アンデット・カンパニー

無頼 チャイ

第1話

 夕闇染まる外の世界では、ゾンビやら吸血鬼やらが影と共に活動範囲を広げつつあった。

 それを冷めた目で眺める少年――陽は退屈そうに高層ビルの窓辺から眺めていた。


「……ったく、こうして見るとゴキブリみたいだな」

 率直な感想を口にする。五年も相手をしていたらそう思えて来るのは当然の心理だと陽自身思っている。しかしそれを上司や仲間に言えば、「相手は不死者だ」とか「生きていた者に敬意を込めろ」などと口うるさく言うので決して言わない。


  面倒事は嫌いなのだ。避けられるなら極力避けるのが陽のポリシーである。

  しかし、それでも言いたい文句や愚痴は積もる一方なので、こうして一人の時には遠慮せず言ってやる。

「仕事じゃなければ相手にしないっての、第一俺らの敵だろ、何で敬意を込めなきゃなんないんだっての」

「それが私達に出来る彼らへの救済だからよ、陽君」

 その声に反応した陽は面倒なことになりそうと予感しつつ視線を嫌々そちらに向ける。


 艶のある真っ白な髪は腰まであり、パールホワイトのスカートから覗く脚はすらりとしている。

 顔の輪郭は均一で、どの角度から見ても美人と分かる程だ。

 しかし陽は、色素の薄いその瞳が苦手でならない。

「……天使隊長、こんにちは。今日も天気が良いですね」

 慣れない笑顔は引きつって、陽の中で最高の挨拶であろうどこぞの紳士っぽい台詞を唱える。


 しかし、隊長はにっこりと微笑むだけですまし、陽の側まで歩みよって背後から腕を回した、つまり抱きつかれている。

 陽にとってこの距離が恐怖でならない。背筋に伝う冷や汗と、押し付けられた胸の熱を感じる余裕などなかった。


 天使隊長の人気っぷりはこの会社でも高く、男女の壁なく熱い支持を両方から集めている。それは彼女の人格と、不死者にたいして一歩も引かない姿によるものが大きい。

 しかし、その中でも支持しない者がいた。


 俺である。


 完璧人間の天使隊長がとにかく苦手でならない。毎日挨拶して来るので無視し、食事の時席が一緒になったら即座に移動。

 それだけ苦手なのだ。しかし勘違いして欲しくないのは嫌いでは無いということ。むしろ尊敬している。

 けれど、陽にとって隊長は苦手中の苦手なのだ。


 天使隊長の腕の中で身震いしている陽に、彼女はそっと耳打ちする。

「陽君、私達の仕事は不死者の魂を解放すること。不死身となった肉体という牢獄から、愛すべき人達の魂を救い出すことこそが、私達の使命何ですよ」


 ぎゅうっと腕に力が入る。周りに人がいないことがせめてもの救いだなと陽は思った。こんな状況同僚に見られたら、そう思うと一人でいたくなる衝動に駆られる。

 にしても、こんな完璧人間が俺と同じ17だとは……。人間どうすればこんなに違いに差が生まれるのか、陽は問いただしたい気持ちになった。

「だから、陽君も不死者の人達に敬意を込めて下さい、それが彼らへの救いに繋がることを信じて」

「ね?」と言って話しが終わる。納得こそ出来ないが一応頷いて見せる。これも面倒事にならないためだ。


 天使隊長は満足そうに微笑むと、更に腕の力を込める。

「あの~隊長」

「何でしょうか? 陽君」

「そろそろ離れてもらって構いませんか? はっきり言って気持ち悪いです」

 隊長は更に腕の力を込めた。

 何故だ? 何故離れてと言ったら余計にくっつく? てか苦しいんだよさっきから! 誰か助けてー!

 陽は藁にもすがる気持ちで、外で蠢くゾンビや吸血鬼に手を伸ばす。もちろん助けに来るなんてことはない。


 どの建物も外装に太陽エネルギーを流しているため寄ってこない。仮に来たとしても塵となって消えるだけだ。

 ちなみに人間がそれらに触れたとしても軽い火傷程度で済む。

 陽は、それが分かっていても、助けを求めずにはいられなかった。


「気持ち悪いとか、女の子に向かって言う台詞ではありませんよ。そういうところが陽君の悪いところなんです」

 ぶすっとした表情で説教してくる天使隊長。いい加減離れて欲しいのに一向に離れる様子は無い。

 

(こういうところが苦手なんだよ! こういうところが)


 会うたびに服装がどうのとか挨拶がこうのとか、あんたは俺の親か、と突っ込みたいが、これ以上火に油を注ぎたくはない。面倒事は極力避けるのが陽のポリシーなのだ。

「戦闘でもそうです、一人で突っ込んでいかないで下さい。作戦行動に支障が出ますし、それに、無茶を続けていたらいつか不死者になってしまいますよ」


 その言葉を聞いた陽は、無理矢理に腕の中から抜け出して足早に廊下を歩く。

 天使隊長はしまったという風に下唇を噛む。白い肌に焦りの色がチラリと垣間見えた。

「陽君、私は心配何です! いくらあなたの、『太陽の因子』が特別でも、それ以上に強い力で不死者になってしまいますよ!」

 吸血鬼が飛び回る外の世界を背景に、天使隊長は不安げな声音で告げる。

 陽は立ち止まり、顔を隊長に向けて、一言だけ告げた。


「俺、特別ですから、心配いりません」

 その響きには闇を感じさせる何かが含まれていた。悲しそうな、諦めたような、そんな風であった。

 陽は逃げるようにそそくさとその場を後にした。残った天使は、陽の後ろ姿があったその場所に、言えなかった言葉を俯きながら、ぼそりと呟く。

「あなたは特別ではありません。私達と同じ、普通の人間です……」

 言葉が届くはずもなく、天使はただ祈ることしか出来なかった。

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