第11話


 と、伏線を振って置いて。

「まじ誘拐されるとか思ってねーよ……」

 はあっと溜息を吐いた私は、ガムテープで塞がれた視界にはーっともう一度息を吐く。ライダース姿でもちょっと涼しいと感じてしまうここは、どんな大密室だろう。仕事が終わってさあ帰るかと思ったところで後ろから首を締めあげられ、一気に気絶。そしたら誰もいないだろう部屋に一人放り込まれて。髪と一緒にガムテープで視界を塞がれていた。って言うか睫毛。抜けたらどうしてくれるんだ睫毛。ビューラー得意じゃなくて仕事にかこつけていつもすっぴんで育った私の自睫毛はどうしてくれる。

 命の危険はあまり感じていない。なんとなく、そこまで勇気のある団体じゃないと思っているからだ。誘拐だってどこか消極的な犯罪だと思う。子供を狙うんだから特にだ。まあ私は、大人だけど、多分報復って奴だろう。となるとあの時エンジンで脚と腕を焼かれた奴かな。なんて思っていると、ちょっと遠くで扉の開く音がする。それと、特徴的な匂いがちょっとだけ。臭い……硫黄? となると、温泉の近くかな。近所にはちょっとだけど温泉が湧いてるところがある。あの近くの建物って言ったら、大きな倉庫が二つと小さな倉庫が五つだったはずだ。どこだ。ばたんと音がして、きゅるきゅる車輪の回音がする。車椅子かな。だったら尚更、あの時のガタイの良いにーちゃんだわね。まだ歩けないのか。悪いことしちゃったのかも。まあ、悪い人には悪いことが付き物でしょ。

 それにしてもあのバイク便に努めてる女性が私だけで良かった。間違いで誘拐されたらたまったもんじゃないもんね。

「てめーの所為でバイク乘れなくなったぜ、ねーちゃんよお」

 毒づくような声。まあ、骨折もしただろうしな。重量と火傷の二段攻撃は、流石にきつかったろう。しかも二発。

「どころか歩くのも杖使わなきゃなんねーんだとよ。どーしてくれんだよ、おい」

 携帯端末は抜かれている。多分どっかの水場にポチャンだろう。色々登録し直すのが面倒だけど、PCを使えばそんなに面倒でもない。

 他所ごとを考えているのは、ちょっとでも怯えているからだろうか。寒い、気がする。まだ真夏なのに。温泉も近くにあるのに。ひんやりする。だんたん人が増えてくる気配。タコ殴りかな。リンチってやつ? 顔に痕が残っても別にいいけど、歯は折らないで欲しいな。贅沢なお願いかしら、これって。冷や汗が出る。でも私は無反応を貫く。なるべく刺激を与えないように。こう言う時の鉄板だ、小説で読んだことがある。

「おう、ねーちゃんよう!」

 私の無反応に痺れを切らした男が恫喝して来る。怖くない。大丈夫。お守りは入ってるし。それがどこまで信用できるかは解らないれど、お守りはお守りだ。

 髪を掴まれて長いそれがぶちぶち抜ける。ろくなケアしていないけれど伸ばしてはいるので、それはちょっと痛かった。可愛い女の子ならやめてと泣き喚くところなんだろうけれど、残念私は可愛くない女の子なのだ。とことん無言と無表情を貫き、舌を噛まないように顎も閉じておく。あくまで軽く、殴られても平気なように。

 バイク乗りならチキンランで勝負を着けろよ、思ったのは私がそうして族を抜けたからだ。そして兄もそれで失っているからだ。でも相手はバイクに乗れない。だから数で勝負をしに来た。私は、言っちゃなんだけど、アレだった過去から友人は少ない。バイト仲間とは多少打ち解けているけれど、それぐらいだ。あとはステラの街の面々だけど、異世界にこの状態で助けを求めたって無茶だろう。大体私はすてらの押し入れからしかステラに行ったことはない。他にゲートになりそうなところなんて、知らない。百合籠翁なら知ってるかもしれないけれど、私には知らなくて良いことだろう。いつどうなってしまうか解らない街の、ことなんて。

 手首も後ろでガムテープにくくられてる。海に落とされたら死ぬな、と思う。死ぬ。星の街の人々は死ぬことが栄光で光栄なのだという。流れ星になれるのが、本当に待ち遠しいのだという。私にとって栄光あることとは何だろう。光栄な死とは何だろう。取り囲んでいる人数は十人足らずって所。まあ、死にはしない。普通のリンチなら。

 普通じゃないリンチなら?

 思った途端、上下繋がったライダースのファスナーが下されるジィィィィィィィィィィという音が響く。

 まさか身体?

 暴力の覚悟とそっちの覚悟は違う!

「ちょっやだ! やめ、んー!」

 口にガムテープを貼られて満足に叫びも出来なくなる。

「ははっさすがのねーちゃんでもこっちは怖いだろ? 初めてか? なら最初は俺にやらせろよ、両脚の分たっぷり楽しませてもらうからな!」

「んー、んーんー!」

「暴れんなよ、そそるじゃねーか」

 嬉しくねーよゲス野郎! 叫びたいけれどガムテープ、特に布テープは頑丈だ。唾液でいくらか湿っても剥げる様子はない。いやだ、初めてがこんな奴らだなんて絶対嫌だ! 舌噛んで死んでやろうか、それも策に嵌るようで嫌だ。打開しなくては。この状況を、私は打開しなくてはいけない。一人で。たったの一人で? 助けて。誰か。助けて。

 身体を丸めるように脱がされるのを抵抗する。

 零れたのはいつも胸元に入れていたお守りの金平糖だ。

 金色の針金で止めて合ったそれが零れて、胸の星に触れる。


 瞬間、カッと光が生じる。

 ガムテープ越しでも思わず目を閉じると。

 そこはステラの、いつものバルの匂いで。

 引きずり込まれた連中が戸惑っているのが、解った。


「嬢ちゃん! どうしたんじゃそんな恰好で!」

「いや、こいつらはなんじゃ?」

「まさか嬢ちゃん、こいつらに何か」

「お――おい、何だよこれ、どこだよ、何なんだよっ!?」


 私の拘束をてきぱきと剥がしてくれたのはメルクだった。やっと眼が見えるようになってくると、あのバルでさえ明るいと感じてしまう。ジャッとファスナーを上げられて、戦々恐々の空気だけが残る。

 そこで、からころドアベルが、いっそ間抜けなほど平和な音を立てた。

 立っていたのはトワ。

 おやまあ、と私を見て連中を一睨みする。

 男達は金髪碧眼浴衣姿の異人の登場に、混乱しきっている様子だった。


「お母さんに駆け込まれて探しに出て来たら、あっという間にご対面かい。そっちの車椅子のは前にウチの前で煩くしてた奴だねえ」

「兄さん、お知り合いならさっさと片付けてくださいな。邪魔です」

 テルの冷たい声音に、車椅子の男がどこか逃げ道を探すように辺りを見回した。だけどバリアフリーじゃない店内は段差も多いし、そもそもイスやテーブルがひしめき合っているから出るに出られない。他の連中は逃げようとしたけれど、お爺さん達のがっちりした力で捕まえられて、身動きできないらしかった。流石は流れ星。質量も大きい。

「さて、それじゃあこれでも使うかね」

 トワが懐から取り出したのは、金色の金平糖だった。

 記憶を操る、金平糖。

 魔法なんかないって言ってたくせに、実はあった裏技。

「あんた達は何も見なかったし聞かなかったしカナちゃんなんて知らない。さ、口をお開け」

「い、嫌だ嫌ッ」

「同じこと言っただろうカナちゃんには何してくれたんだい。そらさっさと、……呑み込め!」

 ころんっと口の中に一粒入れられた金平糖、容赦無くそれを噛み潰すように入れられる拳骨。じゃりっと音がして、まずは車椅子が意識を失った。さて、とトワが辺りを睥睨すると、金平糖が勝手に飛んで行ってその口に入る。お爺さん達がそれぞれ拳骨やアッパーでそれらを噛ませると、全員が意識を失う。

「さてカナちゃん、君はどこから来たんだい?」

「解んない……多分温泉の方だと思う。硫黄の匂い、してたから」

「大小七個倉庫はあるねえ。そこのどれかに連れ込まれてたってことか。まあ適当に転がしておけばいいだろう。それよりカナちゃん」

「えぁ」

「怪我は、していない?」

 そっと頬に触れられて。

 私は情けないほど涙が滲んで。

 ライダースの中でちょっとずつずれていく金平糖。

 胸の星がパスポート。

 こういうことだったのかとどこか冷静な部分が納得してて。

 そして私は。

 へたり込んで大泣きした。

 お爺ちゃん達が今日は飲みなさいと小さなリキュールボトルをたくさんくれたのが嬉しかった。


 家に帰るとお母さんが心配そうに私を出迎えた。ちょっと誘拐されちゃって、とは言えず、友達の長話に付き合ってたのをトワに連れて来られた、と嘘を吐いた。ほっとしたお母さんはぺこぺことトワに謝りながら、なぜか私も謝らされるという頓珍漢な光景になったけれど、まあ良かった。お風呂に入るためにライダースを脱ぐと、ぼろぼろ金平糖が零れてくる。そうだ、また作ってもらわないと。ちょっとべとべとになってしまっているそれを口に入れると、ほっとした。美味しい。黄緑を一つ齧ってから挟まってた袋に全部拾った物を入れて、私はバスルームに向かう。

 本当、偶然でも胸元に入れててよかった。

 今度からは意識してすぐ胸に触れる箇所に入れておこう。

 それと、お爺さんの一人がくれたカルーアで、カルアミルクを作ろう。今日は流石に眠りづらそうだから、晩酌だ。今日ぐらい許されるだろう。一日ぐらい許してくれるだろう。誰かが。

(トワが?)

 それにしても啖呵切る時のトワって、ちょっとちぐはぐが過ぎて笑えるよなあ。思いながら私は、シャワーの後で髪を乾かし、カルアミルクをお供に眠った。甘くてコーヒー牛乳よりまろやかに感じたのは、今日の一連のあれこれが過ぎたからだったのかもしれない。でもバイトは続けなきゃ。トワがあの金平糖を食べさせてたから、多分もう大丈夫だろう。それにしても金平糖を操れるなんて知らなかった。下手したら私の口にも放り込まれていたのかもと思うと、ちょっとぞっとしないでもなかった。お兄ちゃんのことを忘れたり、トワのことを忘れたり。それはちょっと怖すぎる、想像だった。から、早く寝た。


 夢を見た。

 迷子になって泣いてる夢だった。

 誰か男の子が手を握ってくれたのに、その顔は思い出せなかった。

 秘密だよ。

 言って、くれた金平糖を食べると。ぱちんっと何かが弾ける気がした。

 そして男の子は完全に姿を消した。

 私はお母さんに見付けられて、ちょっとだけ怒られた。

 商店街だからってはしゃがないの。

 金色の金平糖だった気がするのは、夢だからだろうか。

 明晰夢。だとしたら彼は自分の顔を隠したんじゃないだろうか。

 誰から? 私から。

 何のために?

 それは夢の中で考えても、駄目だった。

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