馬路宮内
馬路宮内
俺は、今、木曽川を下った美濃の坂倉に来ておる。
坂倉には弟で刀工の正利がおり、正利には美濃に来てから、ちょくちょく会っている。
「おう、兄者。急にどうしたんだい?」
「これから、伊勢の親戚を回ろうと思ってたんだが、その前に、正利のところに寄ろうと思ってな。
以前に、ウチの殿が関白様に正成公の赦免を請うて下さる話をしただろ?」
「赦免が叶ったのか!?」
「いや、まだだ。しかし、手応えは悪くない。
今は朝廷が困窮しており、主上の即位式すら出来ておらず、それどころではないそうだ。
主上の即位式が叶い、朝廷の困窮に貢献出来れば、赦免してくださるかもしれないって、関白様がおっしゃったそうだ」
「要は、銭を出せってことかい?
そりゃ、銭を出して赦免して下さるってなら出さないことはないが」
「ウチの殿も主上の即位式が出来ていないのは問題だから、銭を出すつもりだっておっしゃってくださった。
俺らに出来ることは、親戚一同で殿に協力することぐらいだろ」
「そうだな。俺も中井戸村の西村様に協力するぜ」
弟の正利は、殿に協力してくれることを約束してくれた。
中井戸村に一番近いから、何か頼むときには頼りになるだろう。
木曽川を更に下った俺は、伊勢の桑名に到着し、親戚たちへ正利に話した内容を話すと、彼等も協力してくれると言ってくれた。
桑名は親戚が一番多いからな。桑名を代表する刀工集団の千子派の連中は大半が親戚だ。
いずれは殿に桑名も治めていただきたいものだ。
桑名を離れた俺は、いよいよ伊勢楠木氏当主の本拠地、伊勢の楠城に到着した。
父と意見の相違から家を出たが、父が死ぬ直前に和解をし、弟が家督を継いでからは、たまに訪れていた。
弟の川俣忠盛とはすぐに会うことが出来た。
「兄者、よう参られた。
美濃に移ったと聞いたが、美濃はどうじゃ?」
「今は美濃の西村様に仕えておる」
「西村って言うと、稲葉山城代の西村殿かい?」
「いや、違う。西村様の養子で、中井戸村の領主をされている庄五郎様だ。
ウチの殿の御実父は関白・近衛稙家様なんだぞ」
「そう言えば、そんな噂が流れてたかもしれんな。
それがどうしたんじゃ?」
「実は、殿が関白様に正成公の赦免を請うて下さってな」
「正成公の赦免を請うてくれたと?赦免は叶ったのか?」
伊勢楠木氏当主として、反応せざるを得ない話題だからか、忠盛が話に食いついてくる。
「いや、叶わなんだ。しかし、手応えは悪くなかったようだ。
朝廷は困窮しており、主上の即位式すら出来ておらぬ。
主上の即位式や朝廷に貢献出来れば、赦免が叶うかもしれぬとのことだ」
「要するに、銭を出せということか。即位式の銭なんぞ少ししか出せんぞ」
銭が必要なことが分かると、忠盛は失望の色を隠せていなかった。
「ウチの殿は、主上の即位式が行われていないことを憂いておられる。いずれは朝廷に銭を献上されるおつもりじゃ。
我らに出来るのは、殿に協力することぐらいじゃ」
「協力だと?何をすれば良いんじゃ?」
「殿は湊を欲しておられるようだ。伊勢に殿の領地が出来れば良いと思っておる。その時に、協力してくれんか?」
もし、殿が伊勢のどこかを攻めるときは協力するよう提案してみる。
「流石に、楠城をやる訳にはいかんが、どこかの領地取るくらいなら協力するぞ」
忠盛も伊勢を攻めるときは協力してくれそうだ。
「すまんな。俺としては、桑名を治めていただきたいんだがなぁ。」
「桑名かぁ。あそこは親戚が多い。しかし、あの辺り一帯を治めているのは伊藤氏だから、なかなか難儀するぞ」
「まぁ、何かしらの協力をしてくれると助かる」
桑名一帯を治める伊藤氏の勢力は大きいから、なかなか難しそうだ。
その後、美濃での暮らしや伊勢での話をしていると、一人の少年がやってきた。
忠盛の嫡男の十郎だ。
「伯父上、お久しゅうございます!」
十郎は相変わらず元気そうだ。
十郎は戦に興味があるのか、戦の真似事や鍛練に興じておった。
中井戸村では変わった訓練をしておることを話してやる。
「美濃では、そんな奇妙なことをしておられるのですか?」
「美濃ではなく、我が殿のところだけだろうな。
しかし、兵を纏めておる大島甚六殿に話を聞くと、その訓練をしたほうが指揮しやすいそうじゃ。
中井戸村には稲葉山から預けられた兵もおるが、たまに同数で訓練すると、中井戸村の兵のほうが勝つようだぞ」
「ほぅ、本当に効き目のある訓練なのか、観てみとうございます」
十郎が美濃に興味を抱いたようだ。
そう言えば、十郎は殿と年が近いのではなかろうか。
「忠盛よ、十郎を我が殿に仕えさせるのはどうであろうか?」
「十郎を仕えさせるだと!?十郎は嫡男だぞ」
「嫡男なのは分かるが、殿は正成公の赦免を願って下さっておるのに、伊勢楠木氏当主が何もしないのは不味かろう。
ここは人質と思って出してみてはどうだろうか?
それに、中井戸村には都の礼法を身に付けた方や弓の名人がおる。
十郎の成長にも良いんじゃないかと思うが」
「弓の名人がいるのですか!?」
十郎は弓の名人と聞いて目を輝かせている。
そんな十郎を忠盛は呆れた目で観ている。
「確かに、都の礼法でも身に付ければ、少しは大人しくなるやもしれんな。
兄者、すまんが十郎を美濃に連れていってくれ」
こうして、俺は十郎を連れて美濃へ戻ることとなった。
美濃に戻るまでの途中、伊勢の親戚たちに顔合わせも出来たから、いずれ伊勢楠木氏の当主になることを考えると良かったかもしれん。
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