Anniversary Train!

仁藤 世音

行先は非通知で

 ミステリートレイン、行先不明の列車。その先に何があるのかなんて、私は知りようもなかったのです――


 自然豊かな山麓を走る新興鉄道コーヴィルは、広く人気の観光列車だ。ひと月前、そのコーヴィルが開通3周年を記念したミステリートレインを行うと大々的に発表した。コーヴィルが通う駅は6つしかないのに何がミステリートレインなのかと、怖い物見たさで私は応募してしまったのだ。

 あろうことか抽選は通り、今、客室で居心地の悪さをかみしめているところだ。私はボックス席の窓側に座り、向かいはサングラスと白髭の老紳士。対角に茶色い服を着た探偵と名乗る男。そして、私の右には景色には目も暮れず知恵の輪に没頭する若い女性。丁度男女で別れた。


 ノックがして、金の取っ手がついた緑色のドアがスーッと開けられた。乗務員のようだ。


「今回はコーヴィル鉄道の3周年企画、Anniversary Trainにご乗車いただき誠にありがとうございます。こちらは私共からお客様へ、シフォンケーキのサービスでございます」


 座席の横からミニテーブルがゴトンと出てきて、その上にシフォンケーキが置かれた。黄、緑、赤の3色ケーキ。


「ほほう?」

「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って乗務員は下った。

 みんなが思い思いにケーキを食べるのに習い、私もそれを口にした。あまり褒められた味はせず、「うーん……」とポロリ。それに探偵が反応した。


「あなたもそう思います? 私もこれ、微妙だと思います。甘すぎる」

「まぁ、何を言うんですかブラウンさん。甘いのがいいんですよ!」

「ハッハッハ! 若いのには良くても、わしらみたいな老人にはきついんじゃよ」

「な、私はまだ三十ですよ! それにあなた、私をブラウンさんなどと呼ばないでください!」


 私はあくまで「うーん」と言っただけで、特に会話しようとは思っていなかったのに、相席した他の客は社交的かつ積極的だ。温度差を感じる。

 ケーキを食べ終えると、列車はトンネルに入った。唯一の良心である景色が奪われたが、車内も真っ暗。相手の顔を見ずに済む。

 もういっそ寝ようかと思った時、お隣が疑問を口にした。


「コーヴィルって、トンネルなんてありましたか?」


 どうだっていいじゃない。


「うん? お嬢ちゃんそりゃ……あれ、ないな。探偵さん、どうだったかね?」

「ありませんね。コーヴィル山を一周囲うように線路が引かれていて、トンネルは無いんです」


 私はもううんざりして、少ない気力を振り絞って声を出した。


「無くたっていいんじゃないですか? 3周年記念のミステリートレインですし、ミステリーの一つや二つあってくれないと」


 女性はクスクス笑った。


「投げやり! でもそうですね、何かサプライズかも」


 その時トンネルを抜けたので、男性陣が納得いかない顔をしているのが見え、同時にその顔に驚きが広がる。


「ケーキの皿がない! テーブルもない? 音も立てずに、どこへ行った? 探偵さん、こういう時のためのあんただろ?」

「そんなことより、窓! なんなんですかこれは!?」


 それを見て、血の気が引いた。

 眼下にゴボゴボ煮え立つマグマがあった。ごつごつした土岩肌に囲まれ、レールは明らかに宙に浮き、その先に駅を見た。いや、駅だなんて到底呼べない。直方体の足場と言った方が正しい。


「これはサプライズです!」


 はぁ馬鹿な女め、サプライズなんて言葉で済ますな! まさかさっきのトンネル、山の内部へ繋がるものだったのか? ああもう! 汗が出てきた、冷や汗じゃない! 座席も壁も、どんどん熱を持ってる!

 探偵が金色のノブを掴み、ドアを勢いよく開けた。


「あっつぃ! 皆さん、なんとか運転席に、ああでも列車はバックできない!!」


 他の乗客もわらわらと客室から出てきて、間もなく阿鼻叫喚で充満された。

 その間にも列車は進行し、駅に停車。次いで乗降口が開くと、みんな我先に降り出した。このまま中にいては蒸し焼きになる。探偵は既に降り、私も出ようとしたが、隣にいた女性はまるで動く気配が無かった。


「あなた、降りないの!?」


 女性はにっこりとほほ笑んだ。今この場でほほ笑んだのは、この列車内で彼女だけだ。


「私は結構です。サプライズは理解しました。あなたも降りなくても大丈夫ですよ。きっと悪いことにはなりません」

「は? 何を訳のわからない――」

「お嬢さん! 早く!」


 私が伸ばす手を女性が取ることはなく、私は老紳士に手を引かれて名前も知らない女性を置き去りにした。

 ホームに降り立つと同時に、線路がバラバラ無残に崩れ去った。そして、女性を乗せたまま列車は赤い奈落へ容赦なく転落し、消えた。


「ああああ……――」


 へなへなと座り込んだ私だったが、駅のホームはそれも許さなかった。高温のホームの熱が、服からおしりに伝って、びっくりして飛び上がる羽目になった。


「あぁ良かった! みなさんご無事……あの私をブラウンと呼んだ方は?」


 ひょこひょこ現れた探偵を私と老人は睨みつけた。老紳士は探偵の襟を掴み、マグマを指さす。


「あのお嬢さんなら、今しがた列車と心中しましたよ。あなたって人は、若いくせにいの一番に逃げるとは……」


 まったくです! その顔を蒼くした探偵に私も同じことを思った。紳士のようないで立ちも、まさに有名無実。責める私たちの視線に、自己弁護を始めた。


「ま、待って下さい! 私だって命は惜しい、今日あった方のためにそこまで危険は冒せないですよ」


 尤もではある。だがどのみち、という気がした。ホームへ出たは良いが、ここには悲しいまでに何もない、逃げ道がない。体は否応なしにほてっていく。


ピー――!


 突然、スピーカーの音が鳴り響き、一斉に上をみた。汚く濁った耳障りな声が、ホームの人々の向けられた。


「本日は『Anniversary Train』にご乗車いただき誠にありがとうございました! 私は局長のキャナ。もうお察しの通り、ここは我がコーヴィル鉄道の隠し駅、『コーヴィル山内部』です! これまでとは一風変わった絶景がお楽しみいただけます! 煮え立つマグマとリアルな熱風、凄いでしょう!」

「ふざけるな!」


 私は大声で叫んでいた。こんな思いさせられて、黙ってはいられるものか。他の乗客も口々に罵詈雑言を投げつける。


「えぇい黙れ! ……全く、いいですか? ここからが本当のサプライズです。知っていますか、この山に住むと言う炎の竜を」

「炎の竜だと!?」


 老紳士が驚きの表情を浮かべていた。


「知っているんですかご老人?」

「知っているとも。この山の伝説で、長い口ヒゲを持ち、燃え盛る鱗をした巨大で細長い神様だ」


 スピーカーを通じて話す声は高らかに笑った。


「その通りです! 伝説はこう『コーヴィル山頂の石が燃えるまで山を回り続けよ。その時が来たれば、生贄を捧げよ。さすれば我はあらしむる。』3年かけてその石はやっと燃えた。だから後は生贄だけなのですよ。さぁお客様、お悦びなさい! 炎の竜の大事に礎になるのです!」


 それきりスピーカーの音声は止まった。


「なんてことだ」

 探偵ががっくりとうな垂れた。どんどん息が苦しくなっていく。他の乗客は次第に泣き叫び、乗務員を探して手当たり次第に掴みかかったり、もう地獄絵図だ。

 私たち三人はその混乱からは逃れようとホームの端まで後退した。


「もう何なの……」

「いっそこの身を」


 そう言って探偵がマグマに向かって力を抜いたので、私は反射的にその腕を掴んだ。が、引っ張り上げる力はなく、巻き込まれるように体が落ちていく。老紳士が私を掴んでくれたが、それは老紳士も道連れになっただけだった。


 私は絶望した。ふと見上げると、バラバラに崩れたホームが目に入る。瓦礫も人も違いはない。体に熱は感じない。


「先に行ってるぜ!」


 私の開き直った叫びごと、マグマは私を飲み込んだ。


***


――目の前に誰か女の人が座ってる。あ、振り返った。

(ね? 列車から降りなくても大丈夫だったのよ)

――あ、落ちていった人。そっか、天国なのか。綺麗な青空……

(違うわ。私もあなたも生きてる。下を見て)


 自分がまたがっているモノ。炎の燦然と輝くオレンジ色の鱗。――竜! そう本能が答えを告げた。風の匂い、熱の感覚、触れる実感――生きている。後ろにはご老人と探偵も竜にまたがっていた。


「やぁ、お嬢さん。また、会えましたね」

「は、はい」

「後ろの馬鹿探偵が何か言いたいことがあるそうですよ」


 名指しされた探偵はビクッと肩を震わせた。その目が私を申し訳なさそうに見た。


「あの、早まってすいませんでした。助けようとしてくれたことも感謝しかありません……」


 私は何も返さなかった。そして世界中に届きそうな声が空気を震わせた。


「よぉし、みんな目覚めたな! まずは自己紹介といこう、俺が炎の竜だ。今回のこと、俺のせいではないが一応謝っておく。あのホームにいた鉄道局の連中はもう食ってやったが、あのキャナとかいうやつがどこにいるか分かるか?」


 竜の問いに、探偵が「あ」と大声で応えた。


「山頂に、小屋があるはずです! そこにきっと!」

「よっしゃ!」


 竜が山頂目指して向きを変えた。私は初めてみる大空からの景色に目を奪われていた。

 山頂には確かに小屋があった。竜が軽く壁を吹き飛ばすと、燃え盛る石を眺める男がいた。男は悲鳴を上げて竜と私たちを見た。


「なんで貴様ら生きているのだ!?」


 女性が穏やかな声で返す。


「炎の竜、いえ、竜神様は理不尽なことが嫌いなんですよ。ご存知なかったんですね」

「な、なんだお前?」

「ただの伝承学者ですよ。何か言うことは?」


「必要無い」


 竜神は有無を言わさず、男をその炎に取り込んだ……。




「さて、それじゃあ空のAnniversary Train!といこうか」


 乗客を乗せて、自由に空を巡る列車が走りだした!

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