第8話


 流星の上に街があるなんで馬鹿げている。思うのは頭で、あの町に奪われているのは心だ。どうもトワが言ったことが引っ掛かってしまって、危うく坂道発進を失敗するところだった。車みたいに前後左右守られていないから、結構危険なのだ、バイクという乗り物は。なのに他に気をやってたら危ないのは解っている、解っているんだけれど考えてしまう、陽気な老人達のこと。百合籠邸に着いてバイクのエンジンを切り、キーを取り出してからリンゴンと鳴るドアベルを押す。出て来たおなじみのお手伝いさんに、こちらです、と通されたのは百合籠翁の新しい書斎だった。まだ木の匂いのする、気持ちの良い空間。

「保志さん。やってくれたのう」

「え?」

「えにしが二人が流星街に入っていくのを見てしもうた」


 流星街、と言われて一瞬ピンとこなかったけれど、百合籠翁の眼鏡の奥からの視線で何となく引っ張り出されたのは、ステラだった。見られた? どうやって? いつも襖を開ける時はシャッター閉じて閉店モードにしてるのに?

「えにしも悪いんじゃが、窓のカーテンに隙間があったそうでのう。それで見てしまったと。あれは何だと。質問攻めにされてとぼけているのも限界じゃ。本当のことを話すのと、誤魔化し続けるのと、あんたはどっちが良いと思うね。保志さん」

「そんなこと言われても――私も本当のことなんて、知らないようなものですし。ステラは謎解き好きな老人たちの集まるバルがある、ってことぐらいしか。あと二十四時間営業が基本なのとか」

「十分知っとるじゃないか。あそこの謎解きを期待して、わしはあんたにあの手紙を託したんじゃ。もっとも解いたのはあんただったようだが――わしの知る限り、老人達はいつも老人達だったよ。若いもんなんてテルとメルクぐらいしか知らん」

 それは私も同じだった。

「流星の上にある街なんじゃよ、あそこは。いつか流れ星になるために流離い惑う星の街。それも、初耳かね?」

「酔っぱらったトワが……言ってました。自分達は星空だから無くならない、とか」

「そう。エトワールとシュテルンは永遠じゃ。少なくともこの宇宙が終わるまで」

「それも、言ってました」

「どうしてしまったもんかのう……まったく、子供だからと適当にあやせなくなってからは連れて行ったことも無くなったのに」

「……前の店長さんは、流れ星になったそうです」

「聞いとるよ。だからあそこはすてらになった。もう何十年かはすてらで、時折変えるつもりじゃろう。カステラと間違えそうだが、今は鈴カステラも置いておるらしいな」

 くっ、と百合籠翁が笑う。

 それから本当に途方に暮れたように、溜息を吐いた。

「わしはあの子を嘘吐きの子にしたくはない。だが本当のことも話せない。どうしたもんかのう」

「お祖父ちゃん」

 ハッと振り向くと、ドアの陰には長い黒髪をポニーテールにしたえにしちゃんが佇んでいた。

「えにし――」

「お祖父ちゃんが困るなら、私もう訊かない。だから遊びに行くのは許して。エトワールさんの所に行くのは、許して」

「えにし、しかし」

「私エトワールさんが好きなの」

 それはとても、純粋な告白だった。

「香苗お姉ちゃんも好き。だから今が続くなら、私、もう何も聞かない」

 苦しげに、とても苦しそうに、だけどえにしちゃんは笑った。

 彼女も胸に星を持っているのかもしれない、なんて思う。

「すまんな、えにし。えにしがもう少し大きくなったら、絶対に教えよう。約束じゃ」

「うん。約束」

「すまんな――すまんな、えにし」

「誰も悪くないことなんでしょう? 一番悪いのはのぞき見した私だよ。だから謝らないで、お祖父ちゃん。私も子供じゃないよ」

 子供じゃない。老人達。いつか流れ星になるのを待つ人々。

 私は。

 私はどっちだろう。まだ子供だろうか。流れ星に願いを掛ける子供だろうか。そこに何があるのかも知らず、何が消えるのかも知らず。でも私は知っている。トワの言葉が戯言でなかったのなら、私は知ってしまっている。ステラ。ふいに口唇に触れる。ガムが食べたい。コーラ味の。そうしたら囲碁で完勝したお爺さんだって、因数分解のお爺さんだって、忘れずにいられる気がして。

 私は立ち上がる。百合籠翁から書類を受け取る。行先はすてら。多分どうしようか相談の内容があるんだろう。それはもう片付いたも同然だけど、私は伝える仕事をしているのだ。人の言葉を人へ。だから届ける。ただ働きでも良い。トワにこの人の葛藤を伝えなきゃ。もしそれが、すてらを失うことに繋がるとしても。

 すてらは、ステラは、星は、永遠だろうか? 流星には終わりがある。恒星だって赤色巨星化する。星にちなんだ名前を持つ私には、それはちょっと興味深いことかもしれなかった。太陽だっていつかは死ぬ。そして太陽系は終わる、のだろうか。テラフォーミングとかで火星や月に移住するSFは何度も見た事がある。星は死ぬのか。失われることはあるだろう。宇宙は死ぬだろうか? それは未経験で、まだちょっと解らない。

 だから私は訊きに行くんだ。ヘルメット被って制限速度きっちり守って、A4サイズの鞄に謎を持って。

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