第4話


 私のバイク歴は十六まで遡る。勿論無免許で盗難バイクだった。悪い先輩について行って不良街道まっしぐら。何かにつけていじられる髪色の所為で、すっかり私はひねくれていた。昔の写真を見せても今は加工技術があるからねえとニヤニヤする教師。大人しく黒く染めなさいと言う学年主任。そんな所から飛び出せるのは、兄の形見のバイクを磨いている時だけだった。ちなみに私は乗ったことがない。兄さんの痕跡を消してしまうようで怖かったからと言うのもあるし、単純に壊れていたのもある。チキンランで勝った、栄光のバイク。兄さんを殺した、憎いバイク。

 それでも恨んで廃車にすることは出来なくて、ずっとそのまま。兄さんが買ってたバイク雑誌は、今も毎月仏壇に供えている。両親は渋い顔をするけれど、どうせ次の月には私が読むので知らんぷり。

 兄さんを奪ったバイクと言う乗り物は、それでも走っているのは気持ち良かった。長い髪をおさげにして首に回し、フルフェイスのヘルメットをかぶって、誰とも知られずに夜を暴走する。そう、私は暴走族の一員だった。今はもちろん辞めたけど、それで過去が清算できるとは思っていない。だからネームタックを隠してるのだっての所為だ。チキンランで二十勝して族を抜けた保志香苗は伝説になってしまったらしい。でも私はそんな伝説はいらない。だから、星の街で誰とも知れない人達とノンアルのカクテルで過ごすのは気持ち良かった。昔は違法飲酒に盗難バイクにノーヘルの時もあったぐらいだし。だから私は私を信用していないし、テルのカクテルもほんとはちょっと怪しんでたりする。勿論、人柄が解った最近じゃ、そんな悪戯する子じゃないと解っているけれど。

 夢のない大人なんだ。とトワは言っていた。夢があったのがテルやメルクだったとしたら、どうしてあんな所で売れない駄菓子屋なんかしてるんだろう。それが夢だったとでも言うのだろうか。夢のない大人。私も自分が大人になるのに夢なんか持っていなかった。まさかバイク便のライダーになるなんて、あの頃を思うと本当にそう思う。好きこそものの上手なれ。三つ子の魂百まで。二輪からは一生離れられないんだろう。それでも兄さんは許してくるかな? お墓に線香をあげて、私は傍らに置いていたヘルメットをぎゅっと胸に抱きしめる。仕事に行く前の儀式みたいなもんだ。両親が近くにお墓を買ってくれてよかったと思う。本家のお墓なんて長期休みでもないといけない。


 夢のある大人はどんな風になるんだろう。

 私はまだ軌道修正できるのだろうか。

 選挙権もない十九歳の私には、ちょっと解らない。

 あの眼を思い出すと身体が硬くなる、私にはちょっと解らない。


「へぇ、お兄さんいたんだ」

「ええ、六つ年上で。ちょっと粗暴な人でしたけど、良い兄でしたよ。金属おたま買って来てカルメ焼き作ろうとして失敗したり」

「それは負けられないね」

「もう鬼籍の人ですから。思い出って絶対ですよ。だからトワにも超えられないと思います」

「手厳しい」

「でも、死んだ人は永遠ですね、確かに。眩し過ぎて手が出せない」

 テルが出してれたのは搾りたてのピンクグレープフルーツにザラメを掛けたものだった。ちょっと噛まなきゃいけないのが良い触感で。へにゃ、と私は笑ってしまう。兄さんが生きてたら絶対連れて来たのになあ。でも兄さんは私を連れて来てくれなかっただろう。直感だけどなんとなく、解る。

「そう、まーぶしくて手が出せない……両親もいまだに言うんですよ、お兄ちゃんだったら、お兄ちゃんなら、って。私の方が死んだほうが良かったのかなってぐらい」

「カナちゃん」

「失言です。忘れてください」

 あはは、と笑うけれどトワは笑ってくれない。カウンターではテルが新しいカクテルを作っていた。マンゴーの匂い。おいしそうだけど、ダメダメ。最近ここの味覚えて以来、体重が増えてるし。仕事柄もつらい。お尻がつぶれると形が悪くなるし。まだえにしちゃんの理想のお姉さんであるためにはお腹ぽっこりも避けておきたい。

「お兄ちゃんになりたかったんですよね、私」

「どういう意味?」

「お兄ちゃんみたいに夜の街を一人で走って海に行って釣りしたり山に言って叫んでみたり。そういう話を聞いてると、楽しかった。だから私も、って思って入ったのが暴走族じゃあどうしようもないんですけどね」

「解っているなら、反省しているなら、君は良い子だよ。カナちゃん」

「反省しても命って戻って来ないじゃないですか」

「――もしかして」

「きょとんとした顔の、可愛いタヌキだったのに」

 ずる、っとトワの肩がずり落ちる。

 でも轢いたのが人でなくて良かったとは思えない。あの子の命は決して戻って来ないんだから。人だったら懲役食ってたけど、動物は器物破損ってひどい気がする。どっちも同じ命なのに。しかも片方は人が飼ってないと罪にすらならないなんて。しゃり、とザラメの甘さとピンクグレープフルーツの甘酸っぱさが舌に残る。動物虐待ってだから減らないんじゃないかな。なんて。

 ふと隣におじいさんが座ってきて、三つ編みの私の頭を良い子良い子する。

「そこまで悼まれたら、タヌキも本望じゃろうて。あまり気にしなさんな、お嬢ちゃん。時に、今日は謎は持ってきておらんのかな? なら爺と囲碁でも打つかぃ」

「あー駄目カナちゃん、その人多分常連で一番強い」

「やります」

「えー!?」

「見敵必殺も、お兄ちゃんの教えですから」

「良いなあ、私兄さんから教わったことなんて殆どありませんよ」

「テルには勉強教えたでしょ!」

「メルクの方が教え方上手かったです」

 喋るんだメルク。いまだにろくすっぽ声聞いたことないのと影の薄さで気付かなかった。教えるってことは喋るんだろうけど、そうか喋るんだ……。

「じゃ。私が白石からで」

「ほっほ、謙虚じゃの」

「年上は立てるように、って兄に教わったんで」

 くすくす笑って。私は開始した。

 九十分完勝だった。

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