貴方を満たす五臓六腑 07

 ゴシック調の噴水に全裸の大理石像、異国の絵柄のモザイクタイルが敷き詰められた床に近代的な意匠の椅子やテーブルが並べられ軽食や飲み物が人数分以上に広げられている。

 ハーツは一張羅のシャツとハーフパンツ、長靴下にエナメル靴という小奇麗な格好で、それら奇々怪々としたものに囲まれた、はじめてのお茶会の風景に慄いていた。

「こ、これはまた……」

 統一感もセンスも無い、ただ高価なもの、珍しいものを端から買い漁り並べ立てただけの下品なコレクション。リブの屋敷はお世辞にも洗練されたとは言い難い、ごてごてとした装飾過剰な空間で構成されていた。

「でも不思議と贋作とか安物は無いのよねー」

「金への嗅覚と価値の見立てだけは正確なんだろねー」

 なりきんおそるべしー、と御揃いのドレスに身を包んだラングス姉妹が手を取り合いながらからからと笑っている。

 コの字型の屋敷の中央に設けられた中庭で開かれたお茶会は、初めて参加するハーツにとって驚きの連続だった。そもそもお茶会なるものを、皆でテーブルを囲んで雑談をする程度にしか考えていなかったところが庶民階級の悲しき所だ。

 まるで社交界のパーティの真似事のように美しく着飾った少女達が、家族を伴いそこかしこで話題に花を咲かせている。家族のいないハーツは一人で右往左往しつつ、助けを求めるように会場の周囲で待機するボディガード――通称黒服の方に目を向けた。

だが残念なことに、ブラッドは他人事のような笑顔でハーツに手を振るだけだ。

「なるほど、こりゃあ実際練習なんだろうな――」

 ティーカップの受け皿の端にクッキーを数枚乗せて、ブラッドは目立たないようにボディガードの列の一番端に控えていた。保護者だ親族だといってあちら側の出席者になることは心からご遠慮願いたく、ブラッドはハーツのボディガードだと押し切ってこちら側に並んでいた。服装はチャコールグレーのスーツ。ブラッドと同じような手持無沙汰のボディガード達が、ぽつりぽつりと佇んでいる。夜のパーティと違い酒も無いので、ひたすらに明るい空の下、お裾分けされた紅茶とお菓子で時間を潰すしかないのが辛い。

「こういうの、結構多いの?」

 思わず隣にいたアッシュブロンドの男に話しかける。男は甘いカップケーキを齧っているとは思えない苦み走った顔で頷く。

「うちのお嬢は高校に入ってから毎週のようにクラスメイトの家でお茶会だ」

 視線の先ではふっくらとした赤毛の少女が、にこにこしながら立食テーブルからケーキを皿に盛りつけている。

「なるほど、高校デビューの弊害にも困りもんだな。本人が菓子みたいになっちまうとは」

「――念のため言っておくが、お嬢のあのお姿は入学前から変わらんぞ」

 一人でおろおろしていたハーツはいつのまにか女の子たちに捕まり、顔を赤らめながら勧められるままに紅茶を飲み、差し出されたティラミスを口にしている。

「ウブだな。お前のとこ。お茶会の参加は初めてか?」

「ああ」

「――ご愁傷様、一回呼ばれたら最後、永遠に終わらないホストの輪番に組み込まれるぞ」

「ひぃ」

 心の中でうちは金持ちじゃなくてよかったと思わず呟く。流石に特待生枠の庶民の家をホストに据える程彼等も陰湿ではないだろう。つまりは他人事で、ブラッドはお坊ちゃんのボディガードの振りをしているだけの保護者なのだ。

 徹夜明けの欠伸を噛み殺し、ブラッドの暗紅色の瞳を陽向の猫の目のように細めた。


「おうハーツ!来てくれてありがとな!」

 肩を叩かれ振り向くとリブが笑顔でカップを掲げている。光沢のあるモスグリーンのジャケットに柄のあるシャツ。センターでプレスされたネイビーのパンツにバーガンディの革靴。普段の画一的な制服を脱ぎ去ったリブのファッションは派手で目を引くが決して野暮ったくはない。コーディネートが絶妙で、どれか一つデザインが、色が違うだけで一気にこの屋敷の成金趣味と同じものになってしまう所を、本人のセンスで上手くまとめ上げている。

「うわぁ、リブお洒落だねー!」

「まじか、結構今日は悩んだんだよーサンキュな♪」

 嬉しそうに笑うリブを見る目は決して称賛ばかりではない。女性は服の色のバリエーションも多く、自らを飾り立てることに余念がないが、男性は基本的にリブほど色を服に取り入れない。無難にモノトーンを選ぶハーツもしかりだ。そんな彼等からしたら、自分達の常識では選ばない服を着こなすリブに若干のやっかみもある。これで成金趣味だと言い捨てられるような仕上がりであれば笑い飛ばせるのだろうが、洒脱ささえ醸し出すリブの肩の力の抜けた姿はこの子供たちのお茶会という場に良く馴染んでいた。

「悔しいけどにあってるー」

「色使いがすてきー夏の花壇みたい!」

 ラングス姉妹は悔しさいっぱいという顔で、だがリブの服装を正直に褒めた。彼女達は同じ色のロング袖のドレスに同じ髪飾りをつけて、やっぱりハーツに区別はつかない。

「見物ね、次回から万国博覧会みたいなファッションが増えるんじゃない」

「俺にはとても真似できないよー」

 ぴったりとした紫のマ―メイドドレスのゴーラと黒い礼服のフレンテは、この場でもっともオーソドックスなチョイスと言えるだろう。過度に悪目立ちしないことも、社交界では必要なスキルだ。

「うちは残念ながら気品とか、由緒とか皆無だからな」

 リブは一瞬会場の隅の椅子に座るイザームに視線を飛ばし、それからすぐに目線を戻して笑った。少し眉をしかめながら。

「それに、俺だけの問題じゃないからなあこれは」

 その言葉が終わるかどうかという所で、庭の端でしっとりとした音楽を奏でていた楽隊が、唐突に盛大なファンファーレを紡ぎだす。ざわつく庭の正面、渡り廊下から庭へと出るための鉄のアーチの向こうから、燻したような金色のスーツを着た体格のいい壮年の男が現れた。

「皆々さまお楽しみいただけておりますでしょうか!?」

 並々と紅茶の注がれたカップをまるで酒の注がれたグラスのように天に捧げ、男が豪快に笑う。残念ながら、彼に続いて天に杯を捧げるものは殆どいない。リブがこめかみを押さえた。

「きたよ……」

「私この屋敷の当主のキナアと申します。以後お見知りおきを!」

 場の空気を全く意に介さずに勢いよくキナアはお茶を飲み干す。

「さあさあ、まだまだ菓子も茶も用意がありますぞ。今日のために高山地帯でしか採取されない茶葉のセカンドフラッシュを地球の裏側から仕入れ、それに合うデザートを専属のパティシエに考えさせました!ここでしか味わえないこれらの品を、ぜひご賞味あれ――――おや、親御様方はお茶だけでは物足りないのでは?あちらのダンスホールにはワインやチーズもご用意しておりますぞ!」

 矢継ぎ早に喋るのは商売人の性質か。それに呑まれるもの、失笑する者、興味深く見つめるものなど反応は様々だ。

「なかなか精力的なお父上だな」

 フレンテの何とも判別のつかないコメントに、リブが「ハッキリ言ってくれていいぜ」と乾いた笑いをもらす。

「コメディアンみてえな金のスーツは止めろって朝もあんだけ言ったのにあのクソ親父……」

 青筋を立てて静かに怒るリブに向かって、キナアが大股で近寄ってきた。

「リブ!お友達か!?」

「みりゃわかんだろ。みんなお友達だよ」

 息子の冷め切った対応も気にならないようで、大きな声で笑いながらキナアは両手で一人一人と握手していく。

「これはこれは瓜二つのかわいいお嬢さんだ。おたくの薬は戦場でも大絶賛でしたぞ」

「私もリベラル派なんですよ」

「戦士の手ですなあ」

 すでにリサーチ済らしく、キナアは名前も碌に聞かずに頷き次々と手を握る相手を変えていく。ハーツに関しては「昔を思い出しますぞ」と褒められているのか貶されているのかわからないコメントだったが、握手するその手は優しかった。

「さて――おい、あの方はどこにいるんだ」

 一通り挨拶が終わった後、キナアはリブにそう訊ね、周囲を見渡した。そしてリブが返事を返す前に探していた人物を見つけ目を輝かせる。

「やややっ!!本日は六大貴族様のご子息までお越しくださりまして――」

 キナアが周りの来賓には目もくれず、野心に満ちた目でイザームに歩み寄る。唯一露わになったイザームの唇がきゅっと噛みしめられた。

「初めてお目にかかります!いやあ感動だ。このような商いをやっていると、六大貴族様と接する機会もございませんので。ぜひ今後とも息子と仲良くしてやってください」

 リブは呆れ顔を隠しもせずに父の後ろで肩をすくめている。自分がダシにされているのをよくよく理解しているのだろう。

「六大貴族って?」

「国を裏で牛耳る大貴族の事だ。それぞれ管轄する分野があるらしいが、滅多に人前に出てこない。国民の大半は存在も知らないで一生を終えるだろうよ。ちなみに、リリオ・デルに通ってる六大貴族はイザームだけだ」

 イザームは喜色満面のキナアの視線から顔を逸らし、静かに言い放った。

「……ご覧のとおり私は一人。擦り寄り尻尾を振るなら私の弟をお薦めしますよ」

「な、何をおっしゃられるのですか」

「新興の武器商人ともなれば元は平民も同じ。貴族のお墨付きを期待しているのだろう?だが残念、私では役者不足だ」

 薄く冷淡な笑みを浮かべ、イザームが踵を返す。放置されたキナアの顔がやがて羞恥で真っ赤に染まった。

「馬鹿だなー親父、だからイザームは止めとけっつったじゃん」

「う、うるさいバカ息子!!何のために高い学費を積んでお前をリリオ・デルに入れたと思ってるんだ!!せめて学費の金額程度は役に立て!!」

 品の無い罵倒に広場の空気が凍る。

「あーらら」

 見ていたブラッドは苦笑いした。ふーふーと鼻息を荒くしながらキナアが我に返った時には、来客からの遠慮ない冷淡な視線が突き刺ささる。

「これはっ……やややっ、いかんですな。失礼失礼!さあみなさん、まだデザートは山のようにありますぞ!!」

 取り繕うように笑ってキナアは手を叩き、使用人に追加のケーキやカットフルーツを運ばせる。だがメッキの剥げた主人のその姿はやはり滑稽でしかなく、再びの盛り上がりは無いままにやがてお茶会は解散となった。

 波が引くように帰っていく客たちの背中をリブは紅茶を啜りながら見送る。何となく帰るタイミングを失ったハーツがカップを持ったままその場に残っていると「持って帰るか?」とリブがハーツを手招いた。

「俺、甘いもの嫌いなんだよ」

 小さな籐の籠に焼き菓子を詰めて、リブが差し出してくる。礼を言って受け取ると、ついでだともう一杯紅茶を差し出された。正直お腹はちゃぷちゃぷだったが、断るのも憚られて結局口に含む。

「趣味の悪ぃ家だろ」

 思わずハーツ紅茶を噴き出す。リブが快活に笑った。

「いいよ、俺だってそう思ってる」

「いや、そんな……」

「成金趣味丸出しの、センスの欠片も無い屋敷だ――ああ、勘違いしないでくれよ。俺は別にこの家が嫌いじゃない。家族のこともな。開拓地のド田舎から単身上京してここまで身を立てた父親を尊敬してるし、さっき言われたことも最もだと思ってんだ」

 チョコミントのような斑髪をかき上げるリブの顔に嘘はない。

「この髪といい、ほっっっっっんっとにだっせえセンスしてっけどな!!」

「ははっ、わかったわかった」

 ハーツが思わず笑う。会場に広げられた椅子やテーブルは順次片付けられ、いつの間にかハーツとリブが座る一卓だけになっていた。ブラッドは欠伸しながら、美しいメイド達の動き回る後ろ姿――の主に尻を、目で追っている。

「でも助かったぜ。お茶会のホストなんて初めてだったからよ。ハーツが来てくれてすげー気が楽になったんだよな」

「自分より慣れてない奴がいるって?」

「おーひでえだろ俺。お前が緊張してんの見たら冷静になれてさ、多分俺も緊張してたんだろな、柄にもなく」

 ま、結果として親父の期待には添えなかったけど、と悪びれもせずにリブは弛緩してだらりと両足を伸ばす。

「金金金なのな。これがウチの絶対真理」

「お金で買えないものなんて無い!って感じだったもんね」

「は?そりゃあそうだろ?」

 リブは心底驚いた顔でハーツを見つめた。

「市場経済の理論でいったらマイナスにしろプラスにしろ値がつかないものなんて無いんだから――おまえじゃあさ、値のつかないものなんて、もってんの?」

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