第7話


 気付いたことがある。

 あのバルにいるのが皆年老いた人たちばかりだということだ。

 若いのはメルクとテルぐらいで、あとは時々顔を出すトワぐらい。それと私かな。

 住み分けがあって若い人の集まるバルもあるのかと思って聞いてみたけれど、そもそもこの街にバルは一軒だけらしい。街のことは知らない。カルガモのように、私はトワが連れて行ってくれるとこしか知らないのだ。

 そして本日はちょっとした買い出しのため、荷物持ちとしてテルと行動している。大通りはふわふわ淡い光がどこからともなく漂っていて、やってるお店と閉まってるお店が解らないぐらいだ、と言ったらどこも二十四時間営業ですよ、とテルに教えられる。二十四時間刻みの時計を思い出してそうかと納得すると、あのひらべったい鳥のお菓子も買ってくれた。町から出しちゃダメだけど、ご褒美です。なんて言われて、童顔なのに年上なんだなあと思う。ぴよぴよ揺れる花型の後ろ髪はどうやって結わえているんだろう。思いながら帰ってくると、メルクがすっかりお店の掃除を終えてテーブルも整えていた。滅法に手際が良い人だなあ。話さないし無表情だけど、この職に就くという夢があったからここに来たんだろう。夢。夢のない大人は先を見過ぎる、と言っていたのはトワだっけ。カウンターで腕を付き、ぐうぐう眠っている。

「あの……聞きたいんですけど、良いですか?」

「内容によります」

 大人の答えだった。

 手厳しい。

「トワより前に駄菓子屋をやっていたお爺さんって、どこ行っちゃったんですか? 私、昔その人に転んだ傷を手当てしてもらったことがあるんです」

 だから言えるなら御礼が言いたい。思って訪ねると、メルクとテルは顔を合わせてちょっと戸惑った風になった。どうしたんだろう、また変なこと聞いたかな。もしかしてその頃はまだ、こっちとあっちを繋げる店じゃなったのかも。でも百合籠翁の話ではそんなこともないような様子だったし――いったい、何が。もしかしてもう亡くなっているとか? お年を召した人だったし。その可能性は十分にある。

 だとしたら地雷だ。あんな優しいお爺さんのことを問うのは、残酷だ。三つ編みの先っぽを指でさりさりさせていると。ふぁ、と欠伸の音が聞こえた。トワが起きたらしい。

「消えたよ」

 そしてよく解らないことを言う。

「消えたって……消息を絶ったとか、そう言う?」

「違う。星に辿り着いたから消えた」

 訳が分からない。

「兄さん、」

「この街はね、一つの流星なんだよ。カナちゃん」

「流星……?」

「そう、何光年も旅をする。だからお客は老人ばかり。僕らだって平常の歳に換算すれば、カナちゃんの十倍にも百倍にもの歳にもなる。メルクは惑星だからそう簡単には消えない。僕とテルは星空そのものだから消えない。だけど老人たちは消える。どこかの星の大気圏に入ったりしたら、笑いながら光って消えていく。たった一瞬の輝きを喜びながら、消えていく」

 流星の街。

 ステラ。

「星空そのもの、って」

「そのままの意味さ。僕ら兄妹は宇宙なんだよ。やがてメルクが赤色巨星化してしまおうとと、地球が疫病や巨大隕石で滅ぼうと、変わらず存在し続ける。そう言うもの。もっとも宇宙にだって寿命はあるから、僕達もいつかは死ぬだろうけれどね。と言う訳で、先代主人は流星になって一年前に消えました。それが答えさ」

 みんながここで飲み明かしているのは、その時を待つからなのか。

 恐ろしくはないんだろうか。

 星にぶつかって消滅するのが、怖くはないんだろうか。

 ぎゅっと抱きしめたのは鳥のお菓子。チョコレートよりお砂糖よりずっと甘い。宇宙だから取れるのだろうか、『銀河鉄道の夜』のように。この町もやがては消える? でもトワたちは消えない? 喜んだら良いのか悲しんだらいいのか解らないよ、そんなの。

「ああ、カナちゃんそんなに悲しそうな顔しないで。星達は陽気なものだよ。自分達が煌めける一瞬を待っている。誰かがしょぼくれてちびちび酒を飲んでるところなんて見たことないだろう?」

「じゃあ、仕事って?」

「それは色々さ。星の軌道を観測したりお店をやったり、自分達が衝突する星を考え込んだり。たまに大きな隕石とぶつかってしまったりするけれど、へばりついて街は続く。流れ星になるまで。煌めける一瞬まで」

「そんなの……」

「寂しいと思う? でも僕らは寂しくも悲しくもなく、ただ誇らしいのさ」

 解らない。

 死ぬ一瞬が誇らしいなんて。

 怖くないなんて。

 お兄ちゃん。

「なーんて! 作り話にしちゃ微に入り細に穿った感じだったかな? カナちゃん」

「へっ……」

 テルとメルクがホッとした顔になるのにも気づかず、私はただトワの言葉にきょとんとする。けらけら笑ったトワは上機嫌そうにお酒らしい琥珀色の入ったグラスをく、と傾けた。ぷひぃー、っとおじさんみたいな声を出して、それを一口。

 冗談にしては性質が悪い。私は急激にこみ上げた怒りを、砂糖菓子を抱く力に籠める。ぴきっと音を立ててひび割れて、それをテルが受け取った。それに任せて私は、トワの背中をバンッと叩く。いたた、なんて本気で痛そうに涙目になったから、勘弁してやろう。でもその性質の悪さは、嫌いだ。笑う星達。流星の街。あんまりにも説得力があって、忘れかけていたここが異世界だと思い出さされる。もしかしたら本当なのかしれない。百合籠翁はそれを知っていて、えにしちゃんをここに近付けたがらないのかも。かたかた噛み合って行くパズルのような妄想に、私は三つ編みをぶんぶん振った。謎解き好きの老人達。いつか消えるのは誰だって同じ。あの時のお爺さんだって、寿命で逝ってしまっただけなんだろう、多分。そうとでも思わなければやっていられない。まったく、本当にまったく。

 鳥の欠片を口の中に放り込むと、甘い。でもすてらの金平糖ほどじゃないかな、なんて思う。平坦な甘さというか。すてらの金平糖はもっといろんな風味を持っている。ちょっとした苦みもあったり、すーすーするような爽快感があったり。総合すると金平糖の方が美味しいけれど、単純に甘いものが食べたいときはこの鳥が良い。星空に網を広げて鳥を取る。この鳥がそうやって取られたものかは解らない、けれど、そうでも驚かないぐらい私はこの街に慣れている。

 ちょっと危ない傾向なのかもしれないな。と思いながら、ポリポリとテルの腕の中のお砂糖菓子を食べる。

「あの、そろそろ自分で持ってくれると荷物が置けるから助かるんですけれど……」

「うわっそうだった、ごめんテル!」

「いえいえ、悪いのは全部兄さんですから」

 こくこく頷くメルクは相変わらず無表情だけど、ちょっと口元が緩んでいるような気がして、珍しいな、と思った。

「兄さん、お酒が入っているとはいえ迂闊ですよ。ここがどこかなんて、解ってない方が良いぐらいの場所なんですからね」

「んー、テル、テルの作ったバーボンソーダがお兄ちゃんは飲みたい」

「口にそのまま注いでやりましょうか」

「テルが冷たい! お兄ちゃん悲しい!」

「兄らしい行動をしてから兄を名乗って下さい」

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