唯一無二には程遠く 07

 弾の切れたサブマシンガンを後ろ手に投げ捨て、舌打ちしながらブラッドは背負っていたもう一丁の大口径マシンガンを片手で抱えると、続けざまに躊躇わずに引き金を引く。

 幅三メートル、長さ一〇メートル程度。たったそれだけの広さの空間が、今は阿鼻叫喚の様相を呈していた。ブラッドが撃ち殺した死体が折り重なるように積み上がり、肉片を苗に真っ赤な花が壁や天井にまで咲き乱れている。扉を開くのに邪魔な死体は足を引っ張られ鉄扉の向こうに消えていき、また新しい黒服が扉の陰から現れる。消耗戦だった。

「最悪だよ……最悪だ……」

 ブラッドも既に何発か銃弾を受けている。血が足元にぼたぼたと垂れ、それを踏み躙りながら歯を食いしばって絶えず銃撃を続ける。ハーツのもとに、行かせるわけにはいかない。ここまでの多勢に無勢の戦いは想定していなかった。二人でも、多分死ぬ。

 見つけられるだろうか、ハーツ一人で。いや、そんなこともうどうでもいい。

 噎せ返る血の匂いの中、ブラッドは歯をむき出して笑った。

「ここが、地獄だ!!」

 あの時と同じ。ネイルのことなど頭から飛んでいた。逃げることももう考えられなかった。平和なんて、戦争への準備期間でしかない。そんな言い訳を言い聞かせて抑えてきた欲望がいとも簡単に解放されていく。

 目の前の敵を殺せばいい。たったそれだけの単純なお仕事。最大の火力でもって敵を薙ぎ払いながらブラッドは吠える。それに怯えるように黒服たちが銃を乱射した。防弾チョッキの上に、何発もの銃弾が叩き込まれる。

「化物だ……」

「こいつ、いつになったらくたばるんだ……!?」

 内臓を裂かれるような衝撃に口の端から溢れた血が零れる。それを舌で舐めとりブラッドはまだ笑っていた。

「……そんなの……俺が知りてえよ」

 大丈夫だ。お前は戦い続ける。いつまでも、これからも。

 いつの間にか右目からするりと抜けだした赤い蛇が、どこまでもつづく長い胴を血の海に踊らせながらこちらにちろちろと舌を出していた。とても嬉しそうな様子で、死体の首に絡まったり飛び散った血で絵を描いたりして遊んでいる。

 いつのまにか、赤い蛇の絡まる死体の顔がパームになっていた。

「――――はっ?」

 次の瞬間、ブラッドは絶叫しながらマシンガンで転がる死体を蜂の巣にしていた。赤い蛇が弾の雨の間をすり抜けながらカラカラと鳴く。

 ドンッ――――――!

 ブラッドの身体が後ろに吹っ飛んだ。身体のいくつかの機能が損傷したと確信できる程の激痛と吐血。腹にもろに喰らった弾が、床にいくつも音を立てて落ちる。防弾チョッキが裂けていないことが奇跡だった。倒れはしなかったものの床に膝を突き、すぐには立ち上がることができない。機械の心臓が激しい出血と衝撃に悲鳴を上げている。

 黒服たちが歓声をあげた。馬鹿野郎、そんな怪物を斃したみたいな反応をするんじゃねえ。大体、俺はまだ死んでない。

 膝立ちのままブラッドはマシンガンの銃身を腕の力だけで引き金を引いた。

弾は、出なかった。

 ミンチになった死体の上で赤い蛇が嗤っている。ちくしょう、そんなに俺が苦しいのが嬉しいのか。勝利を確信し鉄扉を開け放った黒服たちが、居並びこちらに向けて銃口を向けていた。ブラッドは目を閉じた。脳裏に浮かぶのはハーツの顔。戦いに夢中になって、忘れられていたのが気に食わないのだろう、眉間に皺を寄せて怒った顔をしている。

「悪かったな、ハーちゃん――――」

 瞼の裏に映るその金色の真っ直ぐな瞳に耐えられずにブラッドは目を開けたのと、鉄扉が蝶番ごと吹っ飛ばされ、そのまま黒服を押しやり視界から消したのは同時だった。

 凄まじい風圧と煙、建物が大きく揺れて窓ガラスに罅が入る。そして、轟音と共に壁を破壊しながら現れたのは、戦車だった。

「は……?市街地に、戦車……?」

 銃座が回転し、拳ほどの大きさの銃口が此方を向く。ブラッドが目を見開いて戦車を見上げていると、やがて手前の操縦席の上開きの扉が開き、そこから見知った顔がひょっこりと現れた。

 空色の斑髪、飄々とした風情に似つかわしくない赤く腫れた頬が痛々しい。ブラッドに向かって手を上げるその人物は、リブだった。慣れているとはとても言い難い動きで操縦席から迷彩柄の鞄を抱いて這い出し、ブラッドの所まで歩いてくる。リブの背後の倉庫からは絶えず爆発音と地を伝わる衝撃、そしてキャタピラが瓦礫を踏み壊す懐かしい音が響いてくる。どうやら戦車はこの一台ではないらしい。

「ハーツの保護者の方ですよね?」

 地獄にこんなにも近い場所で、ハーツの名前を聞かされることが不思議だった。頷くと、リブは心底申し訳なさそうに眉を下げ、そのまま床に土下座した。

「けじめをつけに来ました……あなたの息子さんを売ったのは俺です」


「お前には失望したよ――リブ、お前がそんなに弱い心の持ち主だったとは」

 キナアの大きく厚い皮で覆われた手がリブの肩にかかる。リブは瞠目し覚悟した。これで、俺はこの家での跡目争いから完全に脱落した。終わったのだ、全て。

だが、キナアが次にとった行動は、リブの想像を全く裏切るものだった。

「こっのばっかもんがぁぁぁぁぁ――――!!」

 怒声と共に振り抜かれた拳が、リブの頬を打ち壁までその身体を吹き飛ばす。開拓地での過酷な労働で鍛え抜かれた体は、何故か成金になってからも健在で、どの息子も腕っぷしで父に勝てた試しがない。

「友達をそんな金額で売っただとぉ!!このアホチンが!!」

「お……親父…………!?」

 語彙の乏しい罵倒に、リブは頬を抑えきょとんと父親を見上げる。怒髪天の勢いで父がまくしたてる。

「友達を売るのは百歩譲っていい。父さんだって売ったさ!あぁ売ったさ!それが商売ってもんだ!売れるものは全て売らないと成り上がれない。銭ゲバがどうした!銭の無い奴の遠吠えだ!」

 キナアがリブの襟元を掴み持ち上げた。

「だけどな、それはお前がいいと言える価格で売る時の話だ!!これじゃあ売れないという値段で友人を差し出すのは、阿呆のすることだ!!友達は大切にしろ!」

 リブの垂れ下がった水色の斑髪を強引に後ろに流して顔を露わにさせ、その目を視線で射抜く。そこにはもう、怒りは無かった。ただの父親の顔で、キナアは口を開く。

「リブ、お前はその前から要領が良すぎるところが気になってたんだ――良い勉強になっただろう――ほら、父さんがいくらでも出してやる。ちゃんと取り返してきなさい」

 ちらりと床に落ちた半値の小切手をキナアが見下ろす。

「それから、その汚い紙切れを相手の顔に叩きつけてやることも忘れずにな」

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