島津を憂う者たち
島津勝久は薩州家の島津実久に擁され鹿児島に戻ると、再び守護として復帰していた。
勝久・実久と伊作家の争いは深刻化しており、現状を憂慮した者たちがいる。
◇島津忠朝
「よう集まってくれた」
豊州家の当主である、わしは北郷忠相、新納忠勝、禰寝清年、肝付兼演、本田薫親、樺山善久、島津運久(日新斎の義父)、島津秀久、阿多忠雄たちを集めて話し合いの場を設けた。
日頃は対立や協力したり、様々な事情を抱えているが、我々は共通の問題を抱えていた。
薩摩・大隅・日向の守護である島津本家で内紛が起こっていることである。
当初は勝久様自身が起用した老中たちが伊作家に近い者たちであったため、老中たちの意見を聞き入れ、伊作家の貴久殿との養子縁組と家督譲渡が行われた。
そして、解任された老中たちの勝久への不満は高まり、実久殿が伊作家を追い落とすことに加担する。
しかも、その老中たちは復帰した勝久様によって再起用されている始末だ。
「勝久様と伊作家の争いは終わりを見せぬ。
このままでは、島津は疲弊し、他家に好き勝手されてしまうだろう。
それを防ぐためにも、この争いを終わらせねばならぬ」
その好き勝手する他家には、禰寝清年が従っている肝付家もあるのだが、我が豊州家や北郷家など日向に所領を持つ者にとっては、日向の伊東氏が南進してきているのが目下の問題であった。
「宗家の内紛に乗じて、日向の伊東が攻めてきておる。
どこかの誰かは、伊東と組んで攻めてきおったしのぅ」
新納忠勝が北郷忠相を睨み付けながら言った。
昨年、新納忠勝は伊東に攻められた際に、北郷忠相に救援を求めたものの、北郷忠相は新納忠勝のことを快く思っていなかったため、伊東と手を組み新納忠勝を攻めて敗走させたのであった。
それ以降、両者の仲は険悪なものとなっている。
「どこかの誰かが、同じ島津の者を助けず、自分の所領を増やすことばかりしておるからだろ」
北郷忠相も新納忠勝を睨み付けながら言った。
新納忠勝が伊東の南進に合わせて勢力拡大をしていることを、日向の領主たちは苦々しく思っている。
しかし、このままでは話が進まないから、両者が本格的に言い争う前に、話を進めねばなるまい。
「両者とも控えよ。今は言い争っている場合ではなかろう。
それが分かっているからこそ、両者ともこの集まりに参加したのではないか?」
両者は黙りそっぽを向いた。両者とも現在の危機的状況を憂いていることは確かなのだ。
「話を続けるぞ。
我々としては、勝久様と伊作家に和解をしてもらいたい。
それは変わらないな?」
この場にいる一同が頷く。
「勝久様が守護に戻られるか、家督を譲られた貴久殿のどちらが守護になろうと、わしはどちらでも構わぬと思っている。
わしら日向の領主としては、伊東の南進を抑えるためにも、宗家の内紛を収めて欲しいのだ。」
わしのどちらが守護になっても構わないという言葉に、殆どの者が頷いている。
当然、頷いていないのは島津運久殿だ。
島津運久殿は元々は相州家の当主であり、日新斎殿の生母を娶ったことで、日新斎殿の義父となっている。
日新斎殿に相州家を譲られ、隠居されたが、日新斎殿の有力な味方であることには変わりない。
「忠朝殿の気持ちも良く分かる。他家の脅威に曝されている者たちにとって、内紛が収まることが最優先であろう。
しかし、それで良いのだろうか?
果たして、勝久様が守護で伊東の南進を抑えられるのだろうか?」
島津運久殿が勝久殿で伊東の南進を止められるかという疑問を口にする。
それは、我々とて心のどこかで思っていたことだ。
勝久様を含め、今までの守護は伊東の勢力伸長を抑えられていない。
貴久殿には、知恵者として後見している実父の日新斎殿がおる。
どちらが伊東を抑えることが出来るかと言えば、貴久殿の方であろう。
「実は先日、貴久様と日新斎の元へ参ったのだが、その時にある書状を見せられてな。
それが関白近衛稙家様の書状であった。
関白様の御実子が琉球と交易したいということで、島津家当主への関白様からの紹介状を持って、御実子の使者が参ったそうだ。
勿論、貴久様は島津家当主として、琉球渡海認可状を発行し、案内人をつけて琉球王に会うことが出来、継続的に琉球と交易することが叶ったらしい」
島津運久殿の発言に、その場にいた一同は驚愕の表情を浮かべた。
近衛家は島津家にとって元々は主筋であり、中央で便宜を図って貰う際には、近衛家を通じて行っている。
関白様が御実子に紹介状を書かれ、御実子の使者が琉球への渡海を求めたということは、中央では守護は貴久殿と認識しているということであろうか。
琉球渡海認可状を発行出来るのは島津家当主だけであり、家督を譲られたことになっている貴久殿が発行出来ないことはない。
しかし、案内人をつけて、琉球王へ会ったとなると、琉球王にも島津家当主は貴久殿が当主と認められたということか・・・。
一同は黙って考え込んでしまったが、その沈黙を破ったのは新納忠勝であった。
「その関白様の御実子の使者は勝久様と間違えて貴久殿に会った訳ではなかろうな?
貴久殿は家督を譲られたとは言え、公儀から正式に守護に任じられた訳でもなく、官位を得た訳でもないのだぞ?」
新納忠勝は、皆が思っている疑問を口にする。
確かに、まだ中央で正式に任命された訳では無いのだ。
「日新斎が一応、使者に確認したところ、島津家の当主は貴久様ではないのかと言われたそうだ。
中央の認識では貴久様が当主だと思っているのかもしれん」
一同は更に押し黙ってしまう。このまま黙っていても仕方がない。
「各々方、このまま黙り込んでも何も解決せぬ。
その件も含めて勝久様に話し、伊作家との和解を求めようではないか」
集まった一同と勝久様の元へ向かう日取りを決めて解散となったのであった。
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