第10話
※
何やってんだ間接チューとか何やってんだ。あばあばと後で死ぬほどのたうち回った私は、とりあえずそれを無かったことにするため、前に貰ったけれど食べていなかった空色の金平糖を口に含む。あまーい。おいしーい。ほ、っと一息吐いたら笑えるようになっていた。今日貰った分はお守りとして、前に買った二袋はこういう時の精神安定用にしよう。はー、甘い物って心を落ち着かせ……せる……けど、やっぱり恥ずかしい。うう、見られた。思いっきり見られた。こっぱずかしいにも程がある。
しかし金色はやばかったな。もし口にしていたらお兄ちゃんのことをきれいさっぱり忘れてたなんて、それじゃお兄ちゃんを通じて知り合いになったバイク仲間の人とか同窓会のお手紙とか訳解んなくなっちゃってたってことなんだから、ぞっとする。故人で出席できない兄の代わりに兄の話を聞くのは好きなのだ、同窓会は。向こうには気を使わせていると思うけれど、私だってお兄ちゃんを手放しくない。
そう言えばあの時何であんな流れになったんだっけ、っと思い出すとまた頭が爆発した。キス。された。そうだ。夢のない大人。私は買ってきた本を取り出す。とりあえず免許の取得から始めようと大型特殊の教本を買って来ていたのだ。特殊車両が扱えれば大分就職の幅は広がるだろう。大特って奴だ。バイク便はあくまでアルバイト、月十八万じゃ暮らしていけないしネットや携帯端末、光熱費を考えると赤字の予感しかしない。幸いなのは私がネトゲやスマホゲーをしないことだけれど、雀の涙にもなりゃしないだろう。そんなの。否、ああいうのは課金でどんどん削っていくって言うしな。牛の涙位にはなるのかもしれない。どっちにしろ無駄遣いはしない方が良いだろう。資格試験の為にも。
いろんな色が混じった新しいお守りの金平糖を、電灯に照らす。きらきらしてるけど、こういう人工的な感じじゃなかったんだよなー。あの金色のって。パスポートみたいなものです、テルは言ってたけれど私には良く解らない。つまり身分証明になる? 金平糖と星の痣で? 私はベッドにごろごろしていた身体を起こして、鏡台に向かい、自分の上着をめくってみる。ブラもちょっと上げると、そこには星の痣が黒くついていた。たまに光って、たまに痛い。何なんだろうと胸をしまいながら服も下す。これが無くなったらあの街に行けなくなるってこと? それは――嫌だな。直感的に、嫌だ、と思う。私はあの街が好きで、でもいつかは流れ星になっちゃう街で。
流星街。いつかはメルクやテルより年上になるんだろう、私も。トワよりも。それは嫌な想像だったけれど、仕方のないことでもあるのかもしれなかった。
こんな気持ちになるなら最初のあの時、入ったりしなきゃ良かったのかな。でもでなかったらえにしちゃん助けられなかったかもしれないし、すごく複雑だ。お金持ちの子息を狙った誘拐団だったと判明したのは次の日ぐらいだったけれど、よくえにしちゃんにあんな暗号書かせてくれたよなあ。と思ったら、筆跡で子供の実在を知らせようとする手口だったらしい。もっとも暗号で書かれたら訳解んなかっただろうけれど。とりあえず筆跡は筆跡だ。ご老人方にはわかりにくいかもしれないけれど、いつかはガラケーだって暗号になるのかもしれない。111334444999とか。うわっ考えた自分がこっばずかしい。なしだ、なし。
それにしてもそう言う軍団かいるって言うのは脅威だよな。私はフルフェイスのヘルメットだったから顔は割れてないだろうけれど、その一部と抗争状態になっちゃったわけだから、まずい。バイトはさっさと切り上げて、特殊車両系に行こう。そしたらバイクはちょっとの間封印して、モンキーで出歩くのも良いかもしれない。えにしちゃんにも見つかり辛いし。
さーて本でも読むか、と思ったとこで部屋の扉が開く。
うちにはノックなどという文化はない。
入ってきたお母さんが、ねえ香苗、といつになく心配そうに聞いてくる。
「バイト、まだ続けるつもり?」
「んー、一応そうだけど」
「変な事件があったじゃない。あなたも巻き込まれたって言う」
「ああ、誘拐事件ね」
「早いところ止めちゃった方が良いんじゃないかしら。顔が割れてたら大変よ、あなたにまで何かあったら母さんもう、もう」
「あはは、その時はすてらに行ってよ、お母さん」
「すてら?」
「商店街の脇道入った所に駄菓子屋さんがあるの、知らない?」
「ああ、空色の看板した――でもどうしてそんなところに?」
「秘密。でもあそこに行けばきっと大丈夫だから。それにバイト辞める算段も、つけてない訳じゃないんだよ?」
一緒に買って来ていた大特の教本も見せてみると、『もっと女の子らしい本を買いなさい』、なんて笑われた。私も笑い返す。ドアからちょっとはみ出てるお父さんの肩も見ながら。
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