天文元年(1532年)内政まとめ

 天文元年(1532年)の内政関連も特に滞り無く進めることが出来た。


 家宰の黒田下野守からは、奴隷労働力を活用したことで、耕作地や溜池、灌漑を増やす事が出来、各種農業生産物の増産に成功しているとの報告を受けている。

 例年よりも収穫量は増えた様だが、奴隷を増やしているので、その分を差し引くと、大きく増えたとは言えないな。

 まぁ、今後の勢力拡張を考えると、奴隷労働力を増やさない訳にはいかないので、必要経費と考えるしか無いだろう。

 海の生産物も奴隷労働力を増やしたことで、以前より増やすことが出来た様だ。


 また、黒田下野守の提案で、水車職人を招聘し、水車小屋を作らせた。

 水車動力を活用することが出来たので、石臼や脱穀などに利用出来るようになったのは良いことである。

 しかし、それらの作業を担っていた者の仕事が減ってしまうので、何か新たな仕事を用意しなければならないだろう。


 志摩でのジャンク船の建造数は、高砂国に船大工を分けたものの、半年に一隻は建造している。

 そのため、今年は二隻の新造船が出来ていた。

 船大工の見習いも増やしているので、更に建造数を増やしたいものだ。


 交易に関しても、船が増えたことで、高砂国と南蛮の貿易が増え、日本へ持ち込む南蛮の交易品の量が増えている。

 ここは、織田弾正忠や津島と話し合いをして、上手く流すしかないな。

 引き続き、まだ手に入れていない作物の苗や種、家畜を輸入するつもりだ。


 多くの南蛮の交易品を手に入れているが、越後長尾家や甲斐武田家との取引によって流通経路が畿内以外にも出来たのは良かったと言える。

 甲斐武田家から金と水晶を得て、越後長尾家からは日本海航路で金、銀を調達してもらい、越後長尾家の勢力圏から翡翠を得ている。


 越後長尾家に対して、直江津にジャンク船の交易拠点が欲しいと、馬路宮内を派遣して交渉したが、これが中々難しかった。

 越後長尾家としては、当家から交易品を調達し、ほぼ独占状態で日本海航路に流せている。

 当家が日本海航路へ進出することで、他の地域に持ち込まれることを危惧している様だったのだ。

 当家としては、将来的に蝦夷地の植民拠点として欲しいのであって、日本海航路へ交易品を流すつもりは無い。

 しかし、絶対に無いとは言い切れないので、その交渉が難航した。

 結果的に、日本海航路へ持ち込む交易品の量を取り決め、長尾家にその都度確認してもうことで合意した。

 それに加え、直江津に拠点を用意するからには、より深い縁を結びたいとのことである。

 まぁ、多額の取引をしているとは言え、付き合いが短いから関係を深めるのは仕方ないことだろう。

 しかし、同盟を結ぶほどでは無いため、婚姻を結ぶのも違うと言う話になった。

 結果として、わしが長尾家から養子を貰い、両家の縁を深めることで合意する。

 嫡男の多幸丸がいるので、それより年上だと困ると言ったところ、多幸丸と同い年の子がいると言うことで、その子を養子に迎えることになったのだ。

 年が明けて、養子を迎えてから、直江津に交易拠点を得ることになったので、ジャンク船を直江津に送り、蝦夷地へ向かうのは、来年になるな。


 関東の商人を鳥羽に呼び込むのは、成功しており、関東の商人たちは奴隷を持ち込み、琉球の交易品を買って行く様になった。

 明らかに、奴隷の方が安いが、琉球の交易品は関東へ持ち帰れば高値で売れるので、奴隷を売って少しでも銭を得て、交易品を持ち帰ろうとしている。

 まだそんなに人数は多く無いので、買い付けた奴隷は領内の労働力として活用していた。



 真珠養殖はオスマン帝国のスレイマン1世に贈るため、回収させたところ、最初の方はあまり出来ていなかったが、段々後の方になると真珠の数も増えている。

 働く職人たちの腕が上がっているのだろう。

 それでも、形の良いものは少なく、小箱で一箱ぐらいなので、スレイマン1世に贈る分だけしか集まらなかった。

 まぁ、日本では真珠の価値は高く無いので、歪な物は薬として谷野一栢に渡すとするか。

 真珠を取った貝は、身を干物にして、貝殻は螺鈿細工の材料にすることにした。

 真珠事業を担う者たちも、稚貝が足りなくなってきた様なので、真珠養殖に使う貝を養殖する様になった様だ。

 一応、真珠が出来ることが分かったので、賢島にも養殖場を作らせることにする。

 ついでに、賢島に別荘を作っても良いかもしれないな。



 御倉衆の研究部門だが、焼夷兵器の開発は難航しているものの、それ以外は何とか研究が進んでいる様だ。

 褐色火薬については、前世の知識チートの情報を与えているので、順調に進んでいる様で、射撃実験などを行って、実用化に向けてのデータを集めている。


 石炭の蒸し焼きも何度か炉を作り、何とか出来た様で、コークスは鍛治師たちに使わせ、タールは研究をしつつ、船大工たちに渡したそうだ。

 それ以外の回収物は更に研究するらしい。

 コークスも出来たので、来年はガラス作りをさせないといけないな。



 坂倉の鍛治師たちは、工具はある程度落ち着いたものの、一部の物たちには火縄銃を作らせている。

 火縄銃の出来も志摩の無人島で射撃したところ、問題無さそうなので、運用すべく高砂国へ送っていた。

 今は坂倉正利たちが分業出来ないかどうか試行錯誤しており、鍛治師見習いの指導など忙しそうにしている。



 今年は畿内の情勢が荒れるなどしたため、松尾小笠原に占領されている東美濃へ侵出することが出来なかった。

 来年になるだろうが、ゴタゴタするだろうから、年の半ばぐらいになるだろう。

 平井宮内卿と話し合い、志摩の戦力も最低限を残して兼山へ移し、奴隷の戦力化も進めていた。



 忍衆については、服部半蔵を通じて、新規に伊賀者を召し抱えたり、下請けに使うなどして、諜報能力も強化されている。

 来年の戦に向けて、東美濃で情報を集める様に指示をしていた。



 高砂国については、国奉行の山田式部少輔が上手く治めている様なので、支配地を更に発展させるとともに、台北がある地域の湿地帯を埋め立て、本拠地開拓を進めてもらいたい。



 アチェ王国にいる馬路玄蕃は、来年にオスマン帝国に来いと言われているので、アチェ王国の外交使節とともに帝都イスタンブール向かう予定だそうだ。

 様々な指示を書いた書状や贈り物、交易品などを送ったが、大丈夫だろうか?

 スレイマン1世を怒らせたりすることが無い様に祈るばかりだ。

 エジプト経由で向かうらしく、個人的には羨ましい。ピラミッドとか観てみたいぞ。



 今年は、畿内で大事件があり慌ただしかったものの、当家自体はゴタゴタすることは無かったが、来年は忙しくなりそうだ。

 しっかり準備しておかないといけないな。

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