小さいままだった。とはいえ都内じゃ流星群なんてちっとも解らない。ラジオで天気を聞くたびにまだ帰って来ないのかな、なんて思っている自分は、まるで恋する女の子みたいだった。恋する女の子? はは、ないない。ちゅーされて乳揉まれて、それでも私は無いと言い切れた。と言うか、私より、トワにないだろう。普通の人間との恋愛とか、寿命が違いすぎるし、一人トワを残していくのだって私はなんかヤダ。メルクもテルもいるけれど、それでも私はその胸に小さな黒い穴をあることになってしまうだろう。ブラックホール。笑えない。光になることを望む老人達の一番の脅威だろう、それは。そんな物には、なりたくもない。ペルセウス座流星群の頃には戻っていますよ、とテルは言うけれど、戻らなかったらどうなるんたろう。なんて私はちょっと不安になってしまう。慣れてること、慣れないこと。トワは最近皿洗いを覚えたけれど、大きさが戻ったらそれも忘れちゃうんだろうか。

 忘れる。金色の金平糖。なんとなく私は水にとって絞ったほうれん草を切りながら、鰹節の残量を見る。いつ開けたのかは解らないけれど、世界一硬い発酵食品だし、大丈夫だろう。多分。お醤油を掛けて、ほうれん草のお浸し。それとフライパンもあったまってきたところで、目玉焼きは四つ分。ちゃぶ台出して今度は仮面ライダーストロンガーを見ている二人を見ると、ちょっと和んだ気持ちになったり。

 と、そこでメルクがやってきてメインのおかずが届いたら、私は退散だ。ご飯を炊かせることは覚えさせたから、最悪おにぎりって手もあるだろう。私は別にいなくても良い。ただ冷蔵庫には何故か野菜と肉が常備されるようになっていた。これは私の功罪か? トワが戻ったら、絶対溶かしちゃうだろうに。

「カナちゃんはどーして食べて行かないの?」

 きょとんっと、本当に解らない様子で尋ねられて、まさか自分が星であることすら忘れているんじゃないかとちょっと心配になる。

「そうですねえ……トワも寝る時は流星の街に帰るでしょう?」

「うん!」

「それと同じ理屈ですよ」

「解んない!」

 あら、とテルがズッコケる。

「良かったら泊まってこうか? 明日休日だから」

 流星の街の夜も、駄菓子が笑う夜も、私には魅力的だった。

 でも、とテルが言いよどむ。

「ペルセウス座流星群は、今夜なんですよ」

「? だから?」

「……カナさん、人によく鈍いって言われません?」

 特になかった。

 ふうっと息を吐いたテルは、苦笑いしてOKをくれたので、私は携帯端末で母に友人の家に一泊することを伝えた。途中テルが変わってくれたお陰で特に怪しまれることもなく、私は久しぶりに街に出る。こっちです、と言われたのはバルと反対側の道にある、アパートだった。

「これ、兄さんの部屋の鍵です。ベッドは一つしかないと思いますけど」

「このぐらい小さかったら大丈夫でしょ、多分」

「はぁ……本当。後悔しないでくださいね」

 テルは最後まで憂鬱そうだったけれど、メルクと一緒に階段を上がっていった。もしかして同居してるのかな? なんて出歯亀心がうずいたけれど、手を繋いでいるトワの首がかくんかくん眠たげなので、それは止めておくことにする。鍵を開けて、部屋に入ると、存外綺麗だったけれど生活感はあまりなかった。掃除だけテルがして、寝るためだけの部屋なのかな、なんて思う。ちょっと寂しいな、と思いながら、私は髪の三つ編みを解いてシャワーを借りることにした。ついでにトワも洗っちゃおうと脱がすと、やっぱり手足は細っこい。流星群の所為なのかな、思いながら私もライダースを脱いで型崩れしないように適当に掛けて置く。バスタブのないシャワールームは欧米的だった。そして狭かった。シャンプーを取ってみると、ちょっと甘いにおいがする。もしかしたら金平糖なのかもしれなかった。


 髪を乾かして、適当にシャツを一枚借りて(洋服持ってるんじゃん)、トワにもそうしてパジャマ代わりにする。案外肩幅広いな、いつも着流しだから解んなかったけど。それに袖も余る。ちょっと悔しいけれど、まあこんなもんだろう。トワの外見年齢ッて二十七・八歳ぐらいだし。お兄ちゃんが生きてたらどんな顔をしたのかな、なんて思う。お兄ちゃんと同い年ぐらいだし。

 ころんっとベッドに横たわると、ふぁーと電池切れらしいトワも私の横に入ってくる。お腹を壊さないようにお腹だけにタオルケットを掛けて、私達は眠りについた。

 静かすぎる夜は逆に眠り辛いな、なんて思った。


 次の朝。

 髪を撫でるトワの手の動きで眼を覚ました私は。

 すっかり元に戻ってるトワに絶叫も出来ず、ぱくぱく顔を硬直させた。

 流星群が終わると言うことは空が安定すると言うことで、つまり。

 私は慌ててバスルームに向かい、服を着直した。


「だから言いましたのに。流星群は最後なんですよ、って」

「終わったことに意味はない」

「ですけどー。まあ兄さんには良いドッキリだったでしょうね。眼が覚めたら憎からず思っている相手が眼の前ですやすや寝こけてるなんて」

「たまには飴と言う事か」

「ですです。バルずっと閉めてたから、今日から再開ですね、メルク。夏休みはもう終わりってちょっと寂しいですけれど」

「十分休んだろう。料理もせず」

「おにぎり覚えましたよ」

「うちに炊飯器があるか?」

「お鍋で炊く方法教えてもらいました。お米に対して水が浸るくらい、弱火で二十分蒸して十分、です! 確か!」

「朧気じゃないか、もう」

「やってけば覚えますよ。お米買って来ないと無いですけど」

「無意味過ぎる知識……」

「いざとなったらすてらから炊飯器持ってきます!」

「そうした方が、安全そうだな」

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