Happy BirthDay See You

チクチクネズミ

第1話ありがとうフニュちゃん

 ――Happy BirthDay too you. 

 ――お誕生日おめでとう、フニュちゃん。

 今日でわたしとフニュちゃんが出会って三周年だね。今日は記念日だからフニュちゃんとの思い出を語ろうね。


 フニュちゃんと出会ったのは、わたしが十歳のころピアノの発表会直前の時だったね。初めて大勢の人の前でピアノを弾くものだからガチガチに緊張して、始まる前なのに泣き崩れそうだった。けど発表会の会場の売店で、フニュちゃんと出会ったんだよね。

 手に収まる帽子を被った小人のぬいぐるみ、少し触ってみたら笑っている口がフニュっと変形したと思ったらパンみたいにすぐに元に戻る。それを二回三回も飽きずに触り続けたの。ほかにも同じ形のぬいぐるみはあったけど、わたしはそれしか手に取らなかった。いつの間にか涙は止まっていた。

 そしてお母さんにおねだりしてそのぬいぐるみを買ってもらった。それがフニュちゃん。フニュフニュするからフニュちゃん。今考えても安直だね。

 結局入賞はできなかったけど、フニュちゃんを触るたびに黒い糸で刺しゅうされた笑みが「大丈夫だよ」と声をかけてくれるみたいで大泣きしなかったよ。


 それからも肌身離さず、わたしはフニュちゃんを携えていた。

 小学生の劇の時もこの子が檄を飛ばしてくれたみたいで、本番は練習のときよりもほんのちょっとうまくできたし、テストの点が悪かった時も「平気平気」とフニュちゃんは笑い飛ばしてくれた。


 さすがに二年も触り続けていると糸がほつれて腕が取れかけてしまった。腕から出た中の白い綿はまるでフニュちゃんの魂みたいで、綿が減ったフニュちゃんの頭がくしゃりと潰れかけていた。

 わたしは腕を直そうと慣れない裁縫をしたけど指に針を刺して血が出ちゃた。けど、自分で直した。フニュちゃんはわたしの大切な『ライナスの毛布』だから。ほら今だって、わたしが直したところの糸がついているでしょ。


 中学に入ってもフニュちゃんと一緒だった。でもみんな化粧とかして、マスコット人形とかぶら下げていない。友達から言うとなんだか子供っぽいからだって。

 みんな大人になろうとしている。けどわたしは一人子供みたいなぬいぐるみをもっている。でもそんな取り残されそうになるわたしをフニュちゃんは「大丈夫だよ」と応援してくれる。

 わたしは大丈夫なんだとフニュちゃんの声で勇気づけられる。

 けど。




 好きな子ができた。初恋だった。

 どこが好きなのかはちょっと言えないけど、わたしはその男の子に片思いした。告白しようにも、断られてしまったらどうしようと早くしないと他の子に告白されてしまうのせめぎ合いがベッドの中で毎晩悶々とさせた。

 けどそれを救ってくれたのは、やっぱりフニュちゃんだった。

 フニュちゃんは「大丈夫大丈夫」と無責任に笑う。それにムカついて顔をフニュっと潰してもやっぱり黒い口は笑っている。

 わたしはフニュちゃんを信じて、フニュちゃんを後ろに持ちながら次の日、告白した。


 OK。いいよ。


 すぐに返事が返ってきた。彼の言葉にはまるで現実感がないほどあっさりだった。わたしの心はほわほわして宙に浮かんだ余韻に浸っていた。ありがとうフニュちゃん。


 でもね、うっかりフニュちゃんを離してしまい、彼の目に届くと魔法の時間はまたも彼の言葉で消えてしまった。


「お前そんな人形持ってんのか。なんかダサイな」


 とてもショックだった。面と向かってわたしは馬鹿にされた。

 大切な大切なフニュちゃんとわたし。どちらが大事にすべき?




 わたしは恋愛を取った。

 だから今日でお別れなの。だって、告白した男の子にこんなことで嫌われたくないから。

 ――See You.

 ――さようならフニュちゃん。


 糸切はさみで背中の布を切り、中の綿を取り出すとフニュちゃんは魂が抜き取られたみたいに机の上に抜け殻の布がへたり込んだ。

 いつも入れ替えていた中の白い綿も、抜け殻も縫い合わせたいとも全部ゴミ箱の中にポイっと捨てた。

 もうフニュちゃんはフニュちゃんでなくなり、わたしの手から離れていった。

 でもフニュちゃんはずっと、わたしに笑みを絶えない。最期まで「大丈夫だよ」ってまるで感謝しているみたいに答えている…………




 ごめんね。ごめんね。

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